第057話 攫われたお姫様


 俺は尿意を感じ、目が覚めた。


「いたた、まーた潰れて寝たのか…………」


 布団じゃないところで寝ると、あちこちが痛いわ。

 さっき、腕時計をつけると、腕の感覚が鈍るってかっこつけて言ったけど、床で寝たから腕が痛い……

 あかんね。


 俺は上半身を起こすと、トイレに行こうとする。

 だが、すぐそばでカエデちゃんが膝を抱えてスマホを見ていることに気が付いた。


「あ、カエデちゃんは起きてたの?」

「いえ、潰れてました。さっき起きて、トイレから戻ってきたところです」


 そういえば、カエデちゃんが先に寝た気がする。

 俺もちょっとだけ横になろうと思い、寝てしまったのだ。


「ふーん、今何時?」

「2時ですね」


 まだ夜だったか。


「ちょっとトイレに行ってくるわ」


 俺はテンションの低いカエデちゃんが気になったが、まずは尿だと思い、立ち上がり、トイレに向かう。

 トイレを終え、部屋に戻ると、カエデちゃんはまだ膝を抱えてスマホを見ていた。


「どうしたの? 何かあった?」


 俺はさすがに様子が変だと思い、聞いてみる。

 

「先輩、今日……というか、昨日は何の日でした?」

「あ、オークションか!」


 俺はすっかり忘れていたと思い、スマホを開いた。

 今は夜中の2時のため、当然、オークションは終わっている。

 俺はオークションサイトを開き、落札額を確認した。


「いち、じゅう、ひゃく、せん、まん…………」


 …………値段は12億4500万円だった。


「もう10億を超えたら一緒だな……」


 俺は落札額を確認し、ポツリとつぶやく。


「ですねー……なんでこんなに高いんですかね?」

「知らね。今度、サツキさんに聞いてみようぜ」

「そうしましょう」

「うーん、どうする? 飲む? 寝る?」


 頭が回っていないし、とりあえず寝た方がいいと思う。


「うーん、寝ましょう。私は帰ります。明日は引っ越しがあるし」


 そういえば、俺も片付けとかがあるわ。


「でも、電車ないでしょ」

「駅でタクシーを捕まえますよ」


 こんな時間にカエデちゃんを1人で行かせるわけにはいかんな。


「じゃあ、駅まで送っていくよ。カエデちゃんはかわいいから危ない」


 俺はカエデちゃんの頭を撫でる。


「えへへ、じゃあ、お願いします」


 俺はカエデちゃんと酔い覚まし用の回復ポーションを飲むと、家を出て、駅に向かう。

 この時間になると、さすがに人が少なかったが、駅に行くまでに偶然、タクシーを捕まえることができたので、カエデちゃんを乗せた。


「先輩、送ってくれてありがとうございました。また明後日に話しましょう。待ってますんで」


 タクシーに乗ったカエデちゃんが頭を下げた。


「ううん。じゃあ、新居でね」

「はい。おやすみなさい」

「おやすみー」


 俺が手を振ると、タクシーの扉が閉まり、行ってしまった。

 俺は家に戻ると、風呂にも入らずに寝ることにした。




 ◆◇◆




 翌朝、前日に飲んだ回復ポーションのおかげで二日酔いにならなかった俺は早めに起き、風呂に入った。

 そして、朝食を食べると、最後の片付けを始めていく。


 俺はメッセージアプリで連絡を取りながら4年間住んだ部屋を片付けていた。

 相手はもちろん、カエデちゃん…………ではなく、ナナポンだ。


『12億です! 12億ってヤバくないです!? しかも、それが2つです!』


 昨日、オークションが終わった直後にこれが届いていた。

 俺は朝起きて気付き、返信しているのだ。


『そうね。あなたの取り分は2億4000万円。とりあえずは貯金しておきなさい』


 なお、返信するのはエレノアさんである。

 エレノアさんじゃないと、すぐにチェンジされるのだ。


『時計屋なうw』


 あ、こいつ、もう買う気だ……

 気が早いなー。

 せめて、金を受け取ってからにしろよ。


『お金がまだないでしょ』

『80万あります。でも、足りません。今日は下見にしておきます』


 すでに20万も使ってるし……

 こいつ、大丈夫か?


『怪しまれるから急にお金を使うのはやめなさい』


 これを送ったのだが、そこから既読もつかずに返信が来なくなった。

 俺はダメだこりゃ、と思いながらも掃除を再開する。


 スマホを置き、そのまま掃除を再開すると、午前中でほとんどの掃除を終えてしまった。

 あとは冷蔵庫などをしまえば、引っ越し準備は終わる。


「物がないから思ったより早かったな……」


 どうしよう?

 もう引っ越せれれるな……

 でも、明日は大家さんが来るし、やっぱり今日はここで過ごすかね。


「買い物でも行くかー……」


 大家さんやお隣さんに渡す菓子折りでも買いにいくかな?


 俺は昼ご飯を食べにいくついでに買い物でも行こうと思い、掃除用のジャージから外行きの服に着替え始める。

 すると、ピンコーンとスマホが鳴った。


 エレノアさんのスマホだし、ナナポンだろう。


 俺はまさかもう買ったのかと思い、スマホを見る。


「……………………ハァ。あほ」


 俺はスマホを見て、思わずため息が出た。


『すみません……変な人達に捕まっちゃいました。エレノアさんを呼べって言ってます。場所はダイアナ鉱山です。日本語が片言だし、外国人だと思います。本当にごめんなさい』


 エレノアさんとナナポンの繋がりがどこでバレた?

 というか、ナナポン、透視はどうした?

 いや、いきなり襲われたら無理か……


 それにしても、外国人か……

 うーん、片言って言ってるし、あの2人じゃないな。


「まあ行くか。見捨てるわけにもいかんし……しかし、ダイアナ鉱山ねー……」


 ナナポンがそこに行けるのはわかるが、片言の外国人がギルドに行ったの?

 無理じゃない?


『どういう状況? あなたもそこにいるの?』


 俺がこれを送ると、すぐに返事がきた。


『歩いていると、いきなり車で攫われました。そして、今、ギルド前の車の中です。これからダイアナ鉱山に行きます。これが最後の連絡です。いいから来い、だそうです』


 ふーん……わからん。

 まあ、いいや。


 俺は沖田君の服を着るのやめ、カバンからTSポーションを取りだし、飲んだ。

 そして、黒ローブを着こみ、洗面所に行ってカラコンを着ける。


「救出は王子様じゃなくて魔女かー……まあ、ナナポンはそっちの方がいいわな」


 俺は準備を終えると、スマホを操作し、とある人に電話をする。


『もしもし?』


 電話に出たのはギルマスであるサツキさんだ。


『あー、サツキさん? 今、ちょっといいかしら』

『んー? エレノアか? 何の用だ? あ、昨日はウハウハだったなー!』


 サツキさんもオークションの12億円に興奮しているようだ。


『その話はまた今度ね。実はナナカさんが攫われちゃったみたい』

『は? ハリーとクレアか?』

『いえ、多分、その2人ではないわね。詳しくはそっちに行ってから話すわ。それとナナカさんがフロンティアに行ったと思うけど、1人だったかどうかの確認をおねがい』

『よくわからんが、わかった。カエデも呼ぶか?』

『ダメ。あの子は忙しいの』


 とても大事なことをしている。

 そう、同棲の準備!


『ケッ!』


 サツキさんが電話を切った。


「本当に心が狭い人ねー……」


 俺はサツキさんに呆れたものの、急いだほうがいいと思い、ギルドに向かうことにする。

 いつものように透明化ポーションを飲み、透明になると、適当な場所で透明化を解き、タクシーを捕まえた。


 タクシーに乗り込むと、スマホを操作し、今度は違う人物に電話をする。


『はーい? どうしたのー?』


 クレアが陽気に電話に出た。


「こんにちは。あなた、今どこ?」

『おたくが所属しているギルドの前よ』

「変な車がなかった?」

『黒塗りの高級車が止まっているわね。そこから女の子が出てきた』


 それだな。


「ちょっとお願いがあるんだけど、いいかしら?」

『いいわよ。でも、条件がある』

「ふふっ、アイテム袋?」

『そうよ! 12億って何!? アホか!?』


 アイテム袋を落札したのは日本の企業とイギリスの大富豪らしい。

 残念ながらクレアは落札できなかった。


「もっと頑張りなさいよ。出せるでしょ」

『あなたが次も出すって言わなかったら引く気はなかったわ』


 あらら、余計なことを言っちゃったみたいだ。


「手伝ってくれたら10億で売ってあげる。もしくは2000キロを30億ね」

『2000!? あなたは際限がないの!?』

「10000にいっとく? 10トンね」


 いくらになるんだろ……


『…………マジで言ってる?』

「冗談に決まってるじゃない。在庫は1000キロが1個。これをオークションにかけずにあなたに売りましょう」

『10億ね……わかったわ。買う』


 手数料を考えれば10億で十分だろう。


「じゃあ、よろしく。今からそっちに行くから待ってなさい。あ、裏口ね」

『わかったわ』


 俺はスマホを切ると、カバンにしまった。


「すごい会話でしたねー」


 タクシーの運ちゃんは苦笑いを浮かべながら言う。


「漏らしちゃダメよ。世間がうるさいから」

「言いませんよ。もし、噂が広がったら私だってわかるじゃないですか」

「小林さん、ね。バラしたら呪うから」


 俺はメーターの上にある運転手の名前を読み、脅す。


「しませんって。こっちもプロなんでね…………あの、本当に呪えるんです?」


 できねーよ。


「ふふっ、ハゲちゃう?」

「絶対に嫌です」


 だろうね。

 俺も絶対に嫌。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る