第056話 正しいお金の使い方は貢ぐことです!


「先輩、見て、見て! 9億えーん!」


 カエデちゃんが笑顔で自分のスマホ画面を見せてくる。

 でも、俺も見てるよ。


「カエデちゃん、ダイヤモンド好き?」

「好きー! 永遠の輝きー!」


 メモメモ。


「しかし、金の使い方がわからんなー」

「10億稼ぐ人間がスーパーの総菜に缶ビールですもんね」


 しかも、ボロアパート。

 安月給の社会人時代と変わらんな。


「でも、高いキャバ嬢のカエデちゃんがいるよ」

「お客さん、ドンペリ入れていい?」

「いくらでも入れな」

「わーい」


 カエデちゃんは空になった缶を置くと、立ち上がり、冷蔵庫に向かった。

 そして、150円程度のカシスとビールを持って戻ってくる。


「はい、先輩」


 カエデちゃんが俺の分のビールを渡してきた。


「あんがと。いやー、金って何に使うのかね? カニは食べたぞ」


 今まで庶民だったからさっぱりわからん。


「銀座のお寿司は? ご馳走してくれるって言ってました」

「おー! それがあったね。今度行こうよ」

「やったー!」


 しかし、ホント、食べ物ばっかだな……


「世間の人は何に使ってんだろ?」

「服? アクセ? 車?」

「服は買った。このシャツ、5万円!」

「うーん、似合ってるとは思いますが、思い切りの良さを感じませんね。もう一桁上げたら?」


 服に10万以上もかけるの?

 普通に防具を買った方が良くない?


「まあ、ファッションに興味があるかと言ったら微妙だしね。カエデちゃんのかわいい服を見てた方がいいよ」


 今日のニットとか最高!

 カエデちゃんは身体のラインがきれい!


「おっぱい見ながら言わないでくださいよ…………この男、普通っぽいけど、だいぶ酔ってんな」


 酔ってる、酔ってる。

 もう2桁目よ?


「冗談だよー」

「いや、普段もチラチラ見てるのは知ってますからね。女の子はわかるのです!」


 そういえば、三枝さんにも気付かれた!

 サングラスでもかけようかな……


「気を付けよーっと」

「まあ、別にいいんですけどね。先輩が喜ぶと思って着てきましたし」


 カエデちゃんはそう言って、カシスをゴクゴクと飲む。

 なお、この子も2桁目に届きそうだ。


「カエデちゃんは今回のオークションでお金入ったら服とかを買うの?」

「買うとは思いますけど、そんなに高いものは買わないでしょうね」

「バッグとかは?」

「すでに5000万円のバッグを持っています」


 そういえばそうだ。


「うーん、アクセかー……」

「時計でも買ったらどうです? 先輩、着けてませんよね?」

「腕に余計な物を着けたくない。剣を振る時に感覚が鈍る」

「剣豪みたいなことを言いますね。昼間から飲んでるくせに」


 それを言っちゃあダメだよ。


「気分的な話だよ。実際は腕時計をしたところで影響はないよ」


 ちょっとかっこつけただけだし。


「じゃあ、車は……免許を持ってましたよね?」

「ペーパーだからなー」


 どっかで練習できるのかね?


「大金が手に入れて、さあ使えってなっても急には出てきませんね。男性だったら女性に使うのはどうです? それこそキャバクラ」


 うーん、キャバクラねー……


「会社に入りたての頃に会社の先輩に連れていってもらったことがあるわ。結構、高いところ」

「どうでした? 皆、きれいでした?」


 嫉妬……ではないな。

 単純な興味だろう。


「きれいだったし、華やかだったよ。でも、何を話せばいいかわからなかった」

「あー……先輩、人見知りというわけではないですが、あまりしゃべらないですもんね」

「カエデちゃんとはしゃべれるけどね」

「いや、最初はまったくしゃべっていませんでしたよ。寡黙な人って思ってましたもん」


 まあ、間違ってはいない。

 俺は話しかけられないとしゃべらないもん。

 初対面の人にこっちから声をかけることはほぼない。


「そんな俺がキャバクラに行ってもね。あれって話したい人が行くところだよ」


 女と言えば、あとは風俗……うーん、やめとこ。


「ですかー……そっち方面はダメそうですね」

「そもそもカエデちゃんがいるしねー。お前と話してた方が落ち着くし、心が癒される」

「私、愛されてるなー! 心はどうです? 病みは治りました?」

「多分、癒えたね。最近は夜中に起きることもないし、ご飯も普通に食べれる」


 昔は休みの日に一食も食べないことがあった。


「…………先輩、あなたは頑張ったんです。そんなあなたに神様が錬金術をくれたんです」


 カエデちゃんが慈愛の笑みを浮かべながら優しく言う。


 あ、やべ、泣きそう。


「カエデちゃんが天使に見えてきたわー。抱きつきたい」


 俺がそう言うと、カエデちゃんがカシスをグイグイっと飲み、缶を床に置いた。

 そして、以前に俺がやったように腕を広げる。


「今なら、フリーハグです!」


 俺はビールを床に置くと、無言でカエデちゃんを抱きしめた。


「うーん、無言は怖いです」

「ごめん、ごめん」


 正直に言うと、このまま押し倒したい。

 多分、カエデちゃんも拒否はしないだろうが、この部屋はなー……


「先輩、お金はありますが、無理に使うのはやめましょう。使いたくなったら使う、でいいじゃないですか」


 カエデちゃんが俺の背中をさする。


「それもそうだね。寿司に行こう」

「そうしましょう。お寿司でも焼肉でもいいです。好きなものを食べて、好きに生きて下さい」


 それがいいね。


「カエデちゃんもそうしなよ」

「そうします。お金は一銭も出しません」

「お金ならいっぱいある」


 9億だぞ!

 2つで18億円!


「そうですね…………じゃあ、そろそろ離れてください」

「もうちょっと」

「フリーハグタイムは終わりです」

「18億円あげるから」

「いや、トイレに行きたいんで、マジで……」


 実は俺も行きたい。

 飲みすぎてトイレが近いわ。


 俺はすぐにカエデちゃんに抱きつくのをやめる。

 すると、カエデちゃんは俺から離れ、トイレに行ってしまった。


 カエデちゃんがトイレから戻り、俺もトイレに行って戻ってくると、再び、オークションを見ながら騒いだ。

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