第052話 自分でも読めないサイン


 俺はハリーとクレアとラーメン屋で別れると、タクシーを使って家の近くまで行き、透明化ポーションを飲んで帰った。


 家に帰ると、沖田君には戻らず、エレノアのままで髪を結ぶ練習をしていた。


「難しいな…………」


 スマホで『長い髪 結び方』で検索し、それを見ながらやっているのだが、中々、上手くできない。


「カエデちゃんに聞くのもなー……とりあえず、ポニーテールぐらいはできるようにしよう」


 俺は剣を使うからそれができればいいだろう。

 剣道少女といえば、ポニーテールだし。

 まあ、少女っていう歳でもねーけどな。


 俺がスマホを見ながらせっせと髪を結ぶ練習をしているとスマホの表示画面にサツキさんの名前が表示された。


「電話……?」


 俺は通話ボタンを押す。


「もしもしー?」

『んー? エレノア? 今、外か?』


 サツキさんの声だ。


「いや、家に帰ってるわよ。ちょっと髪を結ぶ練習をしているところ」

『髪?』

「さっきラーメンを食べたんだけど、垂れてきて邪魔。それに私は剣を使うし、冒険中も結ぼうかと思って」


 今まではたいして動いていないから気にならなかったが、アクロバティックな動きをするにはさすがに邪魔だ。


『お前、長いもんなー。切れよ』

「これがトレードマークだから」


 せっかく高い金を出して染めたし。


『ふーん、まあいいや。結ぶのは良いと思うぞ。教えてやろうか?』

「いい。自分でやる」


 女子に教わるのはなんか嫌。


『まあ、頑張れ。そんなことよりもお前、今日、本部に行ったか?』

「行ったわね。レベル2の回復ポーションを100万とか言われたから帰った」


 250万ならまだ考えたが、100万はねーわ。


『なるほどなー。実は本部長から電話があって、お前が話したヤツはギルドとは何の関係もないそうだ』

「そうなの? 衆議院議員の進藤先生って方がいらしてたけど?」


 あ、調べようと思ってたんだけど、忘れてた。


『黒い噂の多い議員だな。お前、ゲートを閉じるって脅したそうだな?』

「私は不法滞在だから拘束するって脅されたからね。逆に脅したわ。効果あるでしょ」

『あるな。ありすぎたわ。今、政府のお偉いさんが集まって協議してんだと』


 あー、そこまでいったか。


「マズかった?」

『いや、それくらいやった方がいい。その方が私も動きやすい』

「ふーん、ねえ、進藤先生はともかく、野中っていう人はしっぽ切り?」

『そうなったな。余計なことをしてくれたと本部長がガチギレしてた』


 ざまあみろ。

 あいつ、上から目線で元上司に似てたからいい気味だわ。


「それで? 本部長さんは何て?」

『今度は横入りなしでちゃんと話をしたいんだと。私に繋いでくれって電話があった』


 あー、どうしよう……

 クレアと契約しちゃった。


「うーん…………」

『嫌か? それとももう売ったか?』

「クレアに売るって約束しちゃった」

『やっぱりかー。本部長もそれを危惧してたぞ』


 そうなん?


「なんで?」

『お前がハリーとクレアといたことは本部長も知ってたらしい。それでもう遅いかもしれんって言ってた』


 情報網すげーな。

 いや、ラーメン屋でめっちゃ目立つことをしてたわ。


「マズかった?」

『好きにすればいいんじゃね?』


 自分の利益には関係ないから興味なさそうだなー。


「いやさ、今思ったらギルドを通さないといけないじゃん」


 フロンティアで得た物はすべて一度、ギルドに提出しないといけなかったはずだ。


『そこは気にしなくていいぞ。皆、お前がまともにドロップしたとは信じてないし、クレアが上手くやる。自分が見つけたって言って売るだろ』

「100個も売ることになってんだけど?」

『偶然、100個見つけたって言うだけだ』

「いいの? 怪しさマックスじゃない?」


 俺が売ったってバレバレやんけ。


『証拠がないからなー。あいつらはアメリカのエージェントだから税関もすり抜けるし』


 密輸じゃん。

 さいてー。


「ふーん、汚いわねー」

『まあ、私らと一緒さ。皆、金が欲しい。違うか?』

「違わない」


 俺が欲しいのは金、金、金!

 あとカエデちゃん!


『だろ? それでクレアに売るのは100個だけか? また作ってギルド本部に売る気はないのか?』

「まだ400個残ってる。でもさ、価格が暴落するから他には売るなって言われた」

『…………やはり誰かをつけるべきだったか』


 ん?


「どうしたの?」

『お前、その400個をどうする気だ? 今後、クレアにしか売れんぞ』


 …………そんな気がしないでもない。


「いや、契約はまだだから。クレアもオークションに出る気らしいからポーションを買う金がない」

『まだか……ならいい。もし、その契約をするにしても、売っちゃダメな期間がいつまでなのかを決めろ。そのままだとクレアにしか売れなくなり、100個以降を買い叩かれるぞ』


 うーん、ズルい女だ。


「ちゃんと考えてみる」

『最悪は私が間に入ってやる』

「わかった。考えておく」


 まあ、値段とかは決めちゃったんだけどね。


『じゃあ、本部長には断りの電話を入れておくぞ』

「とりあえず、保留にしてちょうだい。何にしてもオークションが終わった後だわ」


 それまでにレベルが上がって新しく売れる物を作れるようになるかもしれないし、ここで本部長に悪い印象を与えない方がいい。

 おっぱ…………三枝さんの上司さんだし。


『わかった。あと、カエデから聞いたが、今週は来ないんだな?』

「そうね。土日は人が多いし、月曜に行くことになってる」

『了解。じゃあ、私は仕事に戻る。オークションの問い合わせがかなりある。これは期待できるぞ!』


 銭ゲバだなー。


「来週が楽しみね。じゃーね」

『ああ、またな』


 サツキさんはそう言って、電話を切った。


「うーん、やけっぱちになっていたかもしれない」


 あの野中と進藤がムカつきすぎて安易にクレアと交渉してしまった。

 本契約はまだだし、それまでに考えておくか。


「よし! ポニテの練習をして、サインの練習もしよう!」


 俺は自分でも何をしてんだろうという自覚はあるが、暇なので頑張ることにする。

 そして、髪を結ぶ練習とサインの練習ばかりして、土日を過ごした。


 さすがにそれだけやれば上手になった。


 俺は髪を結ぶスキルを手に入れた!

 そんなスキルないけどね。




 ◆◇◆




 今日は月曜日である。

 オークションが始まる日であり、ナナポンと1週間ぶりの冒険に行く日だ。


 俺はエレノアさんになると、洗面所の鏡の前に立ち、散々練習した髪を結ぶスキルを使ってきれいなポニテを作った。


「ぶっちゃけ、金髪ポニテに黒ローブは合わないわね」


 剣を使うし、金髪ポニテは鎧の方が似合うだろう。

 なんとなく、騎士っぽくて嫌だけど。


 俺は鏡の向こうの自分を見て、微妙な気分になった。


「まあいい。時間だし、行くか……」


 俺は準備を終えると、いつものように透明化ポーションを飲み、家を出る。

 そして、いい所で透明化を解き、タクシーに乗り込んだ。


 タクシーに乗り込み、行き先を告げると、タクシーはすぐに発進した。

 そして、散々見てきた近所の風景を窓から眺める。


 あのアパートからギルドに向かうのもあと少しか……


 俺はもうすぐであの家を引っ越す。

 大学を卒業してから住み始め、辛い社会人時代を過ごしてきた家だ。

 思い入れはある。


 隣のやーさんに余ったからって肉じゃがをもらったことはいい思い出だ。

 思わず、『おかしくね!?』ってツッコんだけど。


 だが、一番の思い出はカエデちゃんとあの家でオークション結果を見ながら騒いだことだ。

 だから感慨深いと言っても、次の家ではそのカエデちゃんと一緒に住むのだから後ろ髪を引かれることはない。


 俺はお世話になったやーさんに菓子折りでも持って挨拶に行かないとなーと思いながら到着を待っていると、タクシーがギルド裏に到着した。


「お客さん、エレノア・オーシャンさんです?」


 料金を払おうと思って、財布を出すと、これまでまったくしゃべらなかったタクシーの運ちゃんが聞いてくる。


「そうね」

「娘があなたのファンなんですよ。頑張ってください」


 ふっ、素晴らしい娘がいるな。


 俺は料金を払うと、カバンから色紙とサインペンを取り出した。


「娘さんの名前は?」

「ミナですけど……」


 俺は色紙にかっこよくミナちゃんへと書き、よくわからないミミズみたいな文字を書いた。


「あげる。娘さんが金髪に染めようとしても止めちゃダメよ」


 俺はそう言って、色紙を運ちゃんに渡す。


「あ、ありがとうございます…………娘、小学生なんですけど」

「やっぱりダメ。中学になってからにしなさい」


 中学も校則でダメだとは思うけどね。

 夏休みとかにやるといい。


「わ、わかりました」

「では、ここまでありがとう」


 俺はそう言うと、タクシーを下りた。


 よし! ナナポンにもサインを書いてあげよう。

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