第007話 誰にでもミスはあるよ!


 俺はフロンティアの素材を買い取ってくれる店で回復ポーションを5個提出した。

 しばらくすると、さっきの女性の店員がポーションを持って、戻ってくる。


「お待たせしました。確かに本物のレベル1の回復ポーションでした。すべて買い取りでよろしいでしょうか?」

「ええ。そうしてちょうだい」

「えっと、1個60万円で300万円になります」


 は?


「50万じゃないの?」

「価格は日々変動します。今はこの金額になります」


 やったー!

 変動の意味はよくわからないけど、ありがとう!


「じゃあ、それでおねがい」

「わかりました。では、冒険者の認証番号をお願いします」


 ん?


「認証……番号?」

「はい。認証番号です」


 なんだ、それ?


「えっと、どんなんだっけ?」

「え? フロンティアの素材は冒険者と国から許可を得た業者しか売買できません。もしかして、業者さんでしたか?」


 なにそれぇ!?

 聞いてない!


「いや、冒険者だけど…………」

「でしたら認証番号が必要です」


 おい! そんなの聞いてないぞ!

 あ~さ~く~ら~!


「ごめんなさい。認証番号を覚えてないわ」

「えーっと、でしたらこちらで確認しましょうか? 身分証をお持ちならギルドに確認ができますけど」


 …………マズくね?

 俺の身分証って運転免許証になるけど、私じゃないじゃん。

 いや、俺だけども。


 うーん、逃げよう!


「いえ、実はこれからギルドに行く用事があるからそこで確認してくるわ。これはそれから持ってくることする」


 俺は急いでポーションをカバンに入れる。


「ハァ? そうですか……」


 マズい、マズい、マズい!

 この店員、めっちゃ怪しんでいる!


「じゃあ、また来ます。さようならー」


 俺はカバンにすべてのポーションをカバンに入れ終えると、すぐに店を出た。

 そして、早歩きで店から離れると、コンビニに入り、トイレに入った。


 マズい!

 絶対に怪しまれた!

 というか、認証番号ってなんだよ!?

 もう少し、調べるべきだったか!?


 どうやら俺は大金に目がくらんでいたらしい。

 調査を怠ってしまった。


 クソ!

 どうする!?

 俺の作戦がいきなりとん挫したぞ!


 いや、こうなったら後には引けないわ!

 私も冒険者になってやろうじゃないか!

 300万円は私の物よ!

 おほほ!


 俺はその場で冒険者の申し込みを行い、コンビニを出た。

 もちろん、プロフィール等はでたらめだ。

 だが、大丈夫。

 俺がやった時も身分証明的なものの提出はなかった。


 どうもその辺は甘いらしい。


 俺はその日は家に帰り、気持ちを落ち着かせることにした。

 そして、2日後、先週も行った講習会場に向かう。


 講習会場に着くと、先週と同じ会場でまったく同じ冊子をもらい、まったく同じ講義を聞き終え、終了証をもらう。

 これにより、俺の貯金は完全に尽きた。


 来月の家賃も光熱費も払えない。

 それどころか食費もロクにない。


 これで失敗したら俺は完全に詰む。

 後輩に頭を下げ、金を借りるしかなくなる。

 それだけは絶対に避けたい。


 俺は焦りながらも終了証を手に持ち、池袋にある冒険者ギルドに向かう。

 そして、池袋のギルドに入り、8つある受付を見る。


 もちろん、そこにはカエデちゃんもいた。

 俺は何の疑問も持たずにカエデちゃんのところに行く。


「これをお願い」


 俺は前回と同じようにカエデちゃんに終了証を提出した。


「はい。少々、お待ちください」


 カエデちゃんは当然、俺に気付かずに終了証を読み込んでいく。


 ん?

 俺、なんでここに来たん?

 どう考えてもここはマズいだろ!

 別の支部にするべきだし、カエデちゃんに提出するのは絶対にない。


 俺はやっべーと思いながらも俯いて、待つ。


「えーっと、名前はエレノア・オーシャンさんでよろしいでしょうか?」


 カエデちゃんが確認してくる。


「ええ。そうね」


 名前は適当に考えた。

 エレノアは何かのゲームのキャラでオーシャンは沖田から取った。


「外国の方ですかね?」

「いや、こっち生まれでこっち育ち」


 だから日本語もペラペラ!

 というか、英語はしゃべれない!


「なるほど、わかりました。では、説明をしますね」


 説明?

 先週、聞いたわ。


「それは結構。すべてに同意します」

「ハ、ハァ? わ、わかりました」


 カエデちゃんが動揺しているが、俺は早く金が欲しいのだ。

 この数日、ソワソワしっぱなしだったし、早く貯金という名の安心が欲しい。


「じゃあ、行ってもいいかしら?」

「あの、武器は?」

「いらないわ。スライムを相手にするだけだから」

「え?」


 俺はそう言って、奥に向かっていく。

 これ以上、カエデちゃんと話したくないのだ。

 だって、カエデちゃんと話すのは楽しいし、話していると、ぼろが出そうなんだもん。


 俺はさっさと奥に行き、通路を抜けると、ゲートまでやってきた。


「まさか、2回目のフロンティア冒険が別人になるとは…………」


 俺は苦笑しながら首を振り、2回目のフロンティアへと向かった。


 門をくぐった先は前回と同じく、エデンの森だ。


 1回目であろうが、2回目であろうが、初心者は初心者だし、今回は武器すら持っていない。

 武器を買う金がないのだ。


「さて、すぐに帰って、回復ポーション5個はマズいだろうし、時間を潰すかね……」


 俺はどこか休めるところはないかと思い、キョロキョロと辺りを見渡す。

 すると、自分の真後ろにカードが落ちていることに気が付いた。


 俺はそれを見た瞬間、身体中から冷汗が出たことがわかった。


 俺はそーっと、そのカードを拾い、カードに書かれていることを確認する。




----------------------

名前 エレノア・オーシャン

レベル1

ジョブ 剣士

スキル

 ≪剣術lv5≫

☆≪錬金術≫

----------------------




「神様! ありがとう!」


 俺は思わず、神に感謝した。


 俺は焦りのあまり、大事なことを見落としていた。

 それがこのカードである。


 ステータスカードは初めてフロンティアに来た者に与えられる冒険者の資格証みたいなものだ。

 もちろん、それは1人につき1枚である。


 もし、エレノアの分のカードがなかったら…………


「危ねー……俺、考え足らずにも程があるだろ」


 めっちゃ行き当たりばったりな気がする。

 というか、これがあるから冒険者になるための身分証明がザルなのか……


「でも、こっちの姿のカードが出たってことは別人扱いってことだよな? どういう仕組み?」


 TSポーションは単純に性別が変わるのではなく、別人になっている説。

 ステータスカードの排出条件がゆるゆる説。

 ステータスカードを出してくれている人(?)が俺に同情してくれた説。


「うん、わかんね!」


 病院に行って、俺の身体を調べてもらうか?

 いや、余計なトラブルしか招かないだろうし、単純にめんどくさい。


「まあ、いっかー……何とかなったし」


 ギルドでいくらになるかはわかんないけど、カエデちゃんのところで売ってあげるか……

 2日前の店の店員さんには悪いが、後輩の方が大事だ。


「ふぅ……」


 俺は一息つくと、近くの草原に腰を下ろし、体育座りで座った。


「他の冒険者を見ないなー……」


 ここにもいないし、ギルド内にもいなかった。

 もしかしたら冒険者はそんなに人気のある職業ではないのかもしれない。


「これからどうするか……」


 俺は今後のことを考えることにする。


 250万か300万を得たら当分は働かなくてもいい。

 でも、カエデちゃんに会いたいし、冒険者は続けるべきだろう。

 レベルが上がればレシピも増えるし、もっと楽に金儲けができる物を作れるようになるかもしれない。


「あ、そうだ。カエデちゃんをご飯に誘わないと!」


 あれからちょくちょく連絡は取っている。

 昨日の夜も仕事の愚痴をめっちゃ聞いてあげた。

 ギルドの受付は大変らしい。


 俺は体育座りでぼーっとしながら待っているものの、どうしてもそわそわしてしまう。

 本当に回復ポーションが売れるのかが心配なのだ。


「まだ1時間かー……まあいいや、行くか」


 早い気もするが、もう待てない。

 俺は作戦実行から2日も待っているのだ。


 俺は立ち上がると、カバンの中のポーションを確認し、ゲートに向かう。

 そして、ゲートをくぐり、ギルドに帰還した。


 2回目の冒険も1時間で終わった。

 しかも、何もせずに……




 ◆◇◆




 俺は1時間でフロンティアからギルドに戻ると、そのままロビーに向かった。

 そして、当然のようにカエデちゃんの受付に行く。


「ただいま」

「おかえりなさい。やっぱり武器がないとダメでした?」


 俺が帰還の挨拶をすると、カエデちゃんが気まずそうに聞いてきた。


「いえ、問題なかったわ」


 俺はスライムを倒したのだ!

 そして、ポーションをドロップした!


「そ、そうですか…………」


 1時間で帰ってきたくせにって思ってそうな顔だな……


「とりあえず、これを提出するわ」


 俺はそう言いながらステータスカードを提出する。


「では、確かに受け取ります……………………」


 カエデちゃんはエレノアのステータスカードを受け取り、読みだす。

 だが、長い。

 たかが、数行を読むのに10秒以上は読み込んでいた、


 俺が遅いなーと思っていると、カエデちゃんが変な顔をしながらそーっと、俺の顔を見上げてくる。


「何?」

「い、いえ…………」


 マジで何なん?


「まあいいわ。それと買取ね」


 俺はカバンから回復ポーションを取り出し、5個ほど受付に並べていく。


「……………………」


 カエデちゃんは無言で並べられた回復ポーションをガン見していた。


「どうしたの?」


 俺が聞くと、またもや、カエデちゃんが変な顔をしながらそーっと、俺の顔を見上げてくる。


「…………これは?」

「スライムからドロップしたわね」

「…………5個も?」

「そうね」


 ドキドキ。


「…………何匹、倒されました?」


 え?

 えっと、5匹はマズい気がする。


「10匹くらい?」

「なるほど……わかりました。鑑定にかけますので少々、お待ちください」


 カエデちゃんはカゴに回復ポーションを入れ、奥へと向かっていった。


 ここまでは前回と同じ流れだな……

 今度は大丈夫だと思うけど……


 俺がドキドキしながら待っていると、カエデちゃんがポーションを持って、戻ってきた。


「お待たせしました。すべてレベル1の回復ポーションになります。ドロップ率が非常に低い物なんですが、すごいですね」


 まあね。


「日頃の行いかしら? まあ、運が良かったわ」

「ですか……すべて買い取りですか?」

「いくら?」

「55万円ですね。全部で275万円になります」


 この前の店は60万で300万だった。

 うーん、変動とやらが変わったか?

 それともここが安いのか?


「ちなみにだけど、私の認証番号は何番?」

「えーっと、エレノアさんは…………F-003175ですね」

「ちょっと待ってね」


 俺はとても覚えられそうになかったので、カバンからスマホを取り出す。


「もう1回、お願い」

「…………F-003175ですね」


 カエデちゃんがまたもや、変な顔をした。


「えっと、Fの003175っと」


 俺はスマホのメモ帳に認識番号を書き込むと、その場で悩む。


 どうしようかな?

 この前の店に行って、いくらか聞くか?

 差額が25万だもん。


 いや、今後も儲けられるだろうし、早く現金をもらおう。


「全部、売却でお願い。あ、現金ね」

「現金ですか? 振り込みの方をお勧めしますけど」


 カードはマズいんだよ。

 名義が沖田ハジメだから。


「私は現金しか信じない主義なの」

「ハァ? わかりました。では、少々、お待ちください」


 カエデちゃんは再び、カゴに回復ポーションを入れ、奥へと向かっていった。


 よし! 成功だ!

 早くー、早く現金を持って戻っておいでよー。


 しかし、なんか犯罪をしている気分になるな……

 まあ、若干、犯罪か……


 俺がそわそわしながら待っていると、カエデちゃんが封筒に分厚い封筒と明細書を持って戻ってきた。


「こちらになります。ここにサインをお願いします」


 俺はカエデちゃんに言われて、サインをしかけ、手が止まった。


 危ねー!

 沖田って書くところだった!


 俺はちゃーんと、エレノア・オーシャンと書いて、カエデちゃんに渡す。


「はい、確かに。では、こちらです」


 サインの確認をしたカエデちゃんが分厚い封筒を渡してきた。

 俺はその封筒を即座にカバンに入れる。


 やった!

 やったぞ!

 大金だー!!


「次はいつ来られます?」


 俺が内心でお祭り騒ぎをしていると、カエデちゃんが聞いてきた。


「うーん、その内? 未定」


 まずはレベル上げだわ。

 金持ちニート作戦はそれからだ。


「ですかー。この支部に来られた方がいいですよ?」

「そうなの? じゃあ、そうしようかしら?」


 そうは言うものの、カエデちゃんには悪いが、出来たら避けたい。

 バレそうだもん。

 うん、早く帰ろ。


「そうしてください」

「考えておくわ。じゃあ、私はこれで帰る」

「お疲れさまでした。また、来てください、先輩」

「はーい、じゃあねー」


 俺はカバンを大事に抱え、早歩きでギルドをあとにした。


 ぐへへ。

 金持ちだ!

 帰って宴会しよう!

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