帰って来たよ
「ええ、その子なら知ってるわよ」
校外教育から戻って早々、調ちゃんに朱屋朗さんのことを聞いてみたら、なんと知っていたようだ。朱屋朗さんの片思いじゃなかったね。
「4年前だっけ? よく覚えてるね」
「私が知る限り、おじいちゃんがよそのバンドとセッションしたのなんて、10回ほどしかないのよ。それで私が一緒にやったことなんて2回だけだし、私が弾いてるところを舞台にかじりついて凝視していた同じ歳くらいの子なんてひとりしかいなかったわ」
朱屋朗さんそんな感じだったんだ。随分衝撃的だったんだろうね。
「それで?」
「セッションていうか、他人と合わせるのが下手だって話なんだけど」
「あなたは他人と合わせる以前にちゃんと弾けるようになるのが先よ」
うんまあそうなんだけど、折角だから他のひととできるならやりたいじゃん。
「じゃあどれくらい練習したらいいのかな」
「そうね……ミスなく弾けるようになってから、とりあえずその子が言うようにメトロノームを使ってみましょうか。その後は──」
「その後は?」
「動画の曲を聴きながらそれに合わせて弾いてみるのがいいんじゃない?」
なるほど、それなら他人と合わせた気になれそうだ。当然の話、相手がこちらに一切合わせる気がないけれど、合わせる練習としては丁度いい。
「じゃあまずそこを目標にしてみるね。それにしても、ギターって思った以上に大変だね」
「あなたはなにを基準に大変だって言っているの?」
「アニメとかだとさー、始めて1カ月とかでもうオリジナル曲とか作っちゃうの」
「それはそうでしょ。まともに弾けるまでリアルだったら練習だけで1クール終わるわよ」
あー、そんなアニメ面白くないか。いきなり半年後とか飛ばされても「は?」ってなるだけだし、そこはファンタジーとして考えないといけないね。
「それに私はああいうぽややんとしたのがなんとなく始めたギターなんて、現実じゃ見向きもされないと思ってるから」
「どういうこと?」
「あなたは世界で最も偉大なギタリストを知ってる?」
なんか急に変化球が来た。えーっと?
「ど、ドン・ウィルソン?」
「それはただ単にベンチャーズのギターってだけでしょ」
えー、だって海外のギタリストなんて知らないよ。まさか日本人ってことはないよね?
……だけど日本人だと誰だろ。村下孝蔵さん?
「じゃあ誰?」
「ジミ・ヘンドリクスよ」
……誰? いやマジで誰?
「知らないのは仕方ないわ。50年以上昔のひとだし」
ドン・ウィルソンもそれくらい昔のひとだよ。ただ最近まで現役だったってだけで。
「えーっと、それがどうしたの?」
「彼は若くして亡くなったんだけど、そんな古い、しかも27なんていう若造が未だに世界一なんて言われている理由がなんなのかという話ね」
27か……確かに若いけど、半分くらいしか生きてない小娘に若造なんて言われたよ。いやまあ調ちゃんのおじいさんからしたら若造だろうけどさ。
「ようするに?」
「ギターというのは
あああ、調ちゃんって
「例えばジミ・ヘンドリクスは戦中に生まれ、父親は出兵し母親は逃げ出し、親戚に育てられて、父が戻ってからも祖母が住むインディアン居留地に度々預けられ、犯罪をして軍属したりという感じの生き様だったわ。特に当時は黒人差別もあったようだし」
「うわぁ……」
戦後にあったのは公民権運動だっけ。白人用席に黒人女性が乗って逮捕されたとかそんな話をドクター・フーで学んだよ。
戦争とか差別とか、いまいちピンとこないけど、そんな生き方をしていたひとの創り出す音楽は確かに凄そうな気がする。
「つまりなにが言いたいかというと」
「いうと?」
「あなたもぽややん主人公と同じ匂いがするから頑張っても売れないわよ」
ひどい!
「ま、まあわたしだって別にオリジナルの曲を作りたいとかってわけじゃないし」
「無難ね。しずくさんは趣味の延長くらいで弾いておけばいいと思うわ」
だからいちいち酷いんだって。
でもわたしは別に、ギターで世界を取ってやるとか、この道で食べていくんだみたいなことは思っていない。ただ漠然と祖父の生き方を感じてみたかっただけだ。
あれ? だけど有名なバンドマンだったって祖母が言っていたし、だったらひょっとしてオリジナル曲とかも作っていたのかな。
当時流行ってたのってロック? ポップス? フォークとかもあったね。なんだかんだいって祖父が昔なにやってたかなんて全然知らなかった。たどり着けたのはベンチャーズだけ。
あとは同じ時代だとビートルズ? 名前だけは知ってるけどあまり聴いたことないなぁ。
それどころか今なにが流行ってるのかも微妙だぞ。受験と共に消え失せてしまった。日本の音楽の流行りは1年経つとがらりと変わるからなぁ。
うーん、帰ってから一度色々調べたほうがいいかな。
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