充電人形。を拾った西暦2090年(短編)

ゆうらいと

第1話 序章

 あれから三十年経過した。

 追っ手から逃れながら、各地を転々としながら、僕と妻は二人で逃げ切ったのだ。


 その間に僕はすっかり老いぼれた。

 もう体も自由が利かなくなっているし、目も霞むし、髪もすっかり薄くなってしまった。

 だが、馬車馬のように働かされていた若い頃よりも、生きているという実感がある。

 なぜなら、


「見て、キョウイチさん」


 耳元で鈴のような声がした。

 妻は少女のように駆けだすと変わらぬ笑顔で僕に振り返り、野に咲く花を指さした。

 その愛らしい姿に目を細める。

 彼女は何も変わらない。初めて出会ったあの時から変わらぬ美しい姿のままだ。


 人から見れば、仲の良い孫と祖父に見えるだろう。


 だが、れっきとした夫婦なのだ。僕たちは。


「ああ、いつも見てるよ」


 彼女が押してくれる車椅子で、ゆっくりと移動する。


「サクラ」


 三十年前と変わらぬ彼女が連れ添ってくれているからだ。

 

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