底なし沼色の夢

佐楽

キャッキャウフフと朝寝がしてみたい

自分にはとても素敵な彼氏がいる。

優しくて、思いやりがあって、金もある。

何より顔がいい。

男らしい精悍な顔立ちに、大学時代ラグビー部だったという逞しい体格。

これが最高で俺は彼の全てにメロメロだった。

彼と花畑でキャッキャウフフしていると、ふいに髪が木の枝に絡まり取れなくなってしまった。

はやく解こうともがくも一向に取れる気配はなく、その間にも彼はウフフと白い歯を煌めかせながらどんどん自分を置いて遠ざかっていく。

待って行かないで!

走り出そうとすれば髪が絡まった枝に引き止められてしまう。

どうして、どうして

痛みと、置いていかれる悲しみで目が覚めた。


ぐい、と首ごと引き抜かれそうな勢いで髪を掴まれる。

「痛い…!」

鼻声で呻いたところで力強い拳は髪を引っ掴んだまま苛立たしげに、更に力を強めた。

「何でお前は髪を伸ばしてるんだ」

涙目で見上げると、俺の彼氏が不満げに眉を潜めていた。

優しい、俺の彼氏が。


俺の彼氏は優しいが、ひとつだけ俺に辛くあたることがある。

俺のこの長く黒い艷やかな髪が気に食わないらしい。

特に朝目覚めてこの長い髪が目に入るのが最悪らしく乱暴に扱う。

乱暴に体を暴かれるのだ。

どんなに気が乗らなくても体調が悪くてもお構いなし。

俺は長い髪がまるで手綱のように彼に弄ばれ逃げ出すこともならないまま涙やその他諸々で床を汚すはめになる。


そして彼が飽き、呆れて俺を解放するとひどく優しい声色でこう言うのだった。


「髪切ってくれよ」


俺はそれをいつも拒んだ。

彼は再び怒気を滲ませたがさすがにもう気力が伴わないらしい。

そんなやりとりを繰り返しながら何度も朝を迎えてきた。


今もそんなシーンに突入する直前だ。

だが珍しく俺はただ拒むだけでなく彼に聞き返した。


「なんでそんなに俺の髪が嫌なの」


すると彼はするりと髪から手を離して呟いた。


「女の髪だと思ったら男の髪だったなんて嫌だろ」


よくわからないが、彼は間違うことがとにかく嫌いなのだった。

だから俺の体じゅうに自分の名前を書くし、実は小指の骨にも自分の名を彫らせている。

俺もこれが普通の恋人にすることではないくらい知っている。

ただ、彼がこうしたいからしているのだ。

ならばなぜ髪を切らないのかと思うだろう。


そっか、と彼に頷くと彼は再び俺の髪を弄ぶように梳き始めた。

おや、今日はひどいことはされないんだなと思いながら彼のされるがままにしていると彼は心底残念そうな声色で言った。


「なぁ、どうして髪を切らないんだよ。俺はこんな長い女みたいな髪やだよ」


どこか子供が駄々をこねるようで微笑ましくなる。

俺は毎回耐えてくれる頭皮に謝りながらにっこりと笑顔を浮かべて言った。


「俺は君がだいすき。優しいとこも怖いとこもね。だから俺がハゲるまで我慢してよ、ね?」


俺は一生彼に繋ぎ止められていたい。

そのためにどんなに汚い場所に這いつくばるはめになっても。


この髪は俺と君を結んでいる。

だから君も俺の髪を無理にすぐそばにある鋏で切ったりしないんだ。


底なし沼色の夢を二人でキャッキャウフフしよう。









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底なし沼色の夢 佐楽 @sarasara554

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