縁り始める糸 2
石膏や大理石とは明らかに違う、宝石のような鮮やかな青色に妖しく輝いた、妙に惹きつける魅力のようなものが滲み出ている。
「この石像、似た様なのがうちにもあるんです」
「シズさんとこ、こういうの一杯ありそうね!」
「あの、そろそろお時間ですが」
店主の伴整二が声をかけると、皆が一斉に振り向く。この瞬間が、伴にとって一番居心地の悪い、そして自分の家なのにどうしてこんな気持ちにならないといけなんだと、虚しい気持ちになる瞬間であった。
「ほんと、水を差すタイミングが抜群だね、伴くん」
「すみません、でもここはただの美容室なんですよ。しかも二階の部屋は僕の自宅でもあるので、貸してるだけ勘弁してください。というか膳さん、店はどうしたんですか。どうしてこの時間にこんなところに?」
「もう俺が手伝うと余計店がごちゃごちゃするらしいよ。だから他の仕事やってって。これは、その仕事の一環なんだよ。綾瀬も客に人気だし、確かに俺がいない方が店が軽やかな気がしてるよわはは」
「そうだったの? でも膳さんのお話、皆聞いた事ないものばかりだったから、通りで。今の話だって、すごく壮大そうじゃない。宇宙の始まりまで膨らみそうで!」
メンバーの一人、栫よもぎが、ワクワクと目を輝かせながら言太を評した。
「
「記事? 記者さんなの? じゃあうちの孫と同じね。あそこの出版社?」
「ああ、そういえば同じ苗字の人います。栫莉依子って名前の。もしかして」
「いつも孫がお世話になってます。あの子、とっつきにくいでしょう?でもね、家ではあの子ね――」
言太とよもぎが共通点で盛り上がってきているのを尻目に、石像の話の腰を折られて不完全燃焼気味の志葵シズが、続きを話したくてうずうずしていた。
「シズさんとこにある石像ってどんなの? 続き聞きたい。碧魂神社なら、なんでもありそう!」
空気を察してか、メンバーの一人がシズにバトンを戻した。よくぞ訊いてくれましたと言わんばかりに、シズの顔が晴れる。
「見たのはもう随分昔なんだけどね。私が子供の頃よ。そうねえ、今のめぐるくらいの時かしら」
シズが話し始めると、やはり同じ興味を持つ人たちの集まりなだけあって、全員が耳を傾け出した。店主の整二も、気になるのか続きを聞きたそうにしている。
「うちのご先祖様がロボット作ってた話、前にしたでしょ? 言太くんとこの、えー、はっちゃんだっけ。アレ作ったのがうちの先祖だって」
「ええ。今も時々メンテでそちらへ伺ってるみたいですね。よく働いてますよ。少なくとも俺よりは。わはは」
「ほんと、バチ当たりなことをしてたなって思うけど、今もそうやって役に立ってるなら、まあ、まだマシだと思うわね。案外そこまで悪いことではなかったのかも。そのロボットを作ってた部屋がどこかにあるはずって、昔すごい気になっちゃって、親の目を盗んで家中の文献漁ったことがあったの」
シズの話ではこうだ。
そうやって虱潰しに文献に目を通していると、ある書物に行き着いた。それは、シズが思っていたよりもずっと昔から、うちは何かの呪いにかかっているんじゃないかと思わせる様な内容だったらしい。
「
大化六年一月に書き始められたその書物は、崩れ過ぎた文字で読める所は少なかったが、なんとなく読める文字を拾っていったり、AIに解析してもらったり――解析できた所はほとんど無かったらしいが――した限りでは、日記の様なものだったらしい。
「それで、ぱらぱらーと読み進めてたんだけど、途中から、なんだかトゲトゲしくなってきたの。文体がじゃなくて、筆跡が。読めるところも少ないから、本当にざっとしか見てなかったんだけど、もう一度見直してみたら」
そこまで言ってシズは、唾をひとつ、ごくりと飲んだ。それに釣られる様に、全員の口角がぐっと締まった。整二に至っては、いつの間にか毛布にくるまっている。
「仇討ちの抄録のようになってたの」
きゃっ、と誰かの悲鳴が小さく上がった。発生源を振り向くと、整二がくるまった毛布を頭まで覆い被り、ふわふわした小山の様になってブルブル震えていた。そこまでなるほど怖いかなと、そこにいる全員が呆れたが、そのあと続くシズの話には、さすがに息を呑まざるを得なかった。
「その時、天譴文書を書いたのが、うちの先祖じゃないって分かったの」
「じゃあ誰が書いたんですか?」
言太はいつの間にかスティック型のレコーダーを取り出していて、しきりにリベラリウムでメモを採っていた。
「仇討ちをした理由っていうのが少し分かったんだけど、どうやら、うちのご先祖様の一人が、冤罪で処刑されてるのね。寝耳に水な話で、私もえーって驚いたんだけど、そのご先祖様のことが好きだった人が書いたみたいなの。“
シズは自分の話で気分が悪くなったのか、口元をそっとおさえた。
整二や言太をはじめ、何人かは「石像の話は?」と思い始めていたところもあったが、シズの話は脱線が常で大きく迂回はするものの、ちゃんと当初の話に持っていってくれるので、必要な情報なのだろうと思ったのと、今の話も面白そうで腰を折りたくないのもあって、じっと次の言葉を待っている。
「あの刀が……って、背筋が凍る思いをしたんだけど、やっぱり弦さんがその後どうなったか知りたいじゃない? それで、続きを読もうと探したけど、なかったの」
「ないんかい」
思わず言太がぼやいた。
「でね、さっきの刀があった蔵、よく思い出してみたら、一冊思わせぶりなのあったなって。それで、怖かったけどもう一度行ってみようと思って、蔵に入ったの。あら、この時もすぐ入れたわね」
シズは急に黙り込んだ。本筋よりもなぜ自分が入れたのか気になってきたらしく、当時の行動を細かく思い出そうとしていた。
「いつも閉まってる筈なのよ。立派な年季の入った錠前で。でも私が入ろうとする時はいつも外れてたわ。どうしてかしら……」
シズはどうしてもそこが引っかかってしまい、続きを話す気になれなくなってしまった。メンバーの熱気も次第に温度を下げていき、整二は毛布からやっと抜け出して「では、また後日続きを聞かせてください。僕ももう店じまいなので、ここ、使いたいんです」と、テーブルや椅子を片付け始めた。メンバーも仕方がないと言う風で、片付けていき、この日の会合は解散となった。
帰路、シズはずっと蔵の鍵のことが気になってしまっていて、よもぎや言太の呼びかけにも上の空で、ぶつぶつ何かを呟きながら歩いていった。シズの呟きはいつの間にか、楽器を奏でているかの様な音色に変わっていることにも気づかず、ぼんやりとしたまま、参道を神社に向かっていた。
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