第3話 いぬぱんち
「んんーっ……ああ、もう朝かあ……」
次の日の朝。
私、るるは眠い目をこすり、ベッドからのっそりと体を起こした。
昨日は、ついフふーとくんのことを考えすぎちゃって、寝不足だぁ……ああ幸せっ、幸せ過ぎるっ!
「げぇ……っ、七時半ーっ!?」
るるは上機嫌のまま時計を覗き込み――青ざめ、ひゅっと息を呑んだ。
時刻は七時半。
昨日、ふーとくんと、八時に集合して登校する約束したのに……っ!
「ね、ねお姉、起こしてよお……っ!!」
いつもは起こしてくれるのに……ねお姉ーっ!
るるは慌ててベッドから飛び降、転びそうになりながらも猛ダッシュでリビングへと走る。
「ねーおー姉! なんで起こしてくれなかったのーっ!?」
と、食卓で、涼しい顔をしてトーストを頬張るねお姉を発見した途端、るるは机に手をつき、そう悲鳴を上げる。
「もおっ、遅刻ギリギリだよお! ねお姉、いつもは起こしてくれるのに!」
「知らないわよ、いつも起こすなんて誰が言ったのよ? そ、それに……私だって、昨日寝れなくて、少し寝坊したのっ」
「むう……」
確かにそう……そうだけどっ! というか、ねお姉が寝坊なんて、珍しいっ!
「わかった、怒ってごめんねねお姉」
とりあえず、八つ当たりしてしまったことに反省し、るるはぺこんと頭を下げる。
「……べ、別に」
そう言って頬をピンク色に染め、ぷいっとそっぽを向いてしまうねお姉。
――薄メイクも完璧、くるんと巻かれた髪に、頭に乗っかった、猫耳みたいな小さなお団子。
一方でるるは……ダサいパジャマに、ぼっさぼさの髪! だ、だめだあ!
るるは気持ちを切り替えるために深呼吸をし、慌てて洗面台に向かい、まずは制服に着替える。
「うぅー……せっかくふーとくんとの初登校なのにー……あれっ、初じゃないか」
そういや、小五になるまでは、三人で仲良く登校してたっけ……懐かしさが込みあげ、るるはしばらく過去に思いをはせる。
あの頃からるるは、ふーとくんが大好きだったっけ……あの優しい瞳と、でも男の子っぽい顔。
ねお姉とけんかした時だって、いつも優しく頭を撫でてくれて……。
ねお姉がふーとくんを好きだったのかは知らないけど、少なくともるるは、ふーとくんのことが大好きだったんだよね……。
「お前、イヌみたいだな。ネコみたいなねおとは違って」
そうやってからかう声もかっこよくて……。
――「ふーとくんって、イヌ派? ネコ派?」
そうやって尋ねた時は、いつだって『ネコ派かな』って答えてたふーとくん。
だから……今こうやって、るるがふーとくんと付き合えたのは、キセキなんだって思うなあ……。
「るる。邪魔よ、どいて」
と、回想にいきなり割り込んできたねお姉の声に、るるはばっと現実に引き戻される。
「わっ……し、しまったあ、時間ないんだった!」
朝ご飯は諦めよう……うう、しょうがない……っ!
時刻は七時四十八分を指している。
るるは半泣きになりながらも、水道をひねって水を出した。
「…………」
慌てて顔を洗い始めるるるに、ねお姉はそっけなく歯ブラシをくわえたかと思うと、なぜか急にせわしなく、るるの周りをうろうろとし始める。
「……ねお姉?」
るるがそう怪訝げに尋ねると、ねおはびくっと身を震わし、頬を真っ赤にさせる。
な、なに? ねお姉、今日変だよ!
「ね、ねえ、るる。……本当に、その……ふ、風斗と、付き合い始めたの?」
ねお姉はその後、散々口をもごもごさせた挙句、ようやく口を開いた。
……なあんだ、そんなことかあ!
ねお姉から聞いてきたことに半ば驚きながらも、るるはタオルで顔を拭きながらもこくんと頷いて見せる。
「そうだよー?」
「……へ、へぇーっ、そう。……べっ別に、全く知りたくもなかったし、私には関係ないけど!」
?? という顔をしながらも首を傾げるるるに、ねお姉はそっぽを向きながらももごもごと口を動かす。
「そ、それは、風斗から、こ、告白してきたわけ?」
「ううんっ、るるから! そしたらおっけーしてくれたんだあ!」
るるは髪をとき、ハーフツインに結びながらもそう答える。
結ぶと、ぴょんぴょんってイヌの耳みたいになっちゃうのが不満だけど……ねお姉みたいに毎日髪を綺麗に整えてないから、しょうがないのかあ……。
「んふ……ふーとくん、大好きっ!」
幾度目かの回想で幸せな気持ちになり、るるは口をゆすぎながらも思わず頬を綻ばせる。
あの時勇気出してよかったあ……ふーとくん好き好き、大好きっ!
「そ、そんなあ……っ!?」
それを聞いた途端、なぜかかたんと歯ブラシを落としてしまうねお姉。
ますます不信感が高まるんだけど……ねお姉、変なキノコでも食べたのかな……?
「……ねお姉、今日変だよ? あっそうだ、後でふーとくんが言ってたんだけど! ねお姉、彼氏できたんだね!」
「…………っ!?!?!」
満面の笑みでるるがそう言うと、対照的にねおは真っ青になる。
「そっそれは……でまかせで……!! 風斗にもっと好きになってもらうための、手で……!!」
「?? なんてー?」
なぜか半泣きになり、ごにょごにょと言い始めるねお姉を見て、るるはちょこんと首を傾げる。
途端、洗面台付近に置いていたスマホが、けたたましいアラーム音を発し始めた。
「わっ、ふーとくんとの待ち合わせ時間だっ! ごめんねねお姉、また後で聞く! 彼氏さんと仲良くね!」
「ま、待っ……」
るるは短いスカートをぱたぱたと揺らしながらもリュックを背負い、急いで玄関から出ていった。
「んぁぁあああぁぁぁああーっ! そりゃ私だって寝れないわよ!! 肌荒れはするし、変な夢ばっか見るし!! も、もおおおおおおおぉおおーっ!!!! なんでうまくいかないのよお!!」
その後、洗面所で一人、ばたばたと駄々っ子のように手足をばたつかせ、八つ当たり気味にわあわあと声を上げるねおの姿があった。
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