悪霊を拳で殴るのはありですか?

神伊 咲児

悪霊を拳で殴るのはありですか?

「帰った方が良い」


 そう言ったのは神矢崎かやざき 美月みつきだった。

 赤い長髪に鋭い目をした、どこか謎めいた少女である。


 彼女の呼びかけに、凛は笑う。


「アハハ! 大丈夫だって、ウチら3人もいるんだし、怖くないって!」


 廃ビルの探索をしようと言い出したのは彼女だ。

 彼女にとって、今は気軽なイベントにすぎない。

 それと、この探索にはもう1人いた。


 由那絵はスマホを片手に動画を撮影しながらブルブルと震えていた。


「ゆ、幽霊が本当に出ちゃったらどうするんですかぁ? 私は美月ちゃんの意見に賛成ですぅ」


「あんたねぇ。そんなに震えてたら動画がブレるじゃない。少しは抑えないとダメよ」


「わ、わかってますけどもぉ〜〜」


「あ! あそこに男の人が!」


「ひぃいいッ!!」


「フフフ。嘘よ」


「んもぉ! 凛ちゃんってばぁ!」


「でもね。この廃ビルは出るって有名なんだからぁ。それを動画に収めてみなさいよ。絶対にバズるわよ!」


「ひぃいい〜〜」


 この3人は16歳の高校生。今は夏休みを利用して刺激的な遊びをしている最中だ。

 美月は2人の誘いで幽霊が出ると噂される廃ビルに来ていた。


「本当に帰った方が良い。後悔することになるわ」


 と、美月は念を押す。


「怖いのはわかるけどさ! あたしがいるから、ガチで大丈夫だって! それに、どうせ幽霊なんて出ないしね。キャハハ!」


 この廃ビルには自殺した男の霊が出るという。借金苦で首を吊ったらしい。そんな霊魂が地縛霊となって彷徨い、訪問した者をあの世に引きずるというのだ。


「男の地縛霊がね。寂しいって言いながら首を絞めるんだって。何人もの人間が呪い殺されてるそうよ」


「ひぃえええ〜〜。や、やめてください! もう帰りますよ!」


 凛は涙目の由那絵を宥めながら探索を楽しむ。


「でもさーー。おかしいじゃない。廃ビルに入った者を呪い殺すとかさ。やりすぎじゃない?」


「それは……。まぁ、そうですがぁ……。幽霊ってそんなもんじゃないんですかぁ?」


「一方的なのよね。無敵すぎるわ」


「……それが幽霊ですよぉ。もぉ帰りましょうよぉ」


「有名になりたくないの? 美少女3人でさぁ!」


「なりたくないですよぉ。ねぇ美月ちゃん?」

「そうね。有名になるのは面倒よね」


「えーー。テレビとか出れるかもしれないじゃん」


 廃ビルの3階は、男が自殺したというトイレがある場所だ。

 彼女らはそこに入った。


「凛ちゃん。男トイレですよ? 入っていいんですか?」


「心配するとこそこ?」


「だってぇ。私たちは女の子なんですよ?」


「別にいいって。誰も使ってないんだからさ」


「ううう……。私は気にするんですぅ。お、お邪魔しますぅ……」


 そこはジメジメとしたトイレだった。

 特に何もなく、強いて言えば、冷たい空気が流れているくらいである。

 しかし『ううう』という男の唸り声が聞こえて由那絵は大混乱。


「ひゃああッ!! い、今、聞きました!? 男の人の声がしましたよぉお!!」


「風よ風ぇ。隙間風がそう聞こえただけだってぇ」


 その場で動画を再生してみると、確かに唸っているような男の声が入っていた。


「へぇ……。もしかしたらあるのかな?」


 凛は益々楽しくなる。

 恐怖というのは彼女にとって刺激的な道楽でしかないのだ。


 1時間後。

 

「ほらね。やっぱり、何もなかったじゃない。つまんないの」


「私はそれで良かったですよ〜〜」


「あの動画の声もさ。やっぱり風の音よね。本当に残念だわ」


 美月は鋭い目を細めた。


「ねぇ、由那絵。今日はあなたの家に泊まってもいい?」


「あ! 美月ちゃんも怖かったんですか?」


「……まぁね。一緒の方が良いでしょ?」


「うう。やっぱり美月ちゃんを誘って正解でした! 持つべきモノは友達ですね。一緒に寝てもらえると助かりますぅ」


「キャハハ! あんたたちそんなに怖かったの? 何もなかったのにさ」


「それが普通の女の子なんですよぉ」


 それから、3人はそれぞれの家に着いた。


 美月は由那絵の部屋で楽しく会話をする。由那絵はさきほど撮影した動画を凛のパソコンに転送した。


 一方。

 凛が自分の部屋へ入ると、急にパソコンが起動した。

 メールが届いてもパソコンの画面はオフにしているはずである。

 しかし、画面が点くということは、きっと設定が変わったのだろう。

 そうなると、点いた理由を探る。


「……そうか。由那絵が動画を送ってくれたからだ」


 子猫の待ち受け画面越しにメール受信の表示が見える。

 彼女は動画を見返した。

 問題の声。


『ううう』


 確かに、男の声だった。

 しかし、これをネットに上げたところでバズる予感はない。

 風と言われれば、やはり風なのである。


「やっぱ偶然よね」


 お風呂に入ってから寝る準備をする。

 鏡を見ながら化粧を落としていると、再びパソコンがついた。


キュィイイイン!


 起動音が静かに鳴る。


「ええーー。故障ぉ? ついてないなぁ」


 そう言って、パソコンのアダプタを抜く。


 照明を消してベッドに入った。

 スマホで美月と由那絵にメッセージを送る。

 たわいもない怖い話で由那絵を困らせるのが楽しい。


『今日、夢に男の霊が出てくるかもねw』


『もぉ! 怖がらせないでください!』


 凛は「ニシシ」と笑うと、満足して寝ることにした。

 

 しばらくして、凛は中々寝付けない違和感を感じる。

 気分を変えようと寝返りを打ったその時である。




キュィイイイン……!




 パソコンの起動音が鳴り響く。


(おかしいな。アダプタは抜いたのに? 抜き忘れてたのか)


 そう思って、起き上がる。

 パソコンの画面から出る灯りを頼りにしてアダプタを抜こうとした。

 その時である。


「嘘……」


 アダプタはコンセントから抜かれていたのだ。


「なんで!?」


 直ぐ様、パソコンの画面を見ると、そこには男の顔がぼんやりと映っていた。


「ヒィッ!」


 パソコンの待ち受け画面は子猫の顔にしている。

 にも関わらず、画面に映るそれは、明らかに男の顔。ぼんやりとしたシルエットだが、短髪の雰囲気から性別が判断できた。


「う、う、嘘でしょ?」


 全身から汗が噴き出る。

 彼女は、初めて幽霊の存在を信じようとしていた。

 目を凝らして、画面を観察する。

 それはすりガラスの向こうに佇んでいる人のように。僅かに動き、目が瞬いていた。


「ヒィイッ!!」


 悲鳴と同時に尻餅をつく。

 そのまま、その体は動かなくなった。


(な、なんで? 体が動かないの!?)


 全身に鳥肌が立つ。

 でも体は動かない。

 生まれて初めての金縛りである。

 恐怖でブルブルと震えた。

 瞼は動くので目を閉じようとする。

 しかし、周りの気配が気になって開けてしまう。


 確実に、誰かがいるのである。


 ゆっくりと視線を動かして部屋を探る。

 聞こえてくるのは自分の粗い息遣い。

 しかし、それとは別の気配が、確実にその部屋にはあったのだ。


 視界の中にパソコンの画面が映る。気がつけば猫の画面に変わっていた。


「あ、あれ!?」


 もしかして、これは夢だったのか?

 そう思った矢先。

 自分の下半身に男が馬乗りになっていた。


「ヒィイイイッ!!」


 男は青白い顔をしており精気は感じられない。

 目は充血していて真っ赤。

 圧倒的な違和感は、胸の動きがないことだ。明らかに息をしていないのである。

 彼女は筋肉がこわばって声が出なくなっていた。


(ゆ、ゆ、ゆ、幽霊だ……)


 恐怖で目が離せない。

 男の首にはロープの跡が残っていた。


(首を吊った自殺者の霊……。本当にいたんだ)


 そうなると、噂の真実身が増した。

 霊は、寂しさのあまり、廃ビルに来た者をあの世に連れ込むという。

 そんな男が声を出す。


『寂しい……』


 その声は特殊。まるで壊れた拡声器から聞こえるような声だった。

 明らかに人外。そう確信すると、汗は全身から噴き出して更に体が固まった。


 男は凛の首に手をかけた。

 その手は冷たく、とても生きている人間ではない。

 男の力は徐々に力を増す。


『一緒に来て……。一緒に来てくれぇえええええ!』


グググググーー!!

 

 男の力は強い。

 凛は息ができなくて悶えた。

 なんとか力を振り絞り、右腕だけを動かせるようにする。そして、その手を使って男の手首を掴もうとした。

 ところが、



スカッ!



 凛の手は空を切る。


(そ、そんな……!)


 男は自分の首を絞めれるが、自分は男に触れないのだ。


ググググググググーーーー!!


 凄まじい力で首を締め付けられる。

 

 遠のく意識の中。

 凛は死を意識した。そして、本当に後悔した。


「帰った方が良い」


 あの時、美月の言葉に従うべきだったと。


 彼女の頬に一筋の涙が流れる。

 その瞬間。



バキッ!!



 凄まじい接触音と同時に、男は吹っ飛んだ。


「え!?」


 そこに立っていたのは美月である。


「大丈夫。凛?」


「え、え? な、なんで美月が?」


「助けに来たのよ」


 彼女の両拳は淡い光を発していた。

 その姿は巫女の格好を軍服にしたような、不思議な出立ちであった。


 ふっとばされた男の霊はゆっくりと立ち上がる。


『お、俺に触れるのか?』


 この問いに、美月は呆れる。


「ふん。読み違えて由那絵の家に泊まっちゃったわよ」


 男は鬼のような形相へと変化した。


『お前も俺と同じ世界に連れて行ってやる!!』


 美月に向かって飛びついた。

 しかし、


バキッ!!


 美月は再び、男の頬に拳を入れた。

 男は混乱する。

 

『ど、どうして!?』


 転倒する男に馬乗りになる。


「残念だけど、私はあなたに触れるのよ」


『な、なんだとぉお!?』


 美月は男の顔を何度も殴る。


「破邪! 破邪! 破邪! 破邪!」


 男は狒々のような奇声を上げる。

 それは凛の皮膚を震えさせた。

 美月は殴打を繰り返しながらこう言った。


「後悔なさい。警告を聞かなかった、あなたが悪いのだから」


 凛は自分のことだと認識する。


「ご、ごめん……。でも、だって……。本当に幽霊がいるなんて思わなかったんだもん」


「え? あ、違う違う。凛に言ったんじゃないわよ」


「え?」


「こいつに言ってるのよ」


 男は鬼のような形相で叫ぶ。


『貴様。何者だ!?』


「私の正体なんて、あなたにはどうだっていいでしょう。ただ、あなたは私の警告を聞かなかった。せっかく、『帰った方がいい』って忠告したのにさ」


『なんだと!?』


「あの廃ビルから着いて来てたでしょ? 私たちにターゲットを絞ってね」


 凛は理解する。あの時の言葉はこの男に言った言葉だったのだと。


「破邪! 破邪! 破邪! 破邪!」


 彼女の殴打は男の体を薄くした。


『お、俺が消える。そ、そんなバカな!? 俺はどこへ逝くんだ? あの世か!?』


「そんな素晴らしい場所には行けないわ。あなたは人を殺しすぎた」


『な、何!?』


「ただ消えるだけよ。消滅していなくなるの。それがあなたの受ける罰」


『い、嫌だ! 消えたくない!! 俺はこの世に存在したい!!』


「都合のいいこと言わないでよ。勝手に廃ビルに住みこんでさ。人に取り憑いて命を奪う。こんな横暴が許されるわけがないでしょ」


『そ、それが幽霊だろうが!!』


はざま 道兼みちがね。あなたを殺人未遂の罪で消滅させる」


『な、なにぃ!? お、俺の名前まで知っているのか?』


「幽霊が恐怖するって滑稽ね」


『な、何者なんだぁ!?』


「悪霊に人間の法律は適用されないでしょ? 説明しても無駄よ。破邪!」


『グフゥッ!!』


 男の姿は今にも消えようとしていた。

 その間際である。

 勝利を確信したように笑った。


『ま、まぁいいさ。くくく……。こ、この俺が消えても、もう一人の俺が、あの女を襲うからな』


「もう一人?」


『フハハハ! あの女は死んだなぁああああ!! ギャハハ──」


「破邪!」


『ゲフゥウウッ!!』


 男の霊は消滅した。


 凛は安堵する。


「……あ、ありがとう美月。助かったわ」


「まだ、安心できない。由那絵の家に行かなきゃ」


「え? 幽霊は倒したんじゃないの?」


並行存在霊ドッペルゲンガーよ」


「な、何よそれ?」


「簡単に言えば分列して存在したもう一人の霊ってことね」


「じゃ、じゃあ、男の霊はまだいるってこと?」


「うん」


 その時である。

 凛の部屋にメイド服を着た美しい女が入って来た。

 それはモデルのように背が高く、抜群のプロポーションである。


「美月さま。 並行存在霊ドッペルゲンガーを1体確認しました。ご友人の家でございます!」


「ありがとう。今行く」


 凛は意味がわからない。


「ちょちょ、あなた誰? 美月の知り合い? なんで人ん家に入ってんのよ!?」


「ごめんね凛。話すと長くなるからさ。私は由那絵の家に行くわ」


「うう。意味わかんないっての! あたしも行くからね!」


「やめた方がいい。危ないわ」


「友達が幽霊に命を狙われてるんでしょ? だったら助けに行かなくちゃ!」


「もう。遊びじゃないのよ?」


「か、覚悟の上よ! 友達を見捨てるあたしじゃないっての!」


「んもぉ……」


 2人が外に出ると、大きなバイクが止まっていた。

 排気量2500C C。黒と赤でカラーリングされたクルーザータイプの大型二輪である。


「ちょ、何よこれ?」


「私の愛車。麒麟よ」


「美月が運転するの?」


「そ。一応ヘルメットは被ってね。本当は被らなくてもいいんだけどさ。苦情が入るから交通課がうるさくってね」


 エンジン音がけたたましく鳴り響く。



ドドドドドドドドドド!!



 アクセルを蒸すととんでもない速度で発進した。


「ひぃいいい!! 速い速いってぇえええ!!」


「急がないと由那絵が心配だわ」


「信号が赤だからぁあああ!!」


「止まってる時間なんてないのよ」


「ひぃいいいいいいいッ!!」


 凛がようやっと速度に慣れたころ。


「ねぇ。あなた一体何者なのよ?」


「…………」


「このバイクもそうだけどさ。さっきのメイド服の人もそうだし、あなたは幽霊を倒しちゃったわよね?」


「言わないとダメ?」


「当然でしょ!」


「……悪霊対策課」


「はい?? あ、あくりょうたいさくか?」


「正確には国家公安委員会 警察庁 悪霊対策課。これは公務なのよ」


「け、警察なの!?」


「形はね。でも連携はしてなくて、完全に独立しているの。悪霊の殺人を未然に防ぐために国が作った組織なのよ」


「も、もしかしてさっきのメイド服の人もその対策課なの?」


「そうよ」


「ひぇ〜〜。どうしてそんな組織に美月がいるのよ?」


「私は特異体質でね。幼い頃から霊が触れたの。その力を買われてね。この組織に入ったのよ」


「……う、嘘みたいな話ね」


「信じない?」


「し、信じるわよ。目の前でおかしなことが起きてんだからね」


「悪霊は一定のダメージを受けると消滅するわ。私たちはチームを組んで、悪霊を退治しているのよ」


「……じゃ、じゃあ、廃ビルに行った時に倒してくれれば良かったのに」


「無害な霊は触れないのよ。それは法律違反だから。あくまでも、消滅させるのは犯罪を犯す霊だけね。さっきの男は、あなたを襲った時点で殺人未遂が確定した。霊は証拠が残りにくいから犯罪の立証が現行犯しかないのよ」


「……す、すごい話ね。脳ミソが追いつかないわ」


「着いたわよ」


「え、もう!? あたしん家から30分はかかるのに。早すぎでしょ!?」


「300km/hで走ったからね」


「えーー!?」


 悪霊対策課の移動バイク麒麟は、特殊な術によって100km/h以上で走行する時だけ通行人には見えないようになっている。

 また、あらゆる交通法が免除されるのだ。

 当然、信号も無視できるのだが、凛がそれらの疑問を解消する間もなく、次の疑問が押し寄せた。

 由那絵の家は普通の一軒家。そんな家の玄関に、またもメイドの格好をした美女が立っていたのだ。


「美月さま。玄関は解錠しております」


「ありがと!」


はざま 道兼みちがねの余罪について調べがつきました。こちら条文になります」


「わかったわ!」


 凛は敬礼をした。


「お、お仕事、ご苦労さまです!」


 美月は玄関の扉を開けた。


「ちょっと! 勝手に入るのって犯罪なんじゃ!?」


「公務だから!」


「あ、そっか!」


 そのまま土足で上がり込み、2階にある由那絵の寝室へと移動する。

 部屋に入ると、あの悪霊の男が彼女の首を絞めていた。




「破邪ぁあああッ!!」




 美月の拳が男の頬に命中する。

 ふっとばされる男。


『何者だ!? どうして俺を触れる!?』


並行存在霊ドッペルゲンガーは情報共有ができないのよね。同じことを2度も話すのは骨が折れるわ」


 彼女は、そのまま馬乗りになった。

 

『どうして俺に触れるんだ!? どうして!? なぜだぁあああああ!?』


 男の問いかけに、美月はニヤリと笑った。





「幽霊が無敵なのはね。もう古いってことなのよ」




 霊が青ざめる。とは、おかしな表現かもしれない。

 しかし、血の通っていない霊体であったが、確かにその時、彼の顔は血の気が引いていた。



「破邪! 破邪! 破邪! 破邪ぁあああ!」


 

 美月の拳が連打する。

 次第に悪霊の姿は薄くなっていった。



『お、俺が消える! 消えてしまうぅうううううう!!』



 美月は、さきほどメイドから受け取った条文を読み上げた。


はざま 道兼みちがね。殺人10件。および殺人未遂が2件。以上の罪により。今からあなたを消滅させる」


 男は絶望した。

 殺してきた人間のように。


『そんなぁ。そんなぁああああッ!!』


 美月の拳が振り下ろされる。



「あなたには地獄も生緩い。破邪!」



 男は完全に消滅した。


 凛は気絶している由那絵を起こしていた。


「由那絵! 由那絵ったら! しっかりして!!」


「……り、凛ちゃん。凛ちゃんだ」


「ああ、良かった。生きてる」


「わ、私……。男の人にね。く、首を絞められて……」


 と、状況を整理してから、助かったことに安堵する。

 大きな声を出して泣いた。


 彼女の涙が収まった頃。

 凛と由那絵は状況を整理し始めた。


「美月ちゃん。その格好……」


「由那絵。聞いて驚きなさい! 美月は警察なのよ!」


「け、警察?」


「えーーと、なんとか対策課。だったかな? とにかく美月はすごいんだから! 悪霊を素手で倒しちゃうのよ!」


「そ、それはすごいですね! どういうことなんですか、美月ちゃん?」


 美月はニコリと微笑む。


「毎回このパターンになるわね」


 そう言って、札を彼女らの額に貼り付けた。

 2人の体は硬直する。

 すると、その札は緑色の炎を出して燃え始めた。

 美月はパジャマに着替えながら説明を加える。



「この話。もう5回目なのよね。いい加減飽きちゃったわ」



 緑の炎が額の中へと吸い込まれると、2人の記憶はすっかり消えていた。


「あ、あれ? 美月ちゃんと凛ちゃん。どうして家にいるんです??」


「おかしいな? あたしもなんでここにいるんだ??」


 美月は布団に潜り込む。


「3人でお泊まり会をするって言ったじゃない」


「「 お泊まり会? 」」


「そうよ。だからパジャマを着てるんでしょ?」


 2人はなんとなく納得する。

 

「そういえば、そうなのかな? じゃあさ。あたしの布団は?」


 その夜はいつものように過ぎた。


 翌朝。

 由那絵の家の前に停められていたバイクはいつの間にか姿を消していた。

 3人の女子高生は夏休みである。

 

 凛は楽しいことを思いついた。


「知ってる? あそこの公園でさ。幽霊が出るんだって! 今晩さ、3人で行ってみない?」


 美月は鼻で笑うだけだった。


 おしまい。

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悪霊を拳で殴るのはありですか? 神伊 咲児 @hukudahappy

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