通りすがりの聖人

「命が助かったと思った矢先で、死ぬかと思ったぞガハハ!」


 そういって快活に笑うのは、馬車の護衛をしていたケネスというおじさんだ。


 赤い髪を短く刈り込んで、上半身を金属の板の甲冑で覆って、下半身は動きやすいように革の鎧を着ている。熟練の戦士といった感じだ。


「うぅ……人前であんな醜態をさらすなんて……クッ!」


「まぁまぁアリサお嬢様、せっかく助かったのです。ここは魔法使い様に感謝を」


 キッっと僕を睨んで明らかに敵意を感じる「ありがとう」を言ったのは、アリサというお嬢さんだ。年は僕よりも幼いかもしれない。15歳くらいだろうか。


 髪の色は薄い亜麻をしていて、目は細く鋭く、かわいいっていうよりカッコいい系の女の子だ。ぶっちゃけ、僕より幼いのに強そうだ。


 彼女はドレスではなく、動きやすそうな狩猟服を着ている。

 お貴族様だろうなぁ……狩りの帰りかなんかだろうか?


「では、これで失礼します」


「お待ちなさいっ!無頼の者に襲われたところを助けられ、命を救われたというのにその礼も出さないとなると、アルフォート公爵家の名が廃ります!」


 アルフォート公爵家?!うっそだぁ!ブルボン王家の親戚の大貴族じゃないか!


 僕が勇者パーティの一行だった時に出会った貴族様は、エリーゼ男爵、ルーベラ子爵、ルマンド伯爵だ。


 これまでであったどのお貴族様より、はるか上の大貴族だ。


「といっても、僕はただとっさに魔法を放っただけで……」


「坊主、せっかく下さるっていうんだから貰っとけ、こういうのはもらっておかないとこっちも後からいろいろ面倒になるんだ」


「はぁ……」


「ええ、なんだったら領地だってあげられるわよ。魔王軍が各地で暴れ回ってるせいで貴族死にまくり。貴族不足で放棄地が至る所にできてる始末だし」


「えぇ……それはそれで大丈夫なんですか?」


「全然大丈夫じゃないな。まあなるようにしかならんさ、ガハハ!」


「それなら、僕は暗黒魔大陸から帰ってきて、スローライフをしようと土地を探しているんです。どこか紹介してもらえませんか?」


「そいつは大きく出たな!!暗黒魔大陸に行って帰って来れるなんて、勇者パーティくらいだろう!!」


「本当ね、面白い冗談だわ」


「ハハハ……」


「であるなら、あそこはどうかしら、ほら、『エブリバーガー騎士領』なんかは?」


「ああ、それはいい考えかもしれませんな」


「エブリバーガー騎士領ですか?」


「うむ、まあド田舎のよくある村よ。なんてこたぁない場所だ、うん。」


「通りすがりの聖人様に、魔王の最前線の土地を渡したりしませんよ、ええただの普通の、なんともない特徴も面白みもない土地ですわ」


「うむ、3日に1回の頻度でドラゴンの襲撃は無いし、畑を作ろうとして土に触ったらゾンビやスケルトンが出てくるなんて事もない」


「ええ、住民より明らかにゴブリンやオーク、オウガの方が多いとかもないですし、ぜひ貰ってほしいですわ。口ふ……じゃない、贈り物として」


「ありがとうございます!アリサ様!」


「ええ、とにかく地図だけ渡して書類とかは後から送るような気もしないでもないから好きにスローライフでもなんでもやってね」


「はい!有難うございます!」


「エブリバーガー騎士領には、以前の持ち主の館がそのままあるはずだから、それを使うと良いと思うぜ。以前、領地を統治していた騎士が寝鎮まっていたとき襲撃にあって一族郎党が血祭りにあげられて今は幽霊屋敷になってないぜ」


「へえ!とても住みやすい感じの良い土地なんですね!!」


「「そうだね!!!!」」


 僕は大貴族のアルフォート公爵令嬢のアリサ様から、エブリバーガー騎士領の地図を頂いてしまった。


 地図を渡したアリサ様はお急ぎなのか、ものすごい勢いで馬車を走らせて言ってしまった。お礼をしたかったけど、もう砂煙しか残ってない。

 

 まあ行ってしまったものはしょうがないか。


 ふふ、助けたつもりだったけど、すっかりこちらが助けられてしまった。


 彼女は僕の事を「通りすがりの聖人」なんてご大層なあだ名で呼んでいたけど、僕からしたら彼女の方がよっぽど聖人だ。


 まさか領地をなんでもないように僕にくれるなんて。

 さすがに大貴族様は違うなあ。


 それにつけてもやはり、親切はする者だね。情けはなんとやらだ。


 アリサ様とケネスさんはすごい熱っぽく領地の事を語っていたし、きっといい場所なんだろう。僕にとっては初めてのスローライフだし、いきなり過酷な土地に住んだって絶対失敗してしまっただろう。


 我ながら何ていう幸運なんだろう。

 勇者パーティを追放されてしまって、一時はどうなるかと思ったけど、人間、諦めさえしなければ、なんとかなるもんだね。ふふっ。


 僕は改めてエブリバーガー騎士領と書かれた地図を見る。

 

 地図にはいくつかのマークがある。穴の開いた山の絵に、角の生えた顔が書いてある。ふむふむ、これはきっとイノシシだな。イノシシの住み家がひぃふぅ、10個近くあるのか。


 そして川にも蛇みたいな魚の絵が描いてある。これはきっとウナギだな。ふふ、たくさんの山の幸がある土地みたいだ。


 そして家の絵。これは前にここを統治していた騎士のものだろう。

 「絶対近寄るな、目を覚まさせるな」と書いてある。


 きっと騎士様は夜遅くまで働いて、寝るのが遅かったんだろう。

 無理もない、この土地を良くしようと、毎日頑張ってしまったんだろうな。


 僕は地図を丸めてカバンに収めた。アリサさんと護衛の人が言ったように、間違いなくスローライフに適した平和な土地っぽいぞ、楽しみだなぁ!!


 僕はさっそく地図を頼りにエブリバーガーに向かって出発した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る