ドキッ! 超能力者だらけのデスゲーム

本庄 照

臓物ポロリもあるよ!

 はっはっは、では始めようじゃないか、究極のゲームを――。これから行う四つのゲームを生き残り、見事優勝したら十億円。ただし失敗したらゼロ、その首につけられた爆弾が爆発するというわけだ。どうだ、悪い話じゃないだろう?


「十億――ってちょっと安くないですか?」

『え?』

 ポケットに手を入れてやる気のなさそうにしていた背の高い男が声を上げた。


「ここ、十五人はいますよね。これってデスゲームでしょ。十五人の命が十億円っていうのは、ちょっと安いと思うんですけど」

 そうだそうだ、と参加者が声を上げる。賞金を用意したのはクライアントだし、運営に言われても困る。こちらはあくまでイベント代行企業なので……。会場予約するのだって大変だったんだぞ。


「じゃあいいです。依頼は受けたんですけど、キャンセルで」

『……キャンセルはできない。君たちはもう閉じ込められてるんだ。出たければ優勝すればいい、簡単な話だろう?』

「僕たち、連れなので。一人だけ優勝するというのは困るんですよ」

『あははははは、そんなのは我々の知った事じゃないさ! 連れだろうが最後の一人になるまで戦ってもら――』

「だとしたら契約書と違いますよ。僕らは依頼を受けて来たんですが、既に契約書と違うことが三つ起こっています。これを裁判所に持っていきましょうか?」

 リスト上の名前は芹沢真澄。日暮里駅の占い師らしい。今までこんなクレームを入れられることはなかったので、正直焦る気持ちもある。


『……裁判所に行くのだって、このゲームから出られなきゃ無理でしょうが』

「じゃあ僕らが瞬間移動能力とか持ってたらどうするんですか?」

『持ってんの?』

「いや持っていませんが、持っていることも想定していないんですか?」

 超能力者の存在なんて想定してるわけねぇだろ。

 

『……好きにしろ。瞬間移動能力を持っていたら逃げたらいいし、持っていないのならここにいればいい。俺たちはあくまでクライアントの意向通りのデスゲームを提供するだけだから』

 かっとなってそう言ってしまった。まあ上司に見つからなきゃいいか……。


「どういう意向なんですか?」

「それは言えない」

「まあメンツを見たらだいたいわかりますけどね。うちの業界、すごく狭いので」

『え?』

 思わずマイクに素の反応が乗ってしまった。


「桜子さんだって知っているでしょ」

 芹沢が桜子と呼んだ女はうんうんと首を振る。

「貴方たち、本物の能力者を揃えましたね?」


「日暮里のナンバーワン占い師の僕、日暮里の底辺霊媒師の落合桜子、難波の歩くパワースポット・本郷直樹。死の請負人・長門ながとウィリアム久遠くおん。科学に詳しいだけの一般人詐欺師・滝沢大輔。不死身のバカ・若槻浩太郎……あとは知りませんね。サクラか、超能力者を名乗っている偽物かな。まあ科学に詳しいだけの一般人詐欺師も偽物ですけど、界隈では有名ですからねぇ」

 ほぼ当てられているのでめちゃくちゃ怖い。頑張って能力者を集められたと思ったんだけどなぁ。

「超能力者を集めてデスゲームをするということは、貴方たちのクライアントとやらは、人を殺せる能力者が欲しいってことなんですかね」

 図星である。


「じゃあ彼、ウィリアムが一番おすすめですよ。こいつ人を殺せる能力を持ってるので。あるいは若槻もおすすめです。フィジカルエリートなので、殺せって言ったら殺すんじゃないですか?」

「そっすね! 俺は金貰えれば大体なんでもやります! たぶん首折るのが一番得意だと思うんで、仕事よろしくっす!」

 ムキムキマッチョの若い男が元気に答えた。こんな爽やかなタイプで殺人も厭わないってそれもそれですげぇよ。ギャップだよ。


「ウィリアムが優勝でいいので、奴に十億円渡してゲーム終了してくださいよ。僕らは忙しいんです。あーあ、こんなつまらないゲームに参加するなら依頼を断っておけばよかった。ホント、未来はこまめに確認した方がいいですね」

 わざとらしいため息をついて芹沢は運営側を煽る。こちらも腹が立ってきた。


『うるせぇ! 契約上、ゲームは止められないんだよ。早くゲームをして生存者が一人になるように――』

「だからそれ、絶対意味ないですよ。僕は未来が見える能力者ですが、僕も桜子さんも、今のところ死ぬ未来は見えていませんし」

「桜子ちゃん、めっちゃ可愛いな! 一緒にクリアしようや! 絶対いけるって! やって僕、このゲーム参加したことあるもん。ここの運営ガッバガバやで」

 本郷直樹が桜子の手を取って大きく振る。そんなはずはない、過去の生存者リストに本郷直樹の名前は……。あっ! 中川さんが辞めてから生存者リストが更新されてねぇ! 課長~~~! コストカットの弊害が出てます~~!!


「ほら見てみ、あの壁の銃な、一番端っこのやつ壊れてるねん――」

 それ以上喋らせるわけにはいかない。そう判断したこちらは、本郷直樹の首輪爆弾のスイッチを入れた。どん、と音がして本郷の首が吹き飛ぶ。


「本郷さんっ!」

 何が起こったのかもわからないような呆けた顔で、本郷の首が宙を舞う。残った胴体の大動脈は張り裂け、血をばらまきながら、ねじれるように倒れる。まだ動いているらしい心臓の鼓動に合わせて、噴水のように血が飛び散る。


 誰がどう見ても死んだ。爆破ボタンを押した指が安堵に緩む。これで口止めができた、とほっとしたときのこと。


「安藤さんっ!」

 隣にいた、本郷とは無関係の参加者も爆発の巻き添えになって死んだ。首の爆薬に引火してしまったらしい。顔の皮がべろんとはがれてしまって、わあ変装のマスクみたい――、じゃない。今まで多くの死体を見てきたがこれはひどい。巻き添えの死に方の方がグロくてどうする。


 それもこれも、首輪をコストカットしたのが良くなかった。爆発の威力が安定せず、低すぎる場合もあるし高すぎる場合もある。今回は高すぎたせいか、変な連鎖反応まで起こって面倒なことになった。全く、死に方の調節というのは難しい。


 頭を抱えているところに、さらに運営側には不利な状況が続いた。


「皆さん。あの隅の方にいましょう。壁の銃の射程圏外だそうです。本当は射程圏外になるようなところなんてないんですが、一番端の銃が壊れてるから――」

 口封じしたはずの本郷が握っている秘密を誰かが叫んだ。


「私、霊と話せるんです。今亡くなった本郷さんの霊と喋って、教えてもらいました」

 グロい死体には動じもせず、桜子がそう言った。いるんですよ課長、本物の霊能力者って。頑張って、無名でも実力を噂される能力者を集めたのが良くなかったんだろうか。早割プレミアムで時間があったからって頑張りすぎた気がする。


『余計な事を言うな。こちらには首輪の爆弾だってある。片っ端から押してやってもいいんだぞ』

「大丈夫ですよ桜子さん。貴女は死なないので」

 芹沢が桜子の肩に手を掛けて囁く。構うものか、と落合桜子の首輪の爆破スイッチを入れた。


 爆発はしなかった。

 あれ?


「不良品みたいですね」

 露骨にバカにした口調で芹沢が笑った。腹が立ってくる。こっちだって好きでコストカットされた微妙な首輪使ってんじゃねぇよ。さっさと国内生産に戻せ。


「ねえ、ウィリアムだってこんなデスゲーム嫌ですよね? さっさと出してもらいましょうよ」

「俺は別にいいけどな。全員ぶち殺して生き残る自信あるし、十億円ほしいし」

 はかなげな雰囲気ながら乱暴な口調のウィリアムが、いかにもモデルらしいまつ毛の長い目を伏せる。そうだ、それでいい。


「十億? 僕があげますよ」

「え?」

「僕、自分の能力使えば金なんか稼ぎ放題ですからね。どうぞどうぞ」

「ずるい芹沢さん! 私もお金欲しい!」

「桜子さん、ほんとお金に汚いですよね。僕に協力してくれたら一人十億出しましょう。ここを出たら渡しますから、それでいいですか?」

 本当にデスゲームか、と疑いたくなるほど、場がわっと盛り上がった。フェスみたい。一人でゲームマスターみたいなことすんなよ。どんだけ金持ちなのコイツ。


『……わかった。ただ、契約にあるから、ゲームだけはしてもらう。超能力者なら簡単にクリアできるだろ? クリアしたら出してやるからそれでいいな?』

 だんだん口調もめちゃくちゃになってきた。『ははははは』とかもう言ってられない。だるい。


『最初はステージAだ。ここはガラスが何枚も張られた橋が二列あって――』

「どこかで見たぞそれ」

 バカの若槻に突っ込まれてしまった。うるさいな。権利とかそういうのを重視していたら、中小の弊社はやっていけないんだよ。


「そんなのあるんですか?」

 芹沢、それはそれで無知すぎると思うぞ。

「すみません、この人記憶が歯抜けで……。未だにサッカー日本代表の10番は本田圭佑だと思ってるような人なので」

「桜子さん、恥を晒さないでください。香川真司ですよ」

 記憶が抜けてるのは本当だと、よーくわかった。


「俺は人を殺すしか能がねぇけど、芹沢はこういうの得意だろ? 俺は芹沢に乗った! 自分の本領が発揮できるまでのんびり待つわ」

 ウィリアムが口調とは真顔の優しい笑顔で微笑み、芹沢の後ろにつく。

「芹沢さん、未来を読んだらどこがゴールコースか分かるんじゃないですか?」

 そうなんだよ。いくらクライアントの意向で集めたとはいえ、めんどくさい能力者にゲームに入って来られちまった。


「分かりますよ。右右左、右左真ん中――」

「真ん中!?」

「六枚目のガラス、どちらも偽物ですね。真ん中に、少し低い位置に強化ガラスが仕掛けてあります。そこを通ればいいですね」

「すげーな芹沢!」

 ああ、芹沢の能力は本物だ、とそこで痛感した。


「ただ、このステージで、三人落ちますね。そういう未来が見えます」

「……え?」

「運命は変えられませんからねぇ。三人死にますね」

「それ、誰ですか?」

「知りたいですか?」

 芹沢は目を細めて口角を上げる。その気迫に、誰も何も言うことができない。

 空気が凍り付く。この中の誰が三人死ぬのか。見渡す芹沢と目が合う度に、震えているのが分かった。


 まあ、運営としてはこの空気感を求めていたんだけどね。でもこいつにその空気を作られるというのもなんか癪だな。


 ――まだ誰もガラスの橋を通っていない。芹沢が後半のガラスの並びを言わないせいで、それ以降進める見込みがないからだった。この場を支配しているのは完全に芹沢だ。


「分かる人は分かってるんじゃないですか? 僕がどうして、三人死ぬと宣言して、その名前を述べていないのか」

「…………」

「桜子さんを狙っている人がいるんですよ」

「私、ですか?」

「貴女は本郷君と意思疎通して、ゲームの穴を突くことができますからね」


 それは運営側もうすうす察していた。本郷と会話できる霊能力者の落合桜子、彼女の存在は運営側からすれば邪魔だ。そしてその存在は別の者にも邪魔なはずなのだった。


「この中に三人、運営のサクラがいますね?」

 本来、サクラは命の危険もなく、ゲームバランスだけ調節して、金だけ貰って逃げることができる立ち位置だ。しかし今回のゲーム、芹沢と桜子のせいで、ゲームバランスは多少のサクラが入ったところではどうしようもなくなった。そしてゲームバランスが崩れるということは何を意味するかというと――。


「能力者相手に殺せると思っているとは、僕も舐められたものだ。――でも僕は何もしませんよ。ただ、その未来を待つだけですから」

 芹沢がぱちんと指を鳴らす。

「……芹沢さん、未来を組み替えたんですか?」

「……さあ?」

 芹沢の顔つきが急に変わったようになった。毒気の抜けた表情はきょとんとしていて、なんとも締まりのない表情になっている。


「……ッあああ!!」

 男が一人、女が二人。ガラスがパリンと割れる音とともに、暗闇に吸い込まれる。悲鳴が反響してこちらに届き、潰えると同時に鈍い音がした。桜子がギュッと目をつむる。


「何の未来と組み替えたんですかっ!」

 桜子が呆然と見ている芹沢の肩を掴み、一生懸命に揺さぶる。

「なんでそんなことするんですか。私一人のために、三人も……」

「さあ。忘れちゃいましたねぇ」

 芹沢は抵抗することもなく桜子にただ揺さぶられ続け、しらを切り続けていた。


「僕は桜子さんに死なれたら困るんですよ。だって、貴女がいないと本郷君のイタコする人がいなくなっちゃうでしょ」

「……ええ、まあ」

「それは困ります。僕の商売趣味にも貴女は必要ですし」

「それでもやっぱり、私のために未来を組み替えるのはいけないと思います」

「桜子さん、勘違いしちゃだめですよ。僕が未来をどう組み替えるかはすべて僕が決めることです。流石の桜子さんも、そこには口出しさせません」

 忘れたとは思えない余裕たっぷりの様子で、芹沢はウインクしながら口元に指を一本立てる。人が死んだとは思えない、まるで映画のような光景だ。


「もうステージAはクリアでいいですよね? ガラスが割れた――さっきの方たちが死んだところから、右左、あとは全部右です」

 芹沢が実際に渡っていく。運営としてはサクラを全員殺されてしまったので頭が痛いが、ルール上、というか契約上、ゲームは続行しなければならない。


 こほん、と咳払いをして、新しいアナウンスを入れる。正直、気は乗らない。

『ステージBでは、各人が武器を取って殺し合いをしてもらう。今残っているのが10人、このステージでは五人に死んでもらう――』

「……えーと、半分になるってことっすよね?」

「たぶんそうですね!」

 若槻と桜子がニコニコ笑っている。ねえ、そのくらいの割り算は自信持って?


『……では各人、武器を取ってステージBの部屋に進んでください』

 ぞろぞろと人が向かう中、二人が違う方向に向かっている。一人は若槻、もう一人は落合桜子だ。それを背後から芹沢が走って二人を止めに入る。


『あーあー! そっちじゃない! そっちはステージDだから! さては方向音痴だなお前ら!』

「僕じゃないですよ、桜子さんです」

「……仕方ないじゃないですか! 足元のカーペットには小文字で書いてるんですもん」

「もしかして桜子さん、『b』と『d』の違いが分からないんですか?」

「私、実質中卒なので、勉強はちょっと……」

 勉強以前の問題じゃない? しかも中学で習うよ、それ。


「五人死ぬまで終わらないんですよね」

『……何としても五人死ぬまで争ってもらうが』

「みんな分かってると思いますけど、僕は未来が見えますからね。誰が死ぬかも言えるわけですが、言った方がいいですか? おすすめはしませんけど」

「……その未来って、変わることはないんですか?」

「ないですね。多少の未来は変わりますけど、生死みたいな大きな運命は基本的に変わりません」


 そうなると問題は頭数。いかにも生き残りそうな、芹沢とウィリアム、桜子。そしてフィジカルが強すぎて死ななさそうな若槻。キャラも立っている四人である。残りは六人。その中で生き残り一人に入らなければ生き残れないのは目に見えていた。


「――その未来、変えてやる!」

 と、吹き矢を取り出したのは滝沢大輔。実は最初の方に名前が出ていて、こいつ何も能力はないが科学に詳しく、それを利用して超常現象を起こすふりをして金を稼いできた一般人詐欺師である。


「吹き矢!? バトルロワイヤルだろ!? ダサくね? もっとこう……銃とか刀とかないんか!?」

 激昂するのはウィリアムである。やっぱ殺し屋は人の殺し方にも一家言あるんですかね。……まあ、うちでは吹き矢なんか用意してないんですけど。

「俺が用意した、絶対に検出されない猛毒だ! これに当たれば確実に死ぬ――」

 滝沢が演説するところに若槻が近づく。


「え?」

 ずいと滝沢に近寄る若槻は、滝沢から無理やり吹き矢を取り上げ、吹き矢を吹くための筒をぼきりと折り、地面に捨てる。

「普通、こういうのって手荷物持ち込み禁止じゃないんすか?」

 若槻がバカにしてはもっともな質問を投げかける。そうだよ。本当は入り口で手荷物検査をするんだけど、予算を削りすぎて手荷物検査のバイト君が飛んだ……って、さっき課長から連絡が来たんだよ。もうめちゃくちゃだよ。弊社、一度潰れた方がいい。


「桜子さん……!」

 芹沢が指を鳴らそうとするも、明らかに未来再構築が間に合っていない。

「大丈夫です。私が死んだら丸く収まる――」

 桜子が覚悟して目を瞑ったとき、がんっと大きな音が桜子の目の前で鳴る。


 滝沢が振り下ろした斧が中空で止まっている。


「ごめん。桜子ちゃんに死なれたら困るやつ、もう一人おんねん。俺や」

 桜子の頭の中に声が響く。本郷だ。本郷が生身の腕で斧を受け止めている。

「本郷さん!」

「え?」

「桜子ちゃんがおらんかったら、俺この世界の人と意思疎通できひんやろ。それは困るんや! 桜子ちゃんは何としても生きてもらわなあかん」


 斧が滝沢から離れ、宙に浮き、くるりとひっくり返って滝沢の方に向いた。そして高い位置から勢いよく振り下ろされ、滝沢の頭にざっくりと刺さる。


「えっ……なんで……こんなの超……常……」

 言いながら滝沢は顔を血に染め、声にならない声を漏らして倒れる。

「本郷さん……」

 桜子には見えていた。滝沢から斧を奪ったのは本郷、そして奪った斧で滝沢を斬殺したのも本郷だった。


 本郷は真顔で血まみれになった斧を床に捨てた。


「死んでから知ったんやけどな。俺、霊界から現世に物理干渉できるみたいやねん。姿は見えんし声も聞こえへんっぽいけど。まあ元々霊媒師やったしな」

「……って、本郷さんが言っています」

 本郷の切なそうな口調を気まずそうに再現しながら、桜子は頭を下げる。

『物理干渉って、そんなのありかよ……』

「ありに決まっとるやろ。ポルターガイストをなんやと思ってんねん」

 自然現象だろ……。


「俺死んでるしな。逮捕も何もないやん。なあ、あと四人殺したら桜子ちゃんは次のステージに進めるんやろ? 俺が殺せば全てはうまくまとまるってことやな」

「本郷さん、そういうの良くないですって!」


 本郷直樹を殺すんじゃなかった。むしろ厄介な能力を身につけさせてしまった。

「ごめんな、桜子ちゃん。こんなグロい殺し方を見せてもうて……」

「私は凄惨な死体の霊をたくさん見てきていますから大丈夫です。本郷さんこそ大丈夫ですか?」

「俺も霊媒師やからその点は大丈夫や」

「芹沢さんは?」

「僕はホラー映画とかは割と好きですからね。最近見てなくて、ホラー知識はきさらぎ駅で止まってますけど」

「記憶が数年飛んでる以前のレベルですけどねそれ」 

 だからいくらグロテスクな死に方をしても、誰も何も言わなかったんだな。


「年を取ると創作物を受け付けない体になるんですよ。特に僕は定期的に記憶が飛ぶので、どこまで読んだか分からなくなるものですから。映画だとジュラシックパークシリーズも危うい。ハンターハンターくらいですよ、安心して読めるのは」

「えっ、芹沢さんってハンターハンター読んでるんですか?」

 そうだね。ハンターハンターは数年単位で続きが出ないから、数年記憶飛んでても普通に読めるもんね。


「そういや最近、久しぶりに連載始まったぞ」

 ウィリアムが芹沢に不愛想に教えてやる。

「えっ……知らなかった……」

「芹沢のこんな驚いた顔、初めて見たわ」


「頼むで桜子ちゃん……! 俺もハンターハンター大好きやねん。いくら霊界から物理的干渉ができてもな、今時の本屋は立ち読みなんかできひんやろ!? 俺は金持ってないからコミックス買われへん……。やから桜子ちゃんにハンターハンターの新刊を買ってもらって、包まれてるビニールを剥いでもらわなあかんねや!」

「本郷君もハンターハンター好きなんですか? あれそんなに面白いですか?」

「ああそうや、最近連載が再開してほんまに嬉しかったんや! 頼む、一緒に読んでくれ!」

 本郷が土下座で頭を下げる。そう言われると人のいい桜子には断りにくい。ハンターハンターは話が難しいので読めないですとはとても言えない。


「桜子ちゃんを守るためやったら、俺は何人でも殺したる」

「……でも、私はもう、他の人に死んでほしくないんです」

 泣き顔の桜子に本郷はおろおろするばかり。いいね、こういう感情の揺れを見たかったんだよ。想定してたのとはだいぶ違う方向だけど。


「嫌いなんだよなぁ、そういうの」

 その能力を使えばステージBでも独壇場のはずなのに黙って見ていた男。長門ウィリアム久遠が、金髪を揺らして立ち上がった。

「誰も死んでほしくないってさ。無理だろデスゲームなら。俺が殺してやるよ」

「やらせんで!」

「本郷が止められるのはせいぜい物理攻撃。俺には人を殺す超能力があるんだ。安心しろよ。デスゲームの賞金より芹沢についた方が儲かるからな。桜子ちゃんを殺すようなことはしない」


 ウィリアムがそう言うと、ぱんっと乾いた音がして後ろの一人の人間がはじけ飛び、倒れた体をけいれんさせていた。ウィリアムから距離にして十五メートルは離れている。桜子は目を丸くした。隣では本郷も口をあんぐりと開けている。

「苦しまないようにしたんだからいいだろ。あいつ、備品と自分の首輪の爆弾を使って、自爆テロ起こそうとしてたぜ」


「とにかく五人、死ねばいいんだな?」

 ウィリアムが指を折る。

「最初に本郷、巻き込まれた安藤、サクラが三人。今で滝沢が死んで、自爆テロリストも殺したから、あと三人か。まあ人数なんてどうでもいいんだけどな。まずはこの二人だ」

 ウィリアムの言葉に、生き残りたちが身を固くする。平然としているのは芹沢、そしてフィジカルバカの若槻くらいだ。


「……誰も死んでないっすよ?」

「バーカ、死んでるよ。がな」

 生き残りたちは懐疑的な顔だ。しかし運営側はウィリアムの能力の恐ろしさを知っている。ウィリアムの言葉に怯えたスタッフがクライアントに電話を掛けると、案の定電話が繋がらなくなっていた。


「そのうち確定するさ。震えて待てよ。まあ、この中から五人殺せとは言わなかったもんな。あと二人、誰を殺そうかなぁ」

 今度はウィリアムが場を支配している。緊張感が走っていた。それは参加者だけではなく、運営の方にも。


「お前、殺してほしいやつはいるか?」

 ウィリアムが金色のまつ毛をぱちぱちとさせ、カメラを指さした。

『……え?』

 思わずマイクから素の声が漏れる。これで二度目だ。

「せっかくだから世直ししてやるよ。こんなガバガバなデスゲーム運営会社に在籍してていいのか? お前らを追い詰めてるやつがいるんだろ」

 ウィリアムはじっとカメラを見つめている。碌に返事もできず、固まっていた。

「言いたくねぇなら上から殺してやるよ。まずは社長、はい次副社長。グロくなきゃ嫌か? 専務、常務。あー、身近な上司が死なないと実感わかないのかな。課長――」

『わかった。開けるよ』

 観念した声が流れた。


「おい、早く開けろよ。開けなきゃ、十四、あ、十五か? 十五人目の死人が増えることになるが」

 何も返事はなかった。その代わりかのように扉が無音で開く。

「――最初からこうしておけばよかったな」

 ウィリアムが懐から煙草を取り出して火をつけた。手荷物検査が機能していないのを思い出す。


「芹沢、十二億出せ。現ナマだぞ」

「……国税局が動かないように気を付けてくださいね」

 苦笑しながら芹沢とウィリアムが連れ立って出ていく。その後ろには、ハンターハンターの話の流れを説明する本郷と、全くついていけていない桜子と若槻がいた。



~FIN~

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