六界外道の下の下の一人
生為愉楽
第1話 こんなことをしているのはそうしたいから
とにかく夢中で貪った。
さっきまで
舐めとられた相手、
(なんだよこれ!今までと全然違う)
実際のところ、彼の血を口にするのは初めてではない。諸事情により割と頻繁に飲まされている。毎回必要があって飲むわけだが、足りないものを補う充足感はあっても、今回のような感覚は初めてだった。
全身の毛が逆立ったようにぞわぞわして、足が震え手にも力が入らない。
舌に広がる濃厚な味が喉に流れ、鼻から抜ける香りに頭がくらくらする。
泥酔したかのように物事が考えられなくなり、自分が何をしようとしているのか理解しないまま体は動いていた。
血の止まっていない唇からはこれまで口にしたどんな美酒佳肴にも勝る甘露が流れ込んでくる。
傷に舌を押し当てて擦り、甘噛みしては吸いついて嚥下する。
何度も喉をならして飲み込むたび、腹の中まで熱く痺れてくるような気さえした。
(もっと欲しい、もっと、もっと……)
もはや唇ではなく、口の中に侵入しようと舌を差し入れた瞬間、ものすごい力で両肩をつかまれ引きはがされた。
「おい!何をしてるんだ!!」
(何って、わかんないのか?)
ぼんやりしたまま再度唇を重ねようと顔を近づけると、
その拒絶の態度にひどく不愉快になった。
「
「わからん」
「お前!」
「……」
「欠けてはいないようだが、どこかひびでも入ったのか?」
「ふん、お前のお人形はぴんぴんしてるよ。でも、そうだな、どこか傷がついてるかもしれない。もっとしっかり見たほうがいい。ほら、いつもみたいにやれよ」
言いながら帯をほどいて簡素な衣の合わせを左右に開いたが、その手を止められた。
「それなら戻ってからにしよう。こんな山中では危ない」
「別に危なくないだろ。さっきまであのクソ妖怪が暴れてたせいできれいに更地になったし、獣一匹だって残ってない」
まわりを見渡すと四方数十丈(一丈=2.3メートル)あまりの木々がなぎ倒され、放射状に吹き飛ばされた形になっている。
二人にとって仇敵ともいうべき相手であったが、捕らえることができず逃げられてしまっていた。
「ほら、早く見ろって」
「わかった。手早く済ませよう」
もう一歩近づこうと踏み出した
そして
「おい!いい加減にしろ!なんでこんなことを……」
言い終わらないうちに
唇から出ていた血は止まりかけていたが、凝固していた部分を擦りとるような、執拗に吸いつくその動作に、
(やはりどこか欠けているようだな。一度気のすむまで飲ませてしまったほうがよさそうだ)
優しく腰を叩かれたことで、自分を無理に引きはがす気はないと判断した
「お前の気のすむようにするから、一度体を起こせ」
「気のすむようにって、何?」
「いいから体を起こせ」
「やだ」
「……はあ、いったん体を起こしてくれれば好きにしていい」
「言ったな。俺を突き飛ばしたりするなよ」
「しない」
大柄でがっしりとした
彼はもう何年も前に死んだのだ。
月明かりに照らされた肌は透き通るように白い。
いっそ青みを帯び、月長石の細工物のように、現実味がない。
彼を今この世に繋ぎとめているのは
二人の関係は幼馴染と言ってよい。
古くからの親友である彼らにはもちろん固い絆があった。だがその感動的な絆の力によってのみで魂の残留が成し遂げられるほど、この世の理は甘くない。
本来、
隷属しているとはどういうことか。すなわち支配され自由を奪われるということだ。
だが、今の
行動も感情も好きなように逆らい文句まで言っている。主人である
このようなことが可能な理由はただ一つ。
そんなわけで、完璧に隷属している存在であるはずの
(「なんでこんなことを」だと?したいからに決まってるだろ。お前は……お前は何にもわかんないんだろうなクソったれ!!)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます