第20話

「ここが……」

「ああ……無線通信機がある所だ」


 俺達はしばらく休んだ後、当初の目的であった無線通信機のある管理室に来ていた。


「もう中は確認したんでしょう?」

「心配すんなゾンビはいないし無線通信機もちゃんとあったぞ」

「そう……なら後は生存者達がいる事を願って発信を待つしか無いわね」

「そういうことだ」


 そう言い俺達は管理室の中に入る。目の前には様々な制御装置があり、パッと見ても使い方は分かりそうに無かった。


 (こういうのは……安易に触るべきじゃ無いだろうな)


 訳も分からず触って誤作動が起きてしまう可能性があるからだ。そもそも今回の目的は無線通信機で発信を傍受して、生存者の拠点を見つけ出す事。余計なことはなるべくすべきでは無い。


「あった……これよね?」

「多分な、とりあえず起動させるか」


 俺は無線通信機を手に取り、手探りで起動させて発信を傍受できる状態にしようとする。


「どのボタンだ……これか?いや違うな、これでも無さそうだな……」


 しかし中々思うようにいかない。使った事が無いため分からないのは仕方ないのだが、使えるようにならないと始まらない。


「大丈夫そう?」


 奏は心配そうな目を俺に向ける。奏に対して強がりは不必要だが、ここまで連れてきた俺なのだから最後まで仕事はするべきだと思い安心させるために強がってみせた。


「大丈夫だ、確か映画では……」


 俺はここが映画知識を活用するべき場面だと思い、頭の隅にあるだろう無線通信機の記憶を無理矢理にでも引っ張り出す。


「こうか……?」


 俺は映画で見た映像と同じように無線通信機を操作して見せた。そうすると……


「……ヴヴッ……ヴヴッ……」


 僅かだがそれっぽい通信音が聞こえてきた。


「おお!」

「すごい冬夜!」

「お、おお……」


 本当に凄いと思ったのか、とても嬉しそうに目を輝かせて俺を褒める奏。俺は褒められる事にも勿論慣れていないため反応に困ってしまった。


 すると無線通信機からやっと人間の声が聞こえるようになった。


「……あき……る……おう……」

「何か言ってるな……」

「でも通信が悪くて全然分からないわ」

「……こちらアキヤマホテル……生存者31人だ。厳重な警戒体制の下安全は確保されており、仕事を与えるつもりは無い。しかし生存者の受け入れは食糧など私達の利となる物を持っている人間を優先的に受け入れる。誰かそこにいるなら応答願う……」


 (アキヤマホテルって……多分あのアキヤマホテルだよな?)


 俺が聞いた事ある限り、そのホテルは一つしか無く、しかも割と近くにあるホテルだった。


 奏もその名前を聞いた事があるのか、疑問を浮かべたような顔はしていなかった。俺は確認のため奏に聞いてみる事にした。


「アキヤマホテルってここから3キロ先くらいの道路沿いにある所だよな?」

「ええ恐らく。確か個人経営のホテルでチェーン店舗では無かったわ」

「だよな」


 取り敢えず場所の目星はついた。ホテルを拠点にしているならベッドは十分にあるだろうし、そこなら食糧の備蓄はあるだろうから生活にはある程度困らない気がした。しかし……


 (にしても生存者31人って多いな……)


 元々ホテルにいた人間や近くにいた人間を集めてその人数なのだろうか?それとも無線通信で各地の生存者を呼びよせてこの人数なのだろうか?


 どっちにしてもこれ以上人数が増えるようなら明らかに食糧不足は目前だ。俺が奏に沢山の食糧を預けたとしても、それをその大人数で分けて食べてしまえば1ヶ月は保たないだろう。


 節約して2、3ヶ月ほどか……。しかもあのアキヤマホテルの近くには特に食料を調達できそうな場所は無かったはず。そんな拠点に奏を任せてもいいのだろうか?


 大量の食糧を持っている奏なら一番最初に受け入れてもらえるだろう。あそこまでの人数ならある程度選別して生存者を受け入れるという選択も分からなくはない。


 しかしそんな簡単にそこに引き渡してもいいのだろうか?


 (俺を助けてくれた恩がある。下手な場所に奏を引き渡したく無い)


 ましてや渡した食糧を所有者の奏がまともに配分されない可能性だってある。安全を確保させる代わりに食糧の所有権を明け渡すという条件でとか……。


 俺は迷っていた。このままこの通信に応答をしてしまっていいのかということに。


「冬夜?」

「くっ……!」


 苦虫を噛み潰したように顔を滲ませる。するとしばらくしてまた無線通信機から人間の声が聞こえる。


 またアキヤマホテルの通信かと思っていると……


「藍川ビル……生存者がいれば無条件で受け入れる。こちらは全員に対して食糧を分け与える代わりに全員に仕事を課す。女子供関係無い、全員で生き抜く事を方針としている。人数は12人だ、誰かいるなら応答を願う。」


 今度は別の通信だった。何と生存者の拠点が二つ、しかもどちらも無線通信を行っていた。


 (まだ一週間ほどしか経ってないのに……拠点が二つか。意外と早いな)


 俺は素直に感心していると、俺が中々喋り始めない事に我慢しきれなくなったのか自分から口を開いた。


「ね、ねぇさっきからずっと黙ってるじゃ無い?これで生存者の拠点が二つあることが分かった訳だけど二つに応答する訳にもいかないわよね?」

「そうだな……こちらの情報を話してしまえばどちらも死ぬ程奏を欲しがって面倒くさいことになるかも知れないし……」

「食糧を持っている私達は貴重な存在って事ね……」

「まぁ俺は拠点に行かないから貴重なのは奏だけだけどな」

「そ、そうよね……」


 俺がそう何気なく反論すると奏は少ししょんぼりしたような顔を見せた。


 まぁ俺がいた方が安全だろうからな。気持ちはわかるが俺は人間の拠点に入ることはできない。


 それよりもだ。これは難しい二択を迫られたものだ。正直俺からしたら後者の方が人間関係を築きやすくて、奏が見捨てられる可能性も低いし自分の意見を反映させやすいため良いと思う。


 そこでなら奏がリーダーの一人として活躍できるかもしれない。


 だが後者は安全面について言及はしていなかった。つまりはアキヤマホテルの拠点よりも危険なのは確かだ。ゾンビ対して強いトラウマがある奏がその拠点を良しとするとは思えない。


 (あ~うだうだ一人で考えていても仕方ないか。奏の意見を尊重するべきだ)


 そう思い俺は奏にどちらが良いかを聞く事にした。


「奏選べ、前者か後者か。前者なら安全面は……」

「冬夜はどっちが良いと思う?」

「お、俺か?俺は……後者の藍川ビルが……」

「ならそれで」


 何と即答。しかも自分の意見ではなく俺の意見に従った。奏は実は俺の事を神格化させていないだろうか?


 俺はあまりにも軽すぎる決断と思い、考え直させようとする。


「おいおい、そっちはゾンビに襲われるリスクが高いぞ?本当に良いのか?」

「でも冬夜はそっちの方がいいと思ったんでしょ?それはどうして?」

「……そっちの方が生き残る確率が高そうだったからだ」

「そ、じゃあそっちで良いじゃ無い」

「い、いやだから……」


 生き残る確率が高い方を選ぶ、それは当たり前の話だ。しかしそれは俺がそう考えているだけであって、人によってどちらの方が生き残りやすいかは意見が分かれる。


 そこに奏の意見が汲み込まれてなきゃ意味がない。仮に俺の意見を採用してそれで奏が死んでしまったら……


「私どこの拠点でも死ぬ気なんて無いから」

「!」


 奏の眼には本気で死ぬ気が無いのだと納得させる程の力強さがあった。明らかに奏は変わっていた、ゾンビを恐れていた以前の奏とは違う。一度絶望から這い上がった人間の眼をしていた。


「だから私はどちらでも良かった。どちらでも死ぬ気で生きていくことには変わりないから」


 俺の無用な気遣いだったというわけだ。奏は俺に介護されるほど弱くは無かった。それなのに俺は弱いと決めつけて、自分が何とかしてやらないと思って一人で抱え込んでいた。


 結局は投げ出して奏の意見を採用しようとする始末。仮に俺がこんな体質じゃ無かったら直ぐに死んでいただろう……実際噛まれているわけだし。


 それを考えると奏は非常に運が強くて、そこにはこの世界を生きていこうとするだけの強い意志がある。


 (かっこ悪いな俺……)


 俺は大学一年の頃の無力感を思い出し、柄にもなく項垂れてしまっていた。


 そんな俺を見かねて奏は溜息を吐いて俺の両手を掴み、自分の手で包むように重ねてきた。俺は突然の行動に驚いて声を上げそうになるのを「しっ!」と言われ思わず口を閉じる。


 その仕草をする奏の顔は俺の顔の至近距離にあって、上目遣いで小さく笑う表情は実に妖艶で色っぽさがあり可愛らしかった。


「どちらでも変わらないけど……冬夜が選んでくれた方が私安心するの」

「な、何で?」

「冬夜が大丈夫って思ってくれるなら私も大丈夫だって思えるの」


 奏は俺から顔と手を離し、くるりと体を回転させながらそう言って俺に背を向ける。


「いやいやお前俺を信用しすぎだろ……」

「信用してるよ……信頼もしてる」

「俺はそんな凄い人間じゃ……」

「それも知ってる、冬夜は化物なんかじゃなくてただの人間。銃で撃たれて死にかけるくらい普通の人」

「……バカにしてんのか?」


 俺は自分のヘマで銃に撃たれたことを棚に上げられ、少しそっぽを向く。ヘマした自分にムカつくだけでその発言をした奏には申し訳なさしか無かった。


「違うよ。私が言いたいのは冬夜は化物なんかじゃ無いって事、ましてやあのゾンビ達ととなんか全く似ても似つかない」

「……」


 俺はそれについて反論しかけて、言葉を発する直前で口を紡ぐ。前を向いて俺を見る奏の表情には有無を言わさないような圧力があったから。


 そして少し間を空けて深呼吸を繰り返す奏。その顔は先程とは違い妙に赤くなっていて、両手を後ろで組んでソワソワしているのが伝わってきた。


「そ、それでね……」


 奏が言いづらそうにしている言葉を俺は固唾を飲んで聞き逃さないように待つ。


 そして意を決したのか聞こえてきた言葉とは……


「私はそんな冬夜が好き。ちゃんと怒ってくれて優しくしてくれて……そして大切にしようとしてくれる冬夜が好き」

「ぇ……は?何言って……」


 俺は予想外の言葉に頭が真っ白になっていた。その好きという言葉を理解する事が、簡単なようで俺にはとても難しかった。

 

「だから私からのお願い。私と一緒についてきて欲しい、私と一緒に生きて欲しいの」




 一章 完


 



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