第16話

(やっちまったなぁ……)


 まさか遅れたお詫びとして頭を撫でてしまうとは……、意識的にやった訳ではないのだ。ただ誰かから女は頭を撫でてやると喜ぶ生き物だと聞いた気がしたから無意識に撫でてしまっていた。


 しかし俺は奏に好かれている訳ではない。好感度で言うとマイナスでは無いと思うが、それでも高く無い事は確かだ。


 そんな男に頭を撫でられてどう思うか。


 (何やってんだよ俺……また気まずくなっちまったじゃねーか)


 奏はずっと俯いたまま俺の後ろをついてきていた。空気は家の前の時よりも、更に悪くなっている。俺は何を話せば良いか全く思い浮かばなかった。


 (いや、別に無理に話す必要もない……のか?)


 そうだ俺達は友達でも無ければましてや恋人同士でも無い。利害関係で一緒に行動しているに過ぎない。


 しかしやはり先程の自分の行動の恥ずかしさもあって、気まずいもんは気まずい。


 なのでさっさとゾンビを片付けて、生存者の拠点の手掛かりを見つけなければならないと思った。


 




 俺は今最上階である三階の廊下でゾンビを一室に閉じ込める作業をしていた。二階のゾンビはもう片付けたので奏はそこで待ってもらっている。


 (無線通信機は見つかったが、どうやら生存者は居なそうだな……)


 ちなみに無線通信機は一階の管理室にあった。なので別に全ての階のゾンビを片付ける必要は無いのだが、上から降りてきたゾンビが邪魔をするという可能性を考慮して念の為にやっていた。


 その場合いるかもしれない生存者に俺の姿を見られる可能性は低いがあった。しかし一階も二階もその気配は無かったし、大丈夫だと思った。


「よし、こいつで最後そうだな……」


 俺は三階を歩き回って見渡す限り、最後であろう一匹のゾンビをこのフロアの隣の部屋にドアを閉めて閉じ込める。


「意外と疲れたな……早く終わらせて寝よ」


 俺は疲れで重く感じている肩を手でほぐすマッサージをしながら二階に戻ろうとしたその時であった、……人間の声がしたのは。


「……誰かいるのか?」

「!?」


 俺の後方から男の声が聞こえ、俺は驚いて声がする方向を向く。しかし後方には男はいなかった。あるのは机や棚、そして……掃除用具入れであった。


 よくよくその掃除用具入れのロッカーの周りを見ていると、ブラシや箒が数本倒れていた。仮にロッカーの中に人がいると考えるならば、その倒れたブラシや箒は中で隠れる為に外に出したと考えられる。


 (てか……この展開前にもあったよな……)


 それは男子トイレで隠れていた時の奏の状況と似ていた。あの時も俺は警戒心ゼロで油断して声を出していたせいで奏にバレてしまっていた。


 俺は反省を活かせていない自分に呆れを感じていた。警戒心を少しで持っていれば前回は面倒な事態になっていなかったはずなのだ。


 そして今回も面倒になる可能性は高い。ロッカーに隠れているのは十中八九警察官だからだ。正義感ありまくりな奴だったら奏の時みたいに俺の話が通じるとは思えない。


 幸いロッカーのドア上部には覗く隙間が無いので、俺のゾンビを運んでいる姿は見られていないはず。


 なら俺がする行動は一つ……


「……ヴォ、ヴォォォ!」


 (いや下手か俺)


 どこの世界にこんな動揺した声を出すゾンビがいるんだよ……。てかあれだな、俺のゾンビのフリは奏に看破されたせいでかなりの自信を失っている気がした。


 (あいつとさえ出会わなければな……まぁ、俺多分そもそも上手く無いだろうけど)


 しかしやれるだけやってみるしか無い。ここで俺の存在がバレるのは非情に面倒でまずい。なので俺は続けてゾンビのフリをする。


「ヴォォォ……ヴォォォ!」

「ひっ……ひぃっ!」


 (あれ、めっちゃビビってるじゃん。このまま押し通せそうか?)


 カチャッ


 (ん?何の音だ?)


 俺は謎の器械じみた音が聞こえ、不思議に思う。


 (いや、まるで小さいおもちゃの様な……)


 それも少し違う気がした。しかし妙な汗が噴き出てくるのを感じる、背中に冷たい汗が流れるのが分かった。


 これは悪寒だ、何故だか悪い予感がした。実は映画で聞き慣れている音であったのに……先程まで手に持っていたはずなのに俺は気づけずにいた。


 それはおもちゃであっても……人を簡単に殺せるおもちゃなのだ。たとえゾンビに襲われない体質の俺でさえ……それの前では当然無力だ。


「ま、待てっ……!」


 パァンッ


 銃声の音が響き渡る。






「何の音?……もしかして……」


 私は銃声だと察して拳銃をデニムパンツの後ろポケットにしまい込んで三階への階段を恐る恐る上る。


 しかし三階に上がってもゾンビはどこにも見当たらなかった。そして冬夜が全員移動させたのだと理解する。


 この階段から右を向いて一番奥の一室のドアが少し開いているのが見える。私はそこに冬夜がいるのだと思い、奥の一室のドアをゆっくり開ける。


 そこで見た光景は……


「……冬夜?」


 黒藤冬夜が血を流しながら地べたに這いつくばる姿であった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る