第15話
~奏side~
「え、ちょっと……行っちゃった」
何と私は冬夜から拳銃だけをあっさりと渡されて、この何も無い警察署の敷地に一人ぽつんと残されてしまった……。
「もうっ!五分以内に戻って来なかったら許さないんだから……」
私は入り口のドアを背にして敷地全体が見える位置に立つ。あの化け物が来るとしたらこの建物内からではなく敷地の入り口方面からだから。
それはある種大きな信頼を冬夜に置いている事に他ならなかった。冬夜が一階の化物を私の為に片付けてくれる、そして片付けたらすぐに私を呼びに来てくれる。
私は冬夜を信じている、もしくは信じないと自分を保てないのかもしれない。化物が溢れかえっているこんな世界で、私は自分一人の力で生きていける気がしなかった。
「も、もう一分経ったわよね……?」
スマホはどこかの道中で落としてしまったため、時間を確認する術は無かった。
「早く……早くしてっ……」
私は拳銃を持っている右手の震えを左手で抑え込むように覆う。
拳銃という強力な武器を渡された所ですぐにそれを使いこなすなんて私にできるはずが無かった。
仮に化物が前から襲ってきたら私は確実に撃つことができない。私にできるのは声を上げて冬夜を呼ぶ事。あの人を頼ることしかできないそんな自分に嫌気が差すけど、死ぬのが怖くてどうしようも無いのだ。
「もし……冬夜が戻って来なかったらどうしよう……」
私は次々とマイナスな事を考え始めてしまう。こんな事ばかり考えるのは自分を苦しめるだけだと分かっているのに……止められない。
(何で冬夜は私にここまでしてくれるの……)
考えてみれば私は冬夜から色々な物を貰うばかりで、何もしてあげられていない。つまり私に利用価値は全く無いのだ。
私は自分の容姿に自信がある方だ。男の人には少し冷たく当たってしまうが、それ以外は他の子に負ける気がしない。
男性から交際を申し込まれた事だってかなりの頻度ある、お付き合い自体はした事ないけど……。そう、私は世間で言うモテる方なはずなのだ。
なのにあの男は……
「私のこと全く異性として意識してないじゃない……」
男性の部屋に二人きりでいるはずなのにいやらしい視線を私に向けることは無かった。
私は昨日精神的に不安定であったことは自覚している。とても寂しかったのだ。でなければいきなり出会ったよく知りもしない男性にあそこまで距離を縮めたりしない。友達にもあそこまでべったりと肩をくっ付けたことなど無かった。
「名前を呼ぶだけに飽き足らず一緒のベッドに寝ようって誘ったり……肩をくっ付けて寝てしまうなんてっ……」
あれを誘惑と捉えられても全くおかしくは無かったのだ。なのにあの男は動じた様子を見せず同性の友人と一緒にいるかのように淡々と振る舞っていた。
私にできる唯一の事、利用価値は身体しか無かった。しかしそれすらもあの男の眼中に無い。
身体を許さなくていいのだという安心感はあった。しかしその後に来た感情は自分に対する惨めさ、嫌悪感だった。
あの人が私を助ける義理はないのだ。利用価値が無い私は普通なら捨てられるべき、それをしないのは彼が人間の心を持ち合わせているから。
けど……けど私は……
「言っていた通りね。私は冬夜が危惧していた通りの人間、無償で一方的に享受されているだけ。これを利用していると言わないで何て言うのよ……」
あの人の力に依存してしまっている。ちゃんと人間の心を持ち合わせている優しい人だった、なのに私は冬夜がアパート近くの化物を片している姿を見て少し#不気味__・__#だと感じてしまった。
「本当に救えないわね私……」
「おい邪魔だ開けられねーだろ」
冬夜の声がした。
「……幻聴?」
いや、わざわざ戻ってくる訳が……
「幻聴じゃねーよ」
私は声がする後ろの方を向く。するとそこには冬夜がいた。ちゃんと戻ってきてくれたのだ。
「何してんだお前?少し待っただけで幻聴が聴こえたのか?重症だなこりゃ……」
「う、うっさいわねっ!三分オーバーなんだから何か言う事無いの?」
いくら何でも図々しすぎはしないだろうか私。戻ってきてくれただけでもありがたい事なのに。何でこんな言葉しか出てこないのだろうか。
「悪かったな、予想以上にゾンビがいて手間取った」
「そ、そう……」
挙句の果てに謝らせてしまうなんて……。
「な、何かお詫びは無いのかしら?」
「お、お詫び?」
冬夜はお詫びという言葉にキョトンとして首を傾げる。
(私のばかぁーーー!あなたただでさえ返せないくらいに貰いすぎてるのにこれ以上何貰うのよっ!)
心の中で自分を罵倒する。ここまで来れば容姿というプラスがあっても私の性格のマイナスでプラマイのマイナスだ。
しかし冬夜は私の言葉に一切嫌な顔をしていなかった。いや……若干面倒くさそう、少し冬夜の事分かってきたかも。
「や、やっぱ……」
私はこれ以上機嫌を損ねるのは良く無いと思い、先程の発言を取り消そうとする。すると冬夜は手を差し伸べてきた。
「これでいいか?何かこれで女は喜ぶって聞いたことがあるけど……」
「……」
冬夜は私の頭を優しく大きな掌で撫でてきた。私は突然の行動に言葉を出せず固まる。
「あっやべ……、これ嫌いな男相手だと逆効果だったような……」
「は、離して……もういいから」
「わ、悪い……」
「「……」」
互いに気まづい空気が流れる。
「……よし、取り敢えず入るか」
冬夜は何も無かったように建物内に入って行く。私もその後を付いていく。
ちなみに私の今の心情はというと……
(っ~~~~~~/////)
感じた事ない激しい感情の渦に溺れていた。
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