第32話~別れ~
それからあれだけ嫌だった休日の訪れが、大和は楽しみになっていった。
色々な任務や訓練に明け暮れる日々の中で、休息の時間は、自分が好きな研究や開発に没頭できるのもさることながら、傍にその時間を共有してくれる彼女が居てくれる事で、不思議と心が穏やかに過ごせた。
彼女はいつも、大和の話を楽しそうに聞いた。
口数は少なく、あまり自分から話をしない大人しい彼女にとっても、気持ちを汲み取ってくれる大和は居心地が良かった。
その日、大和はいつもの様に宇宙食の研究をしていた。
食べ物は生きる為には、場所が何処であれ必要なものだ。母星は、機関の空間はクリーンに保たれているけれど、街は星間戦争の後遺症で色々汚染されていた。
食べ物としての様々な生産には、もはや天然のものはひとつもなく、全てコントロールされ生み出されていた。
それはとても恐ろしい事で、ひとつ歯車が狂うともはや、生命の存続が経たれる事を意味した。
大和は遺伝子を組み換える事で、病気になりにくい素材の開発にも力を注いだ。
色々細胞に細工を加える事で、あらゆる事が可能なはずで、大和は休日のほぼをその研究に注いだ。
大和がふと気づくと、彼女が自分にもたれかかって眠っていた。
思えば彼女と過ごすようになってから、自分は疲れなくなった。ある程度の無理をしても、疲れが残るどころか、元気が増した。
「本当に、凄い能力者………」
大和はそう呟くと、いつしか自分も彼女にもたれかかり眠っていた。
彼女は大和にとって、初めて出会ったヒーラーだった。
◇
その頃、少し落ち着いていた星間戦争だったが、いきなり爆撃を受けたとの事で、母星の部隊が出撃する事になった。
そこで、機関からは数人の能力者が招集される事になり、その中の名前には、衛生要員として、ヒーリング能力者の彼女の名もあった。
出撃の前日の夜、彼女は真剣な顔で大和に会いにきた。
大和は、それまで機関の事を、どこか冷めた感情で恩人とすら思っていた。親に捨てられて、ここまで不自由のない暮らしを与えてくれた、それに不満はなかった。
でも、それはまだまだ自分が子供で、戦争の意味もよくわかってなくて、そして何より自分が孤独だったからだった。失うものがなかったからだった。
大和は初めて、機関を憎んだ。
能力というものを憎んだ。
能力というものがなければ、こんなに苦しい気持ちを知る事はなかった。
失うかもしれない怖さを知る事はなかった。
彼女は明日出撃する報告をすると、笑いながら
戻ってきたあとの休日はどう過ごそうかと話し始めた。
普段は口数の少ない彼女の多弁さに、大和は押し潰されそうになった。
死ぬかもしれないのだ。誰だって怖いにきまってる。
無理に陽気に振る舞う姿とは、真逆の不安な心を
全身で受け止めながら、大和は少しでもその心を和らげようと、楽しい話を重ねた。
次の日、旅立つ彼女は毅然とそこに立っていた。
とても凛々しく、迷いのない顔だった。
大和や他の仲間が見送りに行くと、いつもの優しい笑顔を向けた。
すると、彼女は大和に近づいてくるとケースを手渡してきた。
帰ってくるまで持っていてと、渡されたケースの中身が気になりながら、大和はそれを受け取るとポケットにしまった。
行ってきます!と彼女は最後まで笑顔を忘れない人だった。
そして次の日、彼女を乗せた戦機が墜落し、全員死亡したとの連絡が届いたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます