第2話~暖~
長い長い時が流れた。
成長した双子姉の沙羅と、双子妹の真琴はいつしか大人の女性となっていた。
男手ひとつで、娘ふたりを育ててきた父親は、色々な無理が祟ったのか、ある日突然病に倒れた。
治療費を暫くは工面出来ていたものの、貯蓄は底をついていき、生活自体が日に日に困窮していった。
それでも、父親の治療費の為に、姉の沙羅はカフェ店員として、真琴も花屋で1日中、父の為にひたすら働き続けた。
ある日、仕事の合間に病院に見舞いに訪れた沙羅は、担当ドクターから、少し話があると呼び出された。
話は、最近認可がおりた新薬を、父親に試してみないかという内容だった。
「父親の病が、その薬で治るなら。」
沙羅は二つ返事で、試したいと答えた。
するとドクターからその新薬の金額を告げられた。沙羅はその瞬間、言葉を完全に失った。
その額は、沙羅と真琴が一生かけて稼げる金額の
さらに倍の金額だった。
それは沙羅にとって、選択する以前の問題で、そもそもが不可能な提案だった。
お金さえあれば、パパが助かるのはわかっているのに。
今まで一切遊ぶ事も我慢して、無駄遣いだってしてこなかった人生だったのに。
なんでこんなに、この世界は不公平なのだろう。
お金が欲しい。今すぐまとまったお金が。
沙羅は絶望感でいっぱいになりながらも、声をかけてくれたドクターに、新薬は試せないと言う事と、声をかけてくれたお礼だけを告げて、部屋を後にした。
「顔に出さないようにしなくちゃ。」
部屋を出た廊下で、沙羅は大きく深呼吸をすると
両手の人差し指で、自分の口角を無理矢理上につり上げた。
「ちゃんと私は笑える、笑うのよ沙羅。」
沙羅はそう自分に語りかけると、父親の病室へ向かって歩き出した。
病室に入ると、父親がベッドの上で傍らに座る誰かと談笑していた。
「#暖__だん__#、来ていたの?」
沙羅は、傍らに座るその人に向かってそう声をかけると、自分も椅子を出して座った。
「この近くに任務でたまたま来たものだから。
休憩時間におじさんの顔を覗きに来たんだ。顔色が良くて安心したよ。」
暖と呼ばれたその人はそう言うと、父親に笑顔を向けた。
「機関でも今ではかなり上のクラスにいると聞いて本当に安心した。私が死んだら、沙羅を頼んだよ暖。」
父親は、暖に向かってそう言った。
「そんな縁起でもない、長生きしてもらわないと困るんだから。それに、いつもそんな無理ばかり言って暖を困らせたら駄目よパパ。」
沙羅は父親をたしなめながら、困った顔をした。
暖は沙羅や真琴と同じ歳で、近所に住んでいる幼馴染みで、兄妹の様な間柄だった。
暖もサイキッカーで、ひた隠しにしている沙羅や真琴とは違い、自ら機関に志願し、日々機関の任務に従事していた。最近は星間戦争の重要な役割も任せられているらしい。
父親は暖の事をとても信頼していて、沙羅といつか結婚して欲しいとふたりが幼い頃から願っていた。
暖の両親も、それを願った。
幼い頃から、暖と沙羅は親同士の願いという口約束の上で、婚約者同士だった。
このまま機関の人に嫁いでも、きっと足手まといにしかならない。それに、暖がどう思っているかが、そもそももわからないのに。
沙羅がそう考えていると、暖がそろそろ任務に戻ると言って、椅子から立ち上がった。
「暖、今日は有り難う。また、顔を見せにきておくれ。」
「勿論、またおじさんの顔を見に来ます。だから、早く治して下さいね。」
暖は穏やかな笑顔を父親に投げかけると、部屋を出ていった。
「沙羅、病院の入口まで暖を送ってあげなさい。」
父親にそう言われた沙羅は、慌てて席を立ち上がり
暖を追いかけた。
病院の廊下を玄関に向かってふたりで歩いていると、暖がいきなり立ち止まった。
「どうしたの?」
沙羅が、暖の顔を見ながらそう問いかけると
暖は真剣な顔をして、語り始めた。
「おじさんって新薬なら助かるんだよね?」
「何でその事を知ってるの?」
「一応、これでも機関の人間だからね。新薬が高額なのも理解してる。沙羅、もし良かったらそのお金を俺に出させて欲しい。」
沙羅はいきなりの提案に驚いたものの、少し
考えてから、こう答えた。
「暖有り難う。でも、これは家族の問題よ。
家族でない暖に迷惑はかけられない。気持ちだけ
頂いておく。」
「沙羅、それだとおじさんが。」
「わかってる。でも、やっぱり暖にそこまでお願いは出来ないわ。それにしても、機関はそんなにお給料がいいのね。少しそっちの方が驚いちゃった。」
沙羅はそう言って、暖に微笑みかけた。
暖は少し辛そうにしながら、廊下の床を暫く見つめ続けたあと、何かを確信したかの様に顔をあげて沙羅の方を見た。
「じゃあ、沙羅が機関にくればいい。沙羅なら、いや真琴も、君たち双子姉妹が機関にきたら、おじさんは必ず助かるよ。」
「私達が……機関に?」
沙羅は予想外な提案に、呆然と暫く立ち尽くした。
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