生まれ変わっても逢いた…くないです!
浦 かすみ
死しても愛は不滅です
恋愛小説のくだりでこういう台詞を見かけたことはないだろうか?
「生まれ変わっても、また巡り逢いたいね」
そう……誰もがこの台詞を聞いて胸ときめかせているはずだ、但しそれは付き合っているもしくは、好きな相手ならばだ。
何も思っていない……ちょっと顔見知り程度の人間に、しかも死に際でそれを言われてしまった私はどうすればいいんだろう。
息も絶え絶えな王子殿下が今際の際で私を呼んでいる……と急に役人棟にやって来た宰相様や王弟殿下に連れられて、首を傾げながら私は王族の居住区である城の奥へ向かった。
どういうこと?確か……今、床に臥せっている第四王子殿下は軍部に所属されていて、確か先日行われた魔獣狩りで結構な深手を負われたと……昨日、城で噂になっていたけど……その殿下が何故私を呼ぶの?
正直、挨拶程度にしかお話し……どころか会釈しかしたこと無い、第四王子殿下だけど?
そして物々しいおじ様達が見詰める中、寝所に入った私が見たのは……息も荒く顔色の悪い、多分第四王子殿下だ。
多分、というのは肖像画ぐらいでしかしっかりと見たことはないし、挨拶をする時は殿下の前では顔は上げずに淑女の礼をしていることが大半なので、お顔をしっかりと見たのは……はっきり言おう、今が初めてだ。
こういう時に泣いたり悲しんで涙を流せないのは、非国民と言われてしまいそうだけど、ほぼ面識の無い男性……しかも殿上人のことをそんな自分の事のように悲しめるかな?
「早く枕元に……」
王弟殿下に背中をドンと突かれて、仕方なく枕元に近付いた私。殿下、顔色悪いね……こりゃ魔獣の毒素が体全体にまわってしまったんだね。
「……、……あっ……ルベリ……ナ……」
間違いなく私の名前を呼ぶ、第四王子殿下。えーとジョフィアード殿下……多分。(名前すら怪しい)
やっぱり名前を呼ばれたけど、知らないな……と思って後ろを顧みようとしたら、今度は宰相様に背中を小突かれた。
「殿下がお話があるそうですよっ……ううっ……ぐすっ早くお傍にいきなさい……」
いやいや、ええ?私は知らないのよ?
「あの……何かの間違いじゃ……」
私の困惑した言葉は、おじ様達の嗚咽や泣き声に掻き消された。
私はおじ様達に押し出されるように、殿下の枕元に押し戻された。
「隠さなくてもいいんだよ、ううっ……身分違いなんだろう?」
「こんな時に会いたいだなんて……ぅう……知らなかったよ」
え?何がどういうことなの?
「いえ……あの本当にしら……」
「ううっ……」
ジョフィアード殿下の呻き声が大きくなり、おじ様達が悲鳴をあげた。私はおじ様達に押されて、更に枕元に近付いてしまった。
「ルベリ……ナ、来世で……はぁ……はぁ……生まれ変わっても巡り逢い……た……い」
頭が真っ白になった。病床の方に思う事ではないのは分かっているけれど、不敬を通り越して、こいつ何言ってんだ?と思った。
ほぼ初対面の私に、生まれ変わって巡り逢いたい?
そう言って。そう言い捨てて……ジョフィアード殿下は息を引き取った。
そう……それだけを言い捨てて、言葉は悪いがジョフィアード殿下は死に逃げをしたのだ。
ジョフィアード殿下の眠る寝室に飛び込んで来られて、泣き叫ぶ国王陛下と国王妃。皆が泣いているけど、私は一人唖然としていた。
自国の一番偉い人、国王陛下から
「ジョフィアードと秘密で付き合っていたのだって?辛かったろう……最後に看取ってくれて親として感謝するよ」
と、とどめの一撃を喰らったからだ。
「私、男性とお付き合いしたことありませんけど?何ならジョフィアード殿下の顔を今まともに初めて見ましたよ」
とは、言えなくなってしまった。
私は先程からずっと戸惑い、困惑している。部屋の中に居る、高貴なご身分と思われる、おじ様やおば様方は泣きながら
「身分違いの恋、生まれ変わっても逢いたい、素敵、ジョフィアード様の永遠の恋……」
等々、盛り上がって口々にそう私に声をかけてきた。
段々と冷静になってきた私は、皆様のジョフィアード殿下のコイバナ話を聞いていて気が付いた。
おかしい……あの毒がまわって息も絶え絶えな殿下が、自分の恋を朗々と枕元で話している気力があったろうか?
思い切って面識のあるメイド長に声をかけてみた。
「あの……お聞きしたいのですが、何故皆様はジョフィアード殿下の恋愛についてお詳しかったのでしょうか?」
するとメイド長は感極まったのか、号泣しながら理由を教えてくれた。
ジョフィアード殿下は常々、好きな女性がいる、お付き合いは身分違いの為に隠していること。次に生まれ変わることがあるのならば、絶対巡り逢い添い遂げたい。
これをお付きのメイドや警護の近衛に話していたことを教えてくれた。毒に倒れたジョフィアード殿下が私の名前を呼んだことで、その秘密の恋人の名前が分かったと大騒ぎになった、という訳だった。
第四王子殿下の死去……国全体が喪に服している間、私は悲劇の恋人、ジョフィアード殿下の永遠の恋人、そういう存在として一躍時の人になった。
「本当に私じゃありません。人違いです」
何度も国王陛下に宰相様に、内務省の役人の上司に伝えたが
「もう隠さなくてもいいんだよ」
と、労られ一緒に殿下に哀悼を捧げよう!と変な方向性の盛り上がりに引っ張りだされていた。
何を言っても、勝手に解釈される。私が殿下には本物の恋人がいたのでは?と問いかけると
「殿下はそんな不誠実な方ではない!」
と逆ギレされてしまうばかりだった。田舎の両親からは労りと共に、何故早く伝えなかったのだ!とこれまた怒られた。
周りの勘違いで、私は殿下の恋人ではない!と言い募ると流石に両親は信じてくれたのだが、これでまた新たな疑問が生まれた。
「どうして殿下はあなたの名前を呼んだのかしらね?殿下はあなたの顔も見たんでしょう?」
母の言葉に頷いた。
「ただ気になるのは毒で朦朧とされていたし、私の顔が分かっていたのかは分からないわ」
田舎で一応、子爵位を拝している両親はこの騒動に乗じて王都にやって来ていた。なんでも、私に申込まれていた同じ子爵位の子息との縁談が『殿下の永遠の恋人』騒動で破談になったことの愚痴を言いに来たのだ。
私に縁談があったの?それは知らなかったわ……
しかも、昨日私の所に王城から使者が来て国王陛下がお呼び……とのことで、両親共々登城することになったのだ。
「国王陛下からお話なんて、何だろうかね」
父も私も国王陛下の呼び出しに顔色を悪くしている。一生に一度口を聞けるかどうかの、遥か高みにいらっしゃるお方だからだ。私なんてうっかり一回会話してしまったけれど……それでも緊張する。
登城して国王陛下と国王妃……宰相様、国の重鎮の方々が勢揃いする中、私は一通の手紙を渡された。
「魔法で強固に封をされていて、城の術者の話では、ルベリナ=クレガレン子爵令嬢……あなたの魔力でしか開封出来ないようなのだ。宛名は君宛てで、差出人はジョフィアードからだ。それとは別にジョフィアードは自分が早世したら、個人資産をルベリナ=クレガレン子女に譲渡する手続きをしていた。これがその書類だ」
父が宰相様が持って来た、魔法で封された手紙と財産分与の書類を震える手で受け取っている。
「今……この場で手紙を読んでみても構いませんか?」
私がそう言うと国王陛下が頷かれたので、すぐに手紙を開封してみることにした。施錠魔術……指定した魔力の持ち主しか開封出来ない、魔法の封だ。でもこれではっきりするはずだ、私は間違えて恋人扱いをされているんだって。
蜜蝋の箇所に指を押し当て魔力を籠めた。さあこれで分かるはず……あれ?
手紙の封は解けてしまった、嘘でしょう?やっぱり私なの?恐々と手紙を開けて中を見た。
『ルベリナ=クレガレン子爵令嬢へ。
この手紙を読んでいるという事は、私が君より早世しており、直接言葉を伝えることが出来なかったことだと思われる。私は今際の際で君に「生まれ変わってもまた巡り逢いたい」という言葉を伝えることが出来ただろうか?この言葉は君に向けた呪いの言葉だ。私はこの言葉のせいで全てを失った。私は前世の記憶持ちだ。前世では私は一国の近衛騎士で、ルベリナ=クレガレン子爵令嬢、君はその国の第二王女殿下だった。そして前世では君が今際の際で私を呼びつけた時に「生まれ変わってもまた巡り逢いたい」と私に言って亡くなってしまったのだ。当然ながら私と王女殿下、君との間には主従関係以外は何も無い。私は君にその言葉を投げつけられたせいで、周囲から誤解されて永遠に君の恋人で有り続けなければいけなかった。決まりかけていた伯爵家の令嬢との縁談も破談になった。どこへ行っても王女の恋人だと言われ、新しい男女の出会いにも恵まれず、常に亡き王女の弔いを続け、喪に服する悲劇の恋人を演じ続けなければいけなかった。そして老いて亡くなって、私は記憶を持ったまま転生していることに気が付いた。嬉しかった、これでうまく君が転生していれば生きている君に復讐できるのに、と仄暗い考えに取り憑かれていた。そして神は私に味方をした、君が転生していることに気が付いたのだ。ルベリナ=クレガレン子爵令嬢、そう君だ。私は役人として城で勤め始めた君に、ジワリジワリと罠を仕掛けていった。秘密の恋人、身分違いの恋、秘めたる恋……城の皆は私の隠された恋人の虚像に喰らい付いた。私の個人資産も君の手に入ったかな?一生遊んで暮らせる額だろう?そんな大金が君に転がり込んだことを、私の悲劇の恋人である君は隠し通せるかな?せいぜい金の亡者共に命を取られないように気を付けてくれ。さあ、どうだい?全て上手くいったかな?君も好きでも無い男から永遠に縛り付けられる苦しさを味わうがいい。死ぬまで私の呪縛に囚われて苦しむがいい。
ジョフィアード=ナイム=スクリウペクト』
私は一気に読み終えると思わず笑いそうになった。私はその手紙を陛下へ差し出した。
「国王陛下、この手紙をお読み下さい」
陛下は戸惑いながらも、宰相様に渡した私宛の手紙を読んで、思わず手紙を取り落とされていた。
「これは……本当なのか?」
国王陛下は私に同意を求める様な目を向けてきた。私は馬鹿馬鹿しくなってきて、声を張り上げた。
「ものすごく想像力に溢れた……物語ですわね」
「!」
その手紙はその場にいる皆様に順番に読まれていった。私も許可したし、国王陛下も許可された。
参列された皆様は読み終わった後に、困惑しているようだ。
「皆……これはどう解釈するべきだろうか?判断を仰ぎたい」
「そこの令嬢が手紙をすり替えたのでは?」
後ろの方にいた外務省の役人だろうか?がそう言ったが……皆は一斉に溜め息をついた。
「こんな荒唐無稽な話の手紙をか?おまけに令嬢がすり替えたなら、ジョフィアードに恨まれている……なんて文章はおかしかろう?」
王弟殿下がそう言って、外務省の役人をジロッと睨んだ。
「そうだ、この手紙が無ければルベリナ=クレガレン子爵令嬢は我が息子ジョフィアードに死ぬまで愛された恋人という立場を得られたのだ。ジョフィアードの個人資産を譲渡されるはずだったのに、この手紙の出現で根底から覆された。今一度問おう。ルベリナ=クレガレン子爵令嬢」
「はい」
私は真っ直ぐに国王陛下の顔を見上げた。こんな茶番……ぶち壊してやる。
「あなたは、我が息子ジョフィアード=ナイム=スクリウペクトの恋人か?」
「いいえ」
謁見の間にいた人々が一斉に騒ぎ出した。宰相様が静粛に!静粛に!と叫んでいる。
「私の主張は一貫しております。再三にわたり申しておりました。恋人は何かの間違いです……と」
宰相様も国王陛下も、国王妃も俯いてしまった。
「では……令嬢はこの手紙が真実だと申すのか?」
王弟殿下が私を見た。私は首を横に振った。
「私は前世の記憶など所持しておりません。ですから、ジョフィアード殿下の仰っていることが真実かどうかは分かりません……ただ」
「ただ?」
そう……手紙を読んでいてジョフィアード殿下の並々ならぬ復讐心だけは感じ取れた。そこまでする!?という気持ちで一杯だ。すでに亡くなられている殿下に対して言葉は悪いが……
「こんなにあっけなく早世されるのであれば、馬鹿馬鹿しい復讐なんておやめになれば宜しかったのに……という気持ちでいっぱいです」
「!?」
また人々が騒ぎ出したので、宰相様が静粛に!静粛に!を繰り返している。国王陛下は続きを……と私に促した。
「もしこの前世が本当だとしても、新たに生まれ直しておられるのですからこの国の第四王子殿下として確固たる地位もあり財産もあり、何不自由ない生活が約束されておられたはずです。それなのに過去に囚われて、私から見れば勿体ないことだと思います」
私はそう告げた後、譲渡される予定だったジョフィアード殿下の個人資産を全て国に返還した。
この手紙関する情報は外に漏れることはなかった。あの場にいた人々があの手紙を真実とは受け止めきれなかったからだ。ただ、男性には君は酷い女だよ、と難癖を付けられ、逆に女性には自分が幸せになれなかったことの逆恨みじゃない?と言われたりもした。
ジョフィアード殿下としては、まさかあの手紙を衆人環視の前で晒されるとは想像していなかっただろうし、きっと今際の際で私を呼びつけて、心の中でドヤりながら
「来世で生まれ変わっても巡り逢いたい」
と言い切って私に対して、ざまぁと思っていたのだろうけど、私から見れば馬鹿な男ね?と言わざるを得ない。
確かにそのような捨て台詞を前世の私に言われていたとしても、その当時、本当に好きな人が出来たのなら周りの反対を跳ね除け、それこそ国を出ても好きな人と婚姻してしまえばよかったんだ。
何も生まれ変わってまでも、馬鹿な王女の最後の言葉を根に持つことは無い。今世は王子殿下として新しい人生だと、割り切って楽しめばよかったんだ。
それにだ、自分が婚姻した場合は悲劇の恋人として周りから何かを言われる……と思っているようだが、そうだろうか?と私はこの意見には懐疑的だ。
そんなことで皆が独りでいることを強要するだろうか?新しい出会いを応援してくれる人も少なからずいたと思う。
前世のジョフィアード殿下は『王女の悲劇の恋人』であることに、ある種の特別感を抱いていたのではないか?
人とは違う私、王女殿下に見初められた私、皆から励まされ……労わられ、もしかすると何か特別に優遇された生活をしてきたのじゃないだろうか?
王女殿下の恋人だ~ドヤッ!
それをずっと抱いて生きてしまったが為に、孤独だったのではないかしら?
「馬鹿よねぇ」
役人棟で来週、提出予定の調査書の見直しをしながら思わず独り言を呟いてしまった。
あんな滑稽な芝居を見せてまで、私に渾身のざまぁを繰り出したつもりだったのだろうけど、見事に空振りだったと言わざるを得ない。
ざまあみろは、やられた本人がそうだと思わなければ、成立しないと思うのよね。
「本当に詰めが甘いし……おまけに耳も遠かったんじゃないかな?『来世で生まれ変わっても巡り逢いたい』なんて言ってないし?『ライゼウバークもやっと面倒から解放されるね』って言ったつもりだったんだけどなぁ~やっぱり死に際で余計な事を言うのは、得策ではないわね」
私はそのジョフィアード殿下の恨みつらみ?の籠った手紙を記念に頂いてきていた。
実はあの手紙を読みながら、こっそりと自分の前世を思い出していたのだ。
何がどうなってか、前世の自分の近衛だったライゼウバークにこの私が愛の告白をしたことになっているという事実に、無性に腹が立っている。今が王子殿下だからって、前世チャラチャラしてたくせに、偉そうにするなよ!
何を勘違いしているんだ!勝手に枕元に来て泣き叫んでいたくせにっ!何が来世で巡り逢いたいだっ!独りで巡ってろ!
死人に口なし、後の祭り……死んだ後の事なんてどうでもいいわ~と常々思っていたけれど、後々こんな面倒なことが起こる可能性があるならば、やはり死に際は静かに大人しく黙って死ぬのが得策だと心に刻んでいた。
え?ライゼウバークこと、ジョフィアード殿下を恨んでないかって?恨むわけないじゃない……だってもう巡り逢いたくないんだもんね。
生まれ変わっても逢いた…くないです! 浦 かすみ @tubomix
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