第9話 卒業パーティー③(アベル視点)

 女なんて甘い言葉をかければすぐに落とすことができた。

 四男という微妙な立ち位置でありながらも求婚者が後を絶たないのは、伯爵位を持つあるカーライン家の名前と女性が好む甘めの顔立ちをしていたからだろう。

 どいつもこいつも外見そとみばっかり見やがって。

 授業で自分とペアを組みたがる令嬢たちをなだめながら、俺は内心辟易していた。

 あわよくば仲良くなって結婚したい――そんな意図が透けて見えて嫌悪感を抱いた。

 そんなやつらと結婚するなんてまっぴらごめんだった。

 外見だけじゃない俺自身を見てくれる人がきっとどこかにいるはずだと、来るもの拒まず去るもの追わずなスタンスで、言い寄ってくる人や自分でいいなと思った女性と片っ端から付き合ってみた結果、『女たらし』という不名誉なあだ名をつけられた。


 セシリア嬢と出会ったのはそんなある日のことだった。

 その日の放課後、俺は授業で数回ペアを組んだだけの令嬢から呼び出しを受けた。どうして別の女の誘いに応じるのかと詰め寄ってきた彼女に、数回ペアを組んだだけで『特別』になられても困ると言ったら「私のことを弄んでいましたのね!」とビンタが飛んできた。

 面倒くさい女だな。

 ヒリヒリする頬を押さえながら顔を上げたら、視線の先にいたセシリア嬢と目が合った。

 元々彼女とは同じクラスだったけど話したことはなかった。幼馴染みのデニスの婚約者の友達という程度の認識でしかなかった。

 俺はそのあと走り去った令嬢を追うことなく、ベンチに座っていたセシリア嬢に話しかけた。誰でもいいから話を聞いてもらいたいという思いからだった。

 今しがた起こった理不尽な出来事や今までのことを話すと、セシリア嬢は俺の気持ちに寄り添って親身に話を聞いてくれた。

 その時に彼女が俺と似たような状況にあることを知った。

 セシリア嬢にまだ婚約者がいないことは知っていたけど、授業のペアの相手が頻繁に変わっていたから、他の女子生徒と同じように婚約者選びに躍起になっているのだと思っていた。

 だが実際は婚約者を作る気はなく、婚約者のいない男子生徒から言い寄られて困っているのだという。

 家柄もよくて成績も優秀、おまけにこれだけ美人とくれば、婚約者に求める理想も高くなるのかもしれない。

 自分と似た状況に親近感を覚えた俺は、ふと名案を思いついた。


「それなら俺と組まないか?」

「え?」

「婚約者を作る気のない者同士なら、お互い気兼ねなく組めるだろ?」

「――――たしかに」


 提案すると、彼女は口元に手を当てて神妙な顔で頷いた。

 こうして俺たちは授業でペアを組むようになった。

 セシリア嬢と組んでわかったことは、彼女は言葉通り俺にまったく気がないということだった。

 すり寄ってくる女たちのようなねっとりとした視線もなく、話していても一方的に自身の話ばかりしてくることもない。かといってそっけないかと言われるとそうでもない。ちゃんと俺の言い分を聞いてくれて、むやみやたらと否定してくることもない。

 思惑の同じ者同士で受ける授業はとても気が楽で、存外楽しいものだった。ついでに婚約者のいないやつらから羨ましがられるのも気分がよかった。

 そうしているうちに、いつしか俺は彼女のことを目で追うようになっていた。

 俺が口説いて落とせなかった女はいないという自負があった。

 自分の女にしたらさぞかし鼻が高いだろう。

 そんな軽い気持ちで彼女に甘い言葉をかけてみたが、彼女は俺の言葉に落ちることはなかった。

 いつも軽く受け流され、二人で出かけないかと誘っても決して誘いに応じることはなかった。

 儘ならない女だが、そこがまたよかった。

 気づけば俺は誰彼かまわず女性と付き合うことをやめ、頑なに俺を拒む彼女を振り向かせたいと思うようになっていた。


 泣いているセシリア嬢と町で会ったのは、それから少し経った頃だった。

 特に用もなく町をぶらついていたら、泣いているセシリア嬢とばったり出くわした。泣き顔なんて見たこともなかったから何事かあったんじゃないかと思って尋ねると、黒髪の男がセシリア嬢を追いかけてきた。ビクリと怯えるように体を震わせた彼女を背後にかばって「彼女を泣かせたのはお前か!?」と問いただすと、その人は困ったように眉尻をさげて肯定した。

 セシリアのおじと名乗った人は温厚そうな人でセシリア嬢に子ども扱いして悪かったと謝った。

 その時の俺は、その男のことを親戚だと思い込み、自分を売り込もうとバートル伯爵に口利きしてもらえないかと話を持ちかけた。

 口調を改めて『僕含めて、セシリア嬢に求婚したいと思っている人が後を絶たない』と伝えたところ、なぜだかセシリア嬢が怒りだした。

 彼女は俺と結婚するつもりはこれっぽっちもないと言うと、おじだという男の手を取って『未来の旦那様です!』と言い残して嵐のように去って行った。


 結局そのあと、セシリア嬢からあの男との関係について語られた。

 あのおじだと名乗った男は、バートル伯爵の友人で親戚なんかじゃなかった。しかも社交界デビューと同時に婚約する予定だと聞かされ、思わず「は?」と聞き返した。

 言い寄られて困っていた時にどうして婚約者がいることを言わなかったのかと問えば、彼女は相手の都合もあって今はそれを公にできないのだと答えた。

 二十歳も年上の非公式な婚約者だなんて、どう考えたって訳アリに違いない。

 貴族の結婚なんて家の都合で決められるものがほとんどといっていい。きっと彼女に拒否権はなかったのだろう。

 年の離れた男と結婚なんて大丈夫なのかと心配すると、セシリア嬢は大丈夫と笑ってみせた。

 そう言われてしまえば、こちらはもうそれ以上踏み込んで話をすることはできなかった。

 けれど俺にはどうしても彼女が無理をしているようにしか見えなくて、まずは『ブライト』とかいう彼女の非公式な婚約者について調べてみることにした。


 ブライトという名前を頼りに調べてみれば、すぐにレイ家の現当主の兄だということがわかった。

 レイ家といえば、金髪金目で不思議な力を持つ者が多いことで有名だ。現当主も例にもれず金髪に金色の目をしており、退魔の力を有するとして独自の地位を築いている。一方で、長子として生まれながら不義の子とされ、家を出た者がいるという話を聞いた。それが、ブライト・レイという男だった。

 その男とバートル伯爵は同じ年に学園を卒業した学友だという。

 けど、いくら仲がいいからって自分の娘を嫁がせようとするか? はっきり言って正気を疑う。

 バートル伯爵はきっと友人を憐れんで娘を嫁がせようとしたのだろうけど、親のエゴを押し付けられたセシリア嬢はどうだ?

 若い身空で二十も年上の男に嫁がなければならないなんて、彼女こそ憐れでならない。

 なんとかできないだろうか。

 そう考えた時、ふと天啓を得たように閃いた。

 俺ならあの男に引けを取らないのではないか、と。

 家柄も同程度で爵位がないのも同じだ。

 それならきっと彼女も若い俺の方がいいに決まってる。

 俺なら彼女を助けられる。俺が、彼女を助けなければ。

 使命感のようなものが俺を突き動かしていた。


 ***


「大丈夫、貴女は俺が必ず助けてあげる」


 ぐらりと揺らいだセシリア嬢の体を抱きとめた俺は、さも心配しているふうを装って会場の外へ連れ出した。

 どうやら彼女に飲ませた睡眠薬が効いてきたようだ。

 事前に下調べをしていたおかげで、誰にも会わずに医務室に運び込むことができた。

 窓際に置かれたベッドにセシリア嬢を下ろして、その顔をじっと眺める。


『子供の頃から結婚すると思ってきたんですもの、嫌だなんて思ったことはありませんでしたわ――ああ、でも夜会で女性に囲まれているアベル様をお目にかかれなくなるのは少し残念ですね』


 先ほど彼女に言われた言葉を思い出す。

 顔は笑っていたけど、俺にはやはり強がっているようにしか見えなかった。

 卒業して接点がなくなってからでは遅い。手遅れになる前に、何とかしてセシリア嬢をあの家から救い出さなければ――多少強引な手を使ったとしても……。

 月の光に照らされた彼女の頬に指を滑らせ、体を屈める。

 セシリア嬢が起きる気配はない。

 そのまま顔を近づけて互いの鼻が触れそうな距離まで迫った時――。


「セシリアから離れて」

「ッ!?」


 背後からかけられた声に弾かれたように振り返ると、その男――ブライト・レイはまるで俺が初めからここに来るのがわかっていたかのように、闇に紛れて佇んでいた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る