第2話

「宮川さんの中でとびきりのイケメンって、芸能人でいうと誰ですか?」


 店内に戻った私に榎本が尋ねる。

 レジカウンターの中、互いに正面を向いたまま、目線は店外燦々と日差し降り注ぐ夏の道路。


「とびきりのイケメンかぁ……とびきり? え、今どきとびきりって言葉使う?」

「え、使うでしょ。とびきりすごいとかとびきり眩しいとか」

「使い方間違ってない? てか、榎本って意外とおじさん臭いね」

「臭くねぇし。俺がおじさんなら一個上の宮川さんはクソババァってことになりますけど」

「言い方。クソババァはないわ。せめてクソを外して」

「……ババァ」

「言わなくていい! 言う必要なかったでしょ、今!」

「フリかと思って。大丈夫っすよ、宮川さん年取ってもババァって感じにはならなそうだから」

「…………」


 どういう意味だろう?

 ババァって感じにはならなそう?

 これ、褒め言葉?


「ありがとう」

「えっ、何でお礼言ったんですか?」

「…………」


 パシんと肩を叩くと、榎本が可笑しそうにケラケラ笑った。

 これが私たちの日常会話、こういう何でもない会話を楽しめる榎本の関係が、とてつもなく好きだ。

 もっと話がしたい、そう思って過去に一度、榎本をご飯に誘ったことがある。

 

『ねぇ、榎本。今日、ランチ行かない?』

『え、……はい?』

『バイト終わるのってちょうどお昼時でしょ?』

『あー、すみません。俺、実家なんで親がご飯作ってるかと』

『え。あ、そっか……』

『あの、じゃあ、来週はどうですか?』


 まさか逆に誘ってくれるとは思ってなかった。

 次の週はとても楽しいランチタイムを過ごしたが、毎週というわけにはいかない。

 私からは恥ずかしくて誘えない、榎本は私に興味がないから誘ってこない。

 二回目のあの時だって、成り行きでそうなっただけだ。



『宮川さん、休憩終わって……またスマホ見てる。いつものイケメン俳優ですか?』

『ふふふー、今日の私はひと味違うのだ!』

『いつも通り、煮込みすぎてヤバくなってますよ』

『ハンバーガーを食べると玩具がついてくるセット知ってる?』

『ファーストフード店の子ども向けメニューですね。二十歳すぎてる大人の宮川さんがそれになんの用が?』

『その玩具が今私の好きなアニメキャラのフィギュアなの』

『へぇ……』

『今なら限定ポスターまでついてる!』

『子ども向けのね』

『でも友達にはアニオタ公言してないし、一人でこれ頼むのも恥ずかしくて』

『いい年した大人が』

『なんなの、さっきから! ちょいちょい馬鹿にしてない?』

『今さらかよ』

『ポスターは諦めよう、フィギュアは持ち帰りかなぁ』

『行きますか、今日』

『……え?』

『今日の帰り、予定なければ。付き合いますよ、誰も知らない宮川さんの秘密の趣味』


 榎本のこういうとこが好きだ。

 同じ物だったらおもしろいっスね、という榎本の言葉どおり、私たちのフィギュアは全く同じ物で、二人で大笑いしてリベンジすることになった。

 それ以降、五種類全てが揃うまで榎本は私に付き合ってハンバーガーとポテトばかり食べてくれた。


 そんな榎本の唯一の欠点。

 人の好みなんて千差万別だから、欠点なんていうべきではないのかもしれないけれど。

 私にとって榎本のそれは大きな欠点だ。





「ねぇ、榎本。この雑誌に乗ってる美少女モデルと、肉まんのポスター飾ってる女性芸人、どっちがかわいいと思う?」


 私の質問に振り返った榎本の目線が、肉まんで止まる。

 ふっくらと丸い肉まんと同じような体型の女性芸人。


「肉まんの子のほうが可愛いに決まってるじゃないですか」


 それが当たり前、という風に榎本は笑った。


「一目瞭然ですよ、比べるまでもない。あ、この前この芸人さんが海行く動画みたんですけどマジやばかったですよ。水着めっちゃピチピチだしお腹とかすげー輪っかできてて綺麗というより美しかった。あ、体型だけじゃなく顔も好きですよ。今一番の俺の推し、世界一可愛いと思います!」


 と、榎本が褒め称えているお笑い芸人は体重八十キロ、輪っかとはお腹の肉のことだろう。

 そして顔は、真顔が変顔といじられるほど歪んでいる……と言ったら失礼だけど美人の部類には入らない、一般的に。

 何が言いたいかというとつまり、これが彼の唯一の欠点。


 榎本は不細工にしか恋愛感情が湧かない、いわゆるB専だ。

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