彼と彼女の微妙なバランス

七種夏生

第1話


 一言でいえば、私は面食いだ。

 だからといって困ったことはないし、むしろ得だと思う。美男子ばかり見ていたせいで美的感覚が鋭くなり、自分さえも磨くようになった。

 口には出さないけど、私は自他共に認める美人だ。

 私は絶対、男らしさのあるイケメンとしか結婚しないと心に強く決めていた。


 だから彼に対するこの想いはきっと、本物なのだ。





 大学からちょっと離れたコンビニが私、宮川柚音のアルバイト先。火曜と木曜の午前中、田舎な上に近くに商店街があるため客はほとんど来ない。

 お店の外で鳴り響く蝉の合唱、降り注ぐ日差しが眩し過ぎて外界がいかに暑く息苦しいか教えてくれる。


「宮川さん、休憩どうぞ」


 十九歳の男にしては甲高い可愛らしい声に促され、私は休憩すべくスタッフルームへ足を進めた。

 ドアを閉める前に振り返ると彼、榎本俊一がこちらを見ていた。

 二重のぱっちりした瞳と目が合って、慌ててドアを閉める。


「目が合った、目が合った……もー!」


 胸が高鳴りすぎてパンクする!

 興奮を抑えようと、スマホの画像フォルダを開いた。[推し]と名付けたフォルダの中には、今話題のイケメン俳優の写真。百八十センチの長身に筋肉質の美麗な体、渋い目元に西洋人のような高い鼻筋。


「かっこいいかっこいい。大丈夫、私のタイプはこの顔なの!」


 そうは言いつつ、思い出すのはやっぱり榎本の顔。女の子のような可愛い顔つき、低身長に小柄な体型。

 男らしさのあるイケメン好きな私のタイプとは真逆の容姿なのに、どうして私は……


「宮川さん、休憩時間過ぎてますよ」

「ふぅうぇっ?」


 突然の声にスマホを落としそうになった。

 振り返ると、すぐ後ろに榎本が立っていた。


「急に声かけないでよ、危ないじゃん!」

「ボーっとしてるからでしょ。それより、休憩時間終わってますよ」

「えっ、嘘。もうそんな時間?」

「もうそんな時間です。早く戻って来てくださいね」


 可愛い顔が厭らしく微笑み、ドアが閉められた。

 スマホを握りしめ、さっきまで榎本がいた場所に立つ。指を物差しにして彼の頭があった場所と自分の身長を照らし合わせると、その距離は人差し指一つ分、七センチか八センチくらい。

 私が百五十五だから、やはり百六十五もない。

 それに加えてあの童顔。

 榎本は可愛い、その辺の女の子よりも美人だと思う?


「宮川さん! 休憩終わってますって!」


 怒鳴るような榎本の声に、私は慌ててスタッフルームを飛び出した。

 当然でしょ、だって嫌われたくないじゃない。

 好きな人の前では、いい女でいたい。


 可愛い顔立ちに低身長。

 好きなタイプとは真逆の容姿を持つ彼、榎本俊一に、私は生れて初めての恋をしていた。

 週に二回、同じシフトに入っている榎本は私の偏差値では到底入れない有名国立大学の二年生だった。

 私が三年だから彼のほうが一つ年下。

 好みのタイプには擦りもしないのにいつの間にか、もっと話がしたいと思うようになり目で追っていた。

 好きの種類は違うが、榎本も私を気にいってくれていると思う。

 でも榎本の好きは友情としての好き。

 断言できる、榎本の感情は恋ではない。


 理由は簡単、彼には秘密がある。


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