猫の街


 猫の街と呼ばれているこの場所が、わたしは嫌いだ。


 海岸沿いを走る電車、駅から出るとすぐに海が見えるけど対岸の島が近すぎるせいで『大海原!』って感じはしない。

 目と鼻の先なのに一日に何便も往来する客船、桟橋から東に位置する場所には二つの陸を繋ぐ白と青の橋がある。

 街を囲うように連なる山脈の麓から中腹にかけてたくさんの民家、その少し上には神社やお寺など昔ながらの建物。

 父の仕事の都合でこの街に来て二週間、新しい小学校に友だちと呼べる人はいなかった。

 みんなチラチラわたしを見て、その視線がよそ者をあざ笑っているかのようで、居心地が悪くて仕方なかった。


「大嫌いだ、こんな街!」


 坂道から海を見下ろし、本土と島を結ぶ白い橋に向かって叫ぶ。

 すっきりしたところで振り返り、塀の上にいる太っちょな白猫に目を向けた。


「ねぇ、どう思う?」


 わたしの問いに答えず、白猫は瞬きを二つした。


「つまんないのー」


 白猫のいる塀に寄りかかり、山の上の坂道から下界を眺める。

 わたしの暮らす借家は山に連なる住宅街の、ちょっと上のほうにある。

 どうせなら景色いい方が良いだろと言って一人で住居を決めた父は、毎日ヒイヒイ言いながら坂道を昇り降りしている。電車通勤なんだから麓に家借りようってお母さんもわたしも言ったのに。

 大きな船が狭い海をのろのろ泳ぐ、青い橋の上を赤い乗用車が通って行った。

 トンビが泣く、カラスも喚いてる。徐々に傾く太陽、ゆったりと流れる時間。

 日常を忘れさせてくれる場所。絶景と評判で、海外からの観光客も多いという。


「こんなとこの何がいいんだか。こんな、誰もわたしと友だちになってくれないような……ねぇ、そう思うでしょ?」


 やはり白猫は答えない。小学校からの帰り道、塀の上にはいつもこの白猫がいた。

 静かな猫で、鳴き声を聴いたことはない。

 じーっとわたしを見つめる視線。だけどそれは嫌なものではなく、『わたしと友だちになりたいの?』なんて話しかけていた転校初日。

 まさかこんなことになるとは、学校で友だちができないとは思っていなかった。


「海が見えるね」


 振り返ると、遠くを見ていた白猫の視線がわたしに向いた。

 返事を待って見つめ合ったがやはり、白猫は鳴かなかった。


「少しくらい鳴きなさいよ……ねぇ? ……はいはい、だんまりですか。ほんと、この街の子はみんなイジワル」


 大きくため息をついて、塀から背中を離した。

 眠そうに瞬きをする白猫に手を振って、帰路を急ぐ。

 早くしないと学校の子に会っちゃうかもしれない、他のみんなは公園で遊ぶ約束をしているかもしれない。招待されていないわたしはそこに行けないから、絶対に誰にも会いたくない、見られたくない。

 家の前で振り返ると、太平洋とも日本海とも違う狭い海が見えた。

 ガタガタと大袈裟な音を立てて走る貨物列車、風に舞う木の葉の音と飛ぶ鳥の声。

 対岸の工事現場の音が、こんな山の上まで響く。


 わたしの住む新しい街、猫のいる坂道。

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