市松聖女

花見川港

市松聖女(1)

 少年は窓に映る自分の影と向き合っていた。


 神官服のまだ固い襟元を整え、何度すいても形を変えられない癖のある金髪の毛先を気休め程度に指で伸ばす。なかなか抜けきらない幼さを強調するように碧眼がいつもより大きく見える。


 表情を強張らせている少年の肩を、先輩神官の男が軽くたたく。


「緊張してるのか?」


「ええ、はい。まさか神官になって早々、こんな大規模な儀式を行うとは思いませんでしたから」


「滅多にないことだしな。今回は特に。安心しろ。取り仕切るのは神官長様たちだ。我々はただ、全力で祈るだけでいい」


「はい」


 王都にあり、主神アプロネス信仰の中心、大神殿。


 柱がなく広々とした円形の集会場には、大神殿の神官たち、そして普段は各地の教会にいる神官たちが呼び集められていた。いつにない圧迫感。このようにして神官が一斉に集まる機会などそうはない。さらにはそこに、七人の神官長までいるのだ。


 七人の神官長は、中央に空間を作るように等間隔に円状に立ち並んでいる。


 ほぼ最後に入った少年は壁際に立つ。


 神官長たちが大きな水晶を乗せた身の丈以上もある大杖を掲げた。


 「祈りを」という号令と共に、少年は手を握り合わせ目を閉じる。


 神官たちの体から引き出される魔力が空間を満たしていく。ハープのような優しい声が響き渡り、水晶に白い光が灯る。七人の神官長がゆっくりと大杖を振ると、七つの光の尾が繋がって円となり、床に落ち、円の中に複雑な紋様が描かれていく。


「救済の祝福を、いまここに!」


 同時に振り上げられた大杖の先端が床を打つ。場に満ちていた魔力が七つの高い音に引き寄せられ、『陣』の中心で硬質化していき、それは巨大な白い蕾となった。一枚一枚ゆっくりと花開く。


 魔力が消えたのを感じて、少年は目を開く。神官たちの肩の合間から陣の中心を見た。


 目をこすり、もう一度。


「へ?」


 そうこぼしたのは少年だけではない。会場中がざわめき、神官長たちもお互いに顔を見合わせる。


 ソレは、想像していたよりも小さかった。まさか子どもを喚んでしまったのか。冷や汗が頬をつたう。神官長主導の儀式で失敗だなんて。張り詰めていく空気に緊張したそのとき、


「うるさいわね」


 幼い少女の声が場を静めた。


「しゃ、喋った!?」


「あの変な陣は、オマエたちの仕業か」


 身に纏う赤い衣と真っ直ぐ切り揃えられた黒く長い髪、その間にある白い顔。遠目からでも判別できた三色。そしてそれらを覆うほどの、この場にあってはならない『ケガレ』にも似た気配。髪は数十匹の蛇のようにうねり、彼女は宙に浮かぶ。暗雲が垂れ込めたように会場が暗くなる。


「この禍々しさ、魔物か!!」


「馬鹿な! どうやって大神殿に!?」


「そんなこと今はどうでもいい! 浄化を!」


 神官長が手をかざし、彼女を筒状の光の中に閉じ込める。


「なっ、ぐふッ」


 本来なら、その結界はケガレを含め、邪悪なモノを一切通さない。けれど彼女の髪は光の壁をすり抜け、術を放った神官長を捕らえて、もう一房の髪でその頬を引っ叩いた。


 彼女の額に、光を模った紋章が浮かぶ。


「あ、あれはしゅの……」


「ではアレが、いえ、あの方が……」


 禍々しさを縁取る光の気配に、皆言葉を失う。


 人々に見上げられながらも怯むことなく、小さな体で堂々と佇む姿がアレクシオの目に強く焼き付いた。

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