静岡県庁オカルト苦情対策室の事件簿~金田一君の美味しい幽メシ~
恵喜どうこ
すすり泣く女
だずげで……と若い女のすすり泣く声が聞こえる。まさか本当だったとは――先ほどから聞こえてくる泣き声にゾッと背筋が寒くなった。
旧東海道の日坂宿と金山宿の間にある小夜の中山峠。その近く、中山トンネルの脇には『夜泣き石』と呼ばれる直径一メートルばかりの大石が祭られている。
その昔、山賊に襲われて殺された妊婦が、山賊に斬られた腹から生まれた我が子を助けるために石に乗り移って夜毎泣いたという話は遠州七不思議のひとつとしても有名だ。
真夜中、街灯は消え、あたりは濃い闇で覆われている。懐中電灯をひとつを頼りに声のする場所へ近づく。石が祭られているあたりに灯りを差し向けるが、光は闇に吸い取られ、石を探りあてることができない。前回来たときとは明らかに様子が違う。
(祟って出てきたのかよ)
噴き出す汗を腕で拭う。自然と顔が強張った。
十二月も残すところあと十日。妊娠した不倫相手が別れに応じてくれなくて口論になったのが五月の終わり。あれから半年以上も経つのに今更なんで? どうせ祟るなら、もっと早くだろうに――と忌々しげに周囲を眺めた。
女を埋めたのは石の裏手側。本当にアイツなのかという確認と『成仏しろ』と引導を渡すためにスコップも用意して来たが、視界が悪すぎてどうしようもない。またあらためて出直すか……そう思って踵を返したときだった。
ボコッ――と土が隆起したかと思うと、がっしりと足首を掴まれた。心臓がぎゅうっと縮こまり、喉からひゅっと壊れた笛のような音が漏れた。恐る恐る向けた電灯の明かりに土にまみれた青白い女の手が浮かび上がった。
まっで……おねがい……
爪は土が入り込んで真っ黒だった。なにより掴む力が尋常でない。振りほどこうともがいても、びくともしない。そのうちに別の場所からもボコッ、ボコッと得体のしれない音が聞こえてきた。
ゆっくりと音のしたほうに明かりをかざす。真っ白な顔。汚れて縮れた長い黒髪の間から、血走った双眸が覗いている。
いがないで……じんざん……おねがい……ごのごに……
「ぎゃあああああ」
渾身の叫び声はしかし、深淵を思わせる黒々とした女の開いた口の中へと吸い込まれた。
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