わたしはチャムケア! -光の少女戦士伝説的なやつ希望-

虎竜王NV

序章:のこちゃん

01 のこちゃんの日曜日


チャムケアの朝は早い。



『チャムケア』とは、悪と戦う正義のヒーローをコンセプトに、どこにでもいそうな中学二年生くらいの少女を主人公にえた人気の女児向けアニメシリーズだ。


フリフリでヒラヒラな衣裳いしょうのカワイイ超人に変身した少女が邪悪じゃあくな敵と主にフルコンタクトの格闘で戦うというギャップが受けて、近年の地上波テレビでは珍しく、シリーズ作品がかれこれ20年近くも日曜日の朝に放送され続けているご長寿ちょうじゅ番組である。


具体的ぐたいてきには、記念すべきシリーズ第1作目『チャムケア』のタイトルが"チャーミングとケア"からの造語ぞうごである通り、可愛かわいらしさとお手入れによるいやしを作品の柱としながらも、大地に、空に、海に、宇宙にと、大きな舞台を所せましとおのれの肉体を駆使くしした主人公たちと怪物の繰り広げる壮絶そうぜつバトルがシリーズの魅力みりょくなのだ。


登場人物たちの成長をえがくドラマ仕立てとも相俟あいまって、メイン視聴者しちょうしゃの女児はもちろん、こども向け番組にもかかわらず大人のファンからも広い年齢層ねんれいそう支持しじされていた。


放送開始時間の午前8時30分は、通学や通勤つうきんの日常から見れば朝早いどころか家にいる時点で大凡おおよそ遅刻になる残念な時間帯なのだが、日曜日という点が重要である。


特に予定のないお休みの日、率先そっせんして午前8時くらいに起床きしょうする人の割合がどれ程のものかを考えてみれば、その特殊とくしゅな早朝感は理解できるだろう。


まだ、ゆっくり寝ていても良い。


そんな夢心地ゆめごこち状態じょうたいからみずからの意志で抜け出し、テレビ番組の自動録画が当たり前の現代にリアルタイムでアニメを視聴しちょうする姿勢は、そこにとてつもない熱意が込められているという事に他ならない。



この春、そんなチャムケアシリーズの主人公たちと同じ、中学校二年生になった のこちゃん も毎週日曜日の早朝をものともしない猛者もさの一人であった。


フルネームは 剣持けんもちとら といい、かなりいさましそうな名前ながら、現代に生きる14歳のれっきとした中二女子である。


まぁ、運動が得意とくいとも言い切れないていどに活発かっぱつであり、自分の好きなものに対してまわりにそこそこ主張するくらいの明るめな性格なので、名前から想像される勇猛ゆうもうさとはなかなか程遠ほどとおいのだが。


のこちゃんは、身長155㎝くらいの体格も細からず太からずである。


その印象いんしょうは、同年代の少年少女の中にまぎれればあっさり見失われてしまいそうな地味さ、ハッキリ言って凡庸ぼんようである事を本人も自覚していた。


まわりからは、剣持けんもちさん、親しい間柄あいだがらだと のこちゃん と呼ばれている。


色々と事情じじょうがあって、将来しょうらい危惧きぐした大人にすすめられても改名かいめいはしないと固く心に決めているのだが、のこちゃん呼びにも感謝しているなかなか複雑な心境しんきょうだった。


そもそも、本人がこれで良いと言っているのだから、放っておいてくれとのこちゃんは思う。


現在の所、これまで名前でいじめられた事は無いし、友だちともうまくやれている。


ただ、残念ながらと言うか自然な流れでと言うか、中学校二年生ともなれば友だちをふくめたクラスメイトたちは、チャムケアシリーズの視聴しちょうからとっくに卒業してしまっている。


生暖なまあたたかい目で見てくれる友だちこそいても、リアルタイムでチャムケアの話題についてきてくれる真のはおらず、ただ一人でおのれの道を突き進むのみである。


格好良かっこうよく言えば孤高ここう求道者ぐどうしゃでも逆に言うならボッチなので、趣味しゅみに限ってとは言え、はたから見ればそれなりにつらそうな感じもする。


しかし、のこちゃんには、不安もあせりも無かった。


何故なぜなら"チャムケアは絶対にくじけない"だからなのだそうだが、これは、のこちゃんにしか通用しない理屈であると友だちからもツッコまれている。


要するに、その程度ていど逆境ぎゃっきょうではビクともしないくらいに、チャムケアが好きなのだ。


そんな訳で、日曜日の朝、午前8時にセットした目覚まし時計の力を借りて布団から抜け出したのこちゃんは、今日も研鑽けんさんを重ねるべく一人テレビの前に鎮座ちんざしていた。



のこちゃんの部屋は、六畳敷ろくじょうじきの和室である。


家具は、小さな本棚ほんだな文机ふみづくえ、現在見ている画角がかく20インチに満たない液晶テレビと録画機がおさめられたラックの横に、簡易型かんいがたクローゼットがあるくらいだ。


5月の連休を目前にひかえている時期とあって、まだ朝方は肌寒はだざむい。


家自体がかなり年季ねんきが入っている一戸建いっこだてな上、家具が少ない分、のこちゃんの部屋はすきま風も通りやすかった。


一応、エアコンは付けてもらったのだが、暖房を入れると何故なぜか気分が悪くなるので夏場に冷房しか使っていない。


仕方なく、自分の体温であたたかくなっている布団ふとんの中から毛布を引っ張り出して、ひんやりとしたたたみの上を引きずりながら身体からだに巻き付けてゆく。


一見いっけん寝床ねどこへの未練みれんたらたらなのだが、寝落ちの危険がある以上、布団ふとんに寝たままの体勢たいせい視聴しちょうする事はありない。


肩へかかるくらいの短めなその黒い髪が寝癖ねぐせになってあらぬ方向へ飛び出したりしていても、のこちゃんの意識はハッキリ覚醒かくせいしており、決して寝ぼけてなどはいない。


季節的に来週か再来週くらいにはもっと気温も上がるだろうと思いつつ鼻の辺りまでスッポリ毛布にくるまりながら、のこちゃんの目は、テレビ画面にしっかりと焦点しょうてんを合わせている。


例え毛布でぬくぬくしていようとも、チャムケア視聴しちょうに対するのこちゃんの心構こころがまえは、いつでも真摯しんしで本気なのだ。


そのテレビの中では、チャムケアシリーズを放送する直前のニュースワイド番組が、休日の長閑のどか雰囲気ふんいきとそぐわない事件や事故の話題をり上げていた。


多くの車両を巻き込んだ交通事故をはじめ、大規模だいきぼな鉄道のトラブルに火災や突然の建物倒壊たてものとうかいといったものから、人の殺傷さっしょうから事件性じけんせいが強いものなどで、そうじてどれも暗い話だ。


「最近、多いよねぇ……」


誰に言うでもなく、のこちゃんは、寝起きのかすれた声でポツリとつぶやいた。


現実を生きていると、理不尽りふじんな目にあう事もある。


その内容は、人それぞれであり様々さまざまだろう。


のこちゃんの場合、両親がすでにこの世にいなかった。


小学校へ上がるころひとりとなってしまい、母方の実家へ引き取られたのこちゃんは無事ぶじ中学に上がれているとは言え、そういった現実の一端いったんを幼いながらたりにしてきた者でもある。


だから、チャムケアシリーズの様なアニメ作品に傾倒けいとうして現実から逃避とうひしているのかと言えばそうではない。


時にフィクションやファンタジーといった創作物そうさくぶつは、現実を生きる人のかてとなり、前へとあゆみ出すための原動力げんどうりょくになってくれる。


その事を、他でもないチャムケアが教えてくれたのだ。


他人ひとはどうか知らないけれど、うつむきそうになるその小さな背中を何度も力強く押してもらえたし、これからもそうだろう。


だから、のこちゃんは、チャムケアが好きなのである。



――――――――――――――――



チャムケアを見終わった後は、『チャムケアシリーズ』以上に長い歴史をほこる特撮ヒーロー作品の『シュープリム戦団シリーズ』と『フルヘルムナイトシリーズ』が同じチャンネルで立て続けに放送されているのだが、そちらを録画機にまかせて本格的ほんかくてき起床きしょうをする。


実は、チャムケアに出会う前、同居どうきょする叔母おばのすすめで特撮ヒーロー作品をびる様に視聴しちょうしてきたのこちゃんなので、ひまな時に録画を見るくらいなのだが、現在でも新作チェックを続けている。


特におすすめされた『時空刑事じくうけいじシリーズ』は、かなり古い作品なものの、全身ぜんしんメッキで造形ぞうけいされたロボットの様なヒーローがはげしいアクションをり広げるアプローチで、その熱いドラマ性にドキドキしたから今でも好きなのだ。



日曜日の午後は、地域ちいきコミュニティー主催しゅさいの剣道教室へと通うのこちゃんである。


その前に、家のお手伝いをしたり、朝食をとるべくキッチンへとおもむくのが習慣しゅうかんであった。


「おはよう、おばあちゃん」


「おはよう、のこちゃん」


キッチンでは、すでに祖母が朝食の準備をしており、電気ポットから勢いよく湯気がき出していた。


雨戸が開けられたアルミサッシの窓からは、春のもんよりとしたあたたかい陽射ひざしが家の中をらしている。


チャムケア視聴しちょうはさんでいても、寝起きの目にはまぶしい午前中の光である。


キッチンとつながった居間いまには大型の液晶テレビがあり、電源がオンになっていないその黒い画面も、陽の光で真っ白になっていた。


平日だと学校にいるこの時間帯はテレビをつけてもよく見えないのだろうなと、ぼんやりのこちゃんは思う。


視線をキッチンへ戻すと、自分が引き取られてきた頃より白髪しらがが目立つ様になった祖母が、花柄はながらの赤いエプロンを身につけ器用にフライパンをあやつっている。


祖母はやせ形で、背の高さも今ののこちゃんとさほど変わらない。


のこちゃんが初めてこの家に来た時から、少し背筋せすじも曲がってきただろうか。


「手伝うよ」


「ありがとう、じゃあ、お皿を出してくれる?」


「うん」


どこにでもありそうな家庭の、何でもない、朝の風景である。



母の実家である佐橋さはしの家は、のこちゃんにとっての祖父母と、母の妹に当たる叔母おば京華きょうか との三人住まいだった。


幼いのこちゃんが家族にむかえ入れられてからというもの、さびしい思いをさせない様にと、三人には可愛かわいがられてきた。


特にのこちゃんが きょう姉さん と呼んでなついた京華きょうかは、ギリギリ二十代前半で祖父母に比べれば話しが通じやすいとあって、率先そっせんしてのこちゃんの面倒めんどうを見てくれたのだ。


もちろん、くだんの特撮ヒーロー作品による英才教育も、のこちゃんが楽しく過ごせる様にというきょう姉さんなりの気遣きづかいであり、その一環いっかんなのである。


幸か不幸か、ヒーロー作品三昧ざんまいを嫌がって逃げ出さずに、嬉々ききとしてそれに応えてしまったのこちゃんには元々素質そしつそなわっていた訳なのだが、それが『チャムケアシリーズ』と出会う切っ掛けにもなった。


まさしく運命だったに違いないと、お皿をならべながら、のこちゃんはうなずいてみる。


ちなみに、のこちゃんの部屋にある液晶テレビと録画機は、きょう姉さんのお下がりである。


それまで何を視聴するにしてもきょう姉さんの部屋で一緒にだったのだが、チャムケアと"運命の出会い"をした際に自分専用の物が欲しいと相談したところ、新調しんちょうする予定だったからと言ってのこちゃんにラックごとくれたのだ。


あの時は、本当にうれしかった。


おかげで、のこちゃんが初めて第1話からリアルタイム視聴しちょうしたシリーズ第12作目『Joy!フロイラインチャムケア』以降いこうは、充実した録画ライフを実現できている。


「……これが天国か」


何度でもおのれの意のままにチャムケアが視聴しちょうできるとあって、素朴そぼくに、そして心の底から感嘆かんたんの言葉がこぼれる。


いまだに、自室へ録画の環境かんきょう導入どうにゅうされた当時を思い出すと、顔がにやけてしまうのこちゃんであった。


もちろん、大切な録画データのバックアップは面倒めんどうがらずにしっかり取れという、きょう姉さんのきびしい教えもしっかりと実行し続けている。



キッチンと居間には、まだ祖父ときょう姉さんの姿は無い。


祖父はお休みの日だと寝坊しがちであるのだが、きょう姉さんの場合、現在も自室のテレビの前にいると確信かくしんするのこちゃんである。


のこちゃんにとってのチャムケアが、きょう姉さんにとっての特撮ヒーローなのだ。


とは言え、じきに祖父ときょう姉さんもキッチンに来るだろう。


食事を済ませたら、のこちゃんは出かける準備もしなくてはならない。


その事を二人とも知っているからだ。


「のこちゃん、先に食べる?」


「待つよ」


「そう?」


キッチンにあるダイニングテーブルへ4人分の食器をならべ終えたのこちゃんは、いつも自分が座っている椅子いすを引くと、今日放送されたチャムケアの事を思い返しながら席に着く。


そう言えば、番組内で告知されていた春恒例はるこうれいの劇場版公開に友だちをさそえたなら楽しそうなのだが、のってくれそうな相手は誰だろう。


ちゃんと朝早く起きる日曜日には、そんな事を考えられるくらいの余裕よゆうがあるのだ。



――――――――――――――――



剣道教室は、公営の体育館ではなく、公民館にある広い一室を板張いたばりの道場にあつらえた場所で行われる。


道場は、建物の1階で窓も大きく、開閉可能かいへいかのうなので換気かんきも十分、それなりに天井てんじょうも高いため圧迫感あっぱくかんも無い。


道場といっても、普段はダンス教室やら演劇えんげき稽古けいこやらで使われていて、用途ようと様々さまざまだ。


集合時間より少し早いとあり、教室に参加するメンバーものこちゃんをふくめて、まだそんなには集まっていなかった。


「今日のチャムケア見た?」


「見てねぇっつってんだろ」


のこちゃんがしれっと始めた話題にハイハイソウデスネといった面持おももちでいなすのは、同級生で友だちの 大賀美おおがみ宿福すくね だ。


残念ながら、チャムケア視聴しちょうからは卒業ずみである。


毎週、剣道教室に来るたびに繰り返されるたわいないボケとツッコミの様なものなのだが、のこちゃんは割と本気で宿福すくねがいつかチャムケアに戻って来るかもと希望を持っている。



宿福すくねは、のこちゃんが中学に入ってからの友だちで、強気な上に思った事がすぐ口から出てきてしまう豪速球ごうそっきゅう系女子である。


それは歯にきぬ着せぬ裏表の少ないまっすぐな性格とも言え、ときに大人から反抗的はんこうてきなレッテルをられやすいものの、友だちとして付き合いやすい正直さでもあった。


背の高さはのこちゃんよりも大きく、本人の運動好きも手伝って、のこちゃんが知る限り特に運動部関係の友だちが多い模様もようだ。


整った顔立ちと生来のやや茶髪ちゃぱつが印象的でヤンキー系に誤解ごかいされがちなのだが、上の兄弟がいて幼い頃はヒーロー作品からチャムケアまで一通り見ていたからなのか、悪い事や筋の通らない事を嫌う。


これが所謂いわゆる情操教育じょうそうきょういく賜物たまものってやつだろうか?と、のこちゃんは、常々つねづねこの絶妙ぜつみょうなバランスで成り立つ宿福すくねの性格に感心しきりだった。


同じ剣道教室に通っていると言っても、さほど運動が得意でもないのこちゃんと宿福すくねの気が合うのは、やはりチャムケアやヒーロー作品で熟成じゅくせいされた熱いたましいを持つ者どうしだからなのかも知れない・・・


と、主にのこちゃんが思っている。



「あたしが見てたのは"バシバシ!チャムケア"くらいのころだな。その後は全然わかんねーよ…

ああ、いや、"スマッシュチャムケア"だったかを別のチャンネルで、同じ頃に見たかな?」


「『スマッシュチャムケア!』良いよね。丁度ちょうどシリーズでもキャラの絵柄えがらが変わって、歴代チャムケアが総登場そうとうじょうする劇場版長編の『プロフュージョンフラワーズ』もこの年から・・・」


「あー、うるさいうるさい」


宿福すくねがチャムケアに戻って来るという希望を持っていると言うより、突破口とっぱこうを見つけては、前向きにそそのかそうとするのこちゃんである。


そうなってくれれば劇場版チャムケアシリーズにもさそいやすいし、恐らく身近な理解者りかいしゃとしては、理想的りそうてきな存在に違いない。


チャムケアは絶対にくじけないのだ。


「そう言えば、のこは、京華きょうかさんと一緒いっしょに来なかったのか?」


友だちの厄介やっかい暴走ぼうそうさえぎる様に、宿福すくねは強引に話題を変えた。


「きょう姉さんは、さっき仕事先から電話がかかってきて、そっちに行ったよ。何か用事をませてから、こっちにも来るってさ」


「あー、おくれてんのか」


きょう姉さんは、学生時代に取った杵柄きねづかでこの剣道教室を手伝っていた。


聞いた話では、大学の部活で参加した、一般もふくめる公式の大会にて武道館決勝まで行ったらしい。


のこちゃんを剣道教室へさそったのもきょう姉さんである。


きょう姉さんは、のこちゃんにとって剣道教室のコーチでもあるのだが、しである「時空刑事じくうけいじシリーズ」の必殺技が剣主体な事を考えると、どういう腹づもりで剣道に取り組んでいたのか何となくさっしがついてしまう。


事実、きょう姉さんとかかり稽古げいこを始める前、時空刑事じくうけいじが必殺技をり出す際に剣を発光させるシャイニングソードのそぶりをのこちゃんがやってみせると、ノリノリのキレッキレな別のりで返してくるのだ。


確かに、全身を防具で包む剣道の競技スタイルは、変身した気持ちになるのかも知れない。


稽古けいこ中にきょうが乗ってなのか、のこちゃんを相手にヒーローショーまがいな殺陣たて披露ひろうして教室を脱線だっせんさせてしまい、先生に怒られた事も一度ならずあった。


そんなきょう姉さんであるから、教室に通う他の子供達には何のマネか通じていないながら、ヒーローっぽくてカッコイイと好評こうひょうを受けている。


宿福すくねも、流石さすが、のこの叔母おばさんだなと言って笑うあたり、きょう姉さんを気に入っているらしかった。


「あ、更衣室こういしつ開くみたいだよ宿福すくねちゃん」


「おう」



剣道教室の先生が更衣室こういしつかぎを管理しているので、先生が到着とうちゃくするまでは、中のロッカーが使えないのだ。


ロッカーは二人で一つずつ使えるきまりになっており、当然のこちゃんと宿福すくねが一緒である。


着替えた服と貴重品きちょうひんなども入れて、教室が行われている最中さいちゅうは、それぞれのロッカーにもかぎをかけてしまう。


チャムケアシリーズ2作目『チャムケア!マーベラス・ハウル』は、1作目の純粋な続編であり、新たに加わったパートナーと二人でチャムケアに変身する設定となった。


二人がそろわないと変身出来ないとあって1作目とまた違うピンチの演出が作品のはばを広げ、放送当時は前作のままで良かったというファンの声が少し聞こえたらしいものの、大凡おおよそ好評で劇場版も2つ作られたほどの人気ぶりである。


のこちゃんがロッカーの使い方がそれに似ていると言えば、宿福すくねもこいつはしょうもないなと遠い目をしつつ、ハイハイソウデスネといつも通り受け流して着替えを進める。


「そう言えば、のこは基礎化粧きそけしょうとかどうしてんだ?」


「えー、お化粧けしょうなんて、まだ何もしてないよ」


「ばーか、基礎化粧きそけしょうはメイクとかと違うんだよ」


「あっ、チャムケアでもメイクをテーマにした作品が…」


「うるさいうるさい」


繰り返されるたわいないボケとツッコミの様なものは、そんなひとときこそが、のこちゃんと宿福すくねにとって大好きな日曜日午後の過ごし方なのだろう。


二人の顔は笑っていた。



――――――――――――――――



結局、仕事先のゴタゴタが終わらずにきょう姉さんが剣道教室へ来られなかったので、のこちゃんをはじめとする参加者たちは先生の指導しどうで時間通りに稽古けいこを終わらせた。


中にはもの足りない顔をした子供たちがいたものの、これが本来の剣道教室である。


とは言え、のこちゃんもきょう姉さんがいた方が楽しいので、気持ちは分かる。



やはり、きょう姉さんのお下がりであるのこちゃんのMyPhone(マイフォン)には、きょう姉さんの断末魔だんまつまがショートメッセージで送られてきていた。


「きょう姉さん、良い人だったのに………」


「いや、京華きょうかさん、生きてんだろっ」


「のこちゃん、すくねちゃん、剣道終わったみたいだね?」


のこちゃんと宿福すくねがMyPhone(マイフォン)の画面を見ながら公民館の前でかわいた笑いをこぼしていると、道なりに歩きながら二人へ手をって声をかけてきた者がいた。


声の方へ視線を向ければ、そこには、宿福すくねと同じく同級生で友だちの 諏訪すわ愛茅まなち が近づいて来るところだった。


背はのこちゃんと同じくらいか少し高めで、ふんわりとした毛質の黒髪をテキトーに、それでも耳が隠れてしまう程度ていどにボリュームを残して短く切りそろえている。


ややキノコっぽい印象ではあるのだが、寝癖ねぐせにさえ気を付ければ、面倒めんどうが無いから楽で良いらしい。


この年代の少女らしく全体的に少しふっくらしているものの、目も大きく、愛嬌あいきょうのある顔立ちである。


いつも何かしら本を読んでいる様などちらかと言えばのこちゃんがわの目立たない系女子なのだが、今日は全体的に水色が晴れやかで、どこかお洒落しゃれ格好かっこうをしていた。


せっかくの日曜日なので、お出かけしていたのだろうか。


「あ、まなっちゃん」


「よぉ、まなち」


学校では、宿福すくね愛茅まなちがのこちゃんにとって一番の友だちなので、一緒いっしょにいる事が多い。


「いやぁ、大型書店めぐりで都内へ足をばそうと思ったら電車がだめでね、しかたなく駅前の本屋をのぞいて帰って来ちゃったよ」


「ああ、朝のニュース番組で見たよ。

電車一本で都心へ出れても、その電車がだめだと、あたしたちじゃどしょうもないよねぇ」


中学生の身では、家族に車を出してもらうか、電車より割高なバスを乗りえて行くしかない。


そう言えば、のこちゃんが小さい頃に住んでいた都内のアパートからは都庁の建物も近くに見えていた記憶があるので、電車が止まっていても何とかなっただろうか。


「まなち一人で行ったのか?」


「ああ、ひなちゃんも一緒いっしょだったけど、ここに寄り道するって言ったら、用事があったみたいで帰っちゃったんだよ」


「うすか。何かあいつに、けられてる気がすんな」


「そんな事無いよ。ひなちゃん、良いだよ?」


ひなちゃんとは 宇須うす陽菜ひな といい、やはりのこちゃんの同級生で友だちである。


確か、愛茅まなち陽菜ひなは読書仲間で、時々一緒いっしょに本屋さんを回っていると以前のこちゃんは聞いた事があった。


「それでどうしたの、まなっちゃんは、あたしたちに用事?」


「うん、本当にこのまま帰るんじゃ物足りなくてね…二人ともひまなら、どこか寄って行かないかい?」


のこちゃんと宿福すくねは、愛茅まなちさそいに顔を見合わせて、じゃあそうしようかと公民館を後にした。



そば屋のチェーン店である海畑うみはたそばにしようという宿福すくねの主張は即刻そっこくのこちゃんと愛茅まなちから却下きゃっかされ、同じチェーン店でも無難ぶなんなハンバーガーショップの店内席へと三人は腰をえた。


「天ぷらうどんな感じだったのになぁ……」


「まぁほら、食べ終わって即退店そくたいてんだと、ろくにおしゃべりできないだろ?」


白身魚のフライをはさんだバーカーにかぶりつきながら愚痴ぐち宿福すくね愛茅まなちなだめる横で、のこちゃんはチョコ味のシェイクをすすりつつ、春の劇場版に二人をさそったら付き合ってくれるだろうか?と考えていた。


勿論、チャムケアの話である。


「そう言えば、二人は連休の予定って何か考えているのかい?」


おおそれだよ!と目をかがやかせたのこちゃんに気が付いた愛茅まなちは、苦笑にがわらいしながらチャムケア映画は考えておくよと前置きして、別の計画を提案ていあんした。


「都内の方は最近変な事件や事故が多いし、たまには山の方へでも遠出とおでしないかい?」


「ん?ああ、天気が良けりゃあ、別にいいよ」


「なぜわかった」


「ほら、わたしたち二年生になってクラスが別れちゃっただろ?」


「そっか。のことは剣道教室があっからまだ良いけど、まなちは、たしかになぁ」


「そうそう、チャンスがあるならイベントの一つも欲しい所じゃないか」


若干リアクションのおかしいのこちゃんにふたた苦笑くしょうしつつも、愛茅まなちは、話を進める。


宿福すくねが言う通り、確かにのこちゃんと愛茅まなちは、二年生になってから休み時間に会うくらいの小さな接点せってんしかなくなっていた。


「そうだ。せっかくだし、うすも引っぱって来いよ、まなち」


「それはかまわないが、すくねちゃん、何か悪い顔してるよ?」


中学へ上がり、たまたま同じクラスになって、どういう訳か馬が合った宿福すくね愛茅まなち一緒いっしょにいるのは自然で楽しかった。


そんな愛茅まなち一緒いっしょにいたいと言うのなら、まぁ、春の劇場版は後でも良いかなと思うのこちゃんである。


特に現在いまは、都内方面の電車が止まったりするのも不安であるし、少し時期をずらして、きょう姉さんに相談をして車を出してもらうのもアリなのかも知れない。


それにしても、山の方へ遠出となると、やはりハイキングだろうか。


のこちゃんも、ひとまずチャムケアについてはわきに置いて、愛茅まなち宿福すくねの会話に加わる事にした。


こうしたものは、あれやこれやおしゃべりしながら、予定を考える時間が一番楽しいのだ。



――――――――――――――――



名残なごりしい日曜日の終わりには、自室の文机ふみづくえよく月曜日の時間割を確認かくにんして教科書やノートに資料集等をそろえ、きっちりと準備するのがのこちゃんのつねである。


当然、宿題も忘れない。


正直に言えば学校の勉強は得意とくいではないものの、引き取って可愛かわいがってくれる家族の顔にどろる訳にいかないので、佐橋の家へ来てからというものできるだけがんばっているのだ。


お世話になっている人へのおんあだで返すなと、物心ついたころからお父さんに唯一ゆいいつきびしく教えられた事を、かたくなに守っている。


のこちゃんにとってそれは、剣持けんもちとらの名前と同じ様に、数少ないき両親とのつながりでもあった。


まだ小さなころ、両親と共に過ごした都内のせまい部屋を、のこちゃんはぼんやりと憶えている。


しかし、今思うとアパートの一室なのだろうが断片的だんぺんてきで、住んでいたその正確な場所はもう分からない。


都庁の建物がそれなりに近く見えた記憶から、恐らく副都心の、新宿しんじゅく何処どこかなのだろう。


現在いまののこちゃんは、新しい家族にも良くされ、友だちにも恵まれて幸せだと思う。


ただ、その断片的だんぺんてきな記憶にもまた、現在いまおとらない多幸感たこうかんが満ちているのである。



トントン


のこちゃんが準備を終え、就寝しゅうしんするべくパジャマに着替えようとした時、部屋のドアからノックが聞こえた。


「いま良いかな?、のこちゃん」


祖父である。


着替えたらおやすみなさいの挨拶あいさつを居間へしに行くのがのこちゃんのつねなので、祖父の方から部屋へおとずれるのは、少し意外だった。


祖父は、祖母より十歳じゅっさいくらい年上としうえと聞いている。


頭髪とうはつ眉毛まゆげすでにまっ白なものの、背筋がしっかりびた姿勢しせいの良さで、普段から快活かいかつに笑う明るい人だ。


「何?おじいちゃん」


なんだろうとドアを開けると、まゆを八の字にして、何やらこまった顔の祖父が立っていた。


のこちゃんの"なんだろう?"は、さらに大きくなる。


祖父はどう話を切り出そうかと迷ったらしく、しばらくあーとかえーとかうなった後で意を決した様に話し始めた。


「実はね、のこちゃんのお父さん側のご親族しんぞくから、連絡れんらくが来てね・・・」


「え?……」


祖父の話が意外な方向からだったので、のこちゃんはどう反応して良いか分からず、つい固まってしまった。


「のこちゃんと、二人だけで面会したいそうなんだよ」


「……お父さんの?」


「お兄さん、つまり伯父おじさんだね」


亡くなったのこちゃんのお父さんは、古い任侠道にんきょうどうの一家にお世話になっていた、平たく言えばやくざ者であった。


幼いのこちゃんを残してったのも、そのやくざな関係で事件に巻き込まれたからと聞かされている。


しかし、それはのこちゃんが小学校へ上がる前の事、昔の話だ。


のこちゃんが佐橋さはしの家に引き取られた時も、父方の干渉かんしょうが無かったのは、理由が理由だけに母方へ全面的にたくす形になっていたからである。


伯父おじさん……」


「それが、向こうさんが言うにはね……」


何故なぜ今頃いまごろになって自分と会いたいのだろうか、そうぼんやり考えてしまって続く祖父の言葉が頭に入ってこないのこちゃんであった。

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