メイズ・ブラック・ガール
竜胆マサタカ
1
そんなこんなで、メイコちゃんは異世界ダンジョンに囚われてしまいました。
「はぁ!? え、ちょ、何ここ!?」
転生トラックに轢かれたわけではありません。あれは運転手のことを考えると胸が痛みます。
妙に腰の低い新米ゴッドの手違いで死んでしまったわけでもありません。神にとってはミミズもオケラもアメンボも人間も同じ塵芥です。
自分達の都合ばかりを押し付ける無能国家の召喚術式に引っ掛かったわけでもありません。ああいった行為は勇者召喚ではなく奴隷召喚に改名すべきでしょう。
正味、語るほどの理由や経緯は、特にありません。
デウス・エクス・マキナに於いて、順序立った伏線やストーリーなど不要なのです。
そもそもホモサピエンスとは、産まれた時から人生という名の迷宮に囚われている哀しきモンスター。
そうです。人生もダンジョンも何ひとつ変わらないのです。
つまり地球の現代日本に居ようと異世界ダンジョンに居ようと、その本質は全く同じなのです。
「ざっけんな! どこの誰だよ、こんなとこに閉じ込めやがって! アタシが誰だか分かってんのか!?」
メイコちゃんはメイコちゃんです。それ以外の何者でもありません。
お金と権力を持っているのはメイコちゃんではなく、メイコちゃんのパパです。社長です。
そしてメイコちゃんのパパは、メイコちゃんのグランパから会社と資産を継いだだけの七光です。本当に凄いのはグランパなのです。
さて。これからメイコちゃんにはダンジョンに挑んで貰うのですが、困ったことに喚き散らすばかりで一歩も前に進もうとしません。
悪い方の意味で、まさしく今時の若者を象徴した姿です。
周囲に不平不満を押し付ければ誰かが世話を焼いてくれると、どうやら本気で考えている模様。
「マジでブッ殺──きゃあああああっ!!」
でも大丈夫。
メイコちゃんは豹柄が似合うパツキン黒ギャルでありながら、雷が大の苦手という無駄なギャップの持ち主です。
なので目の前に雷を落とせば静かになります。
非道でしょうか。いいえ。メイコちゃんはオタクに厳しいタイプのギャルなので、大体の理不尽は合法です。
六法全書の最後の方にも、ハッキリと書いてあります。
「うぅ……なんなのマジ、あり得ねーし……」
一般的な成人男性よりも背の高い身体を丸め、恐る恐る歩くメイコちゃん。
よっぽど雷が怖かったのか、今にも泣きそうです。
「?」
と。またも立ち止まってしまいました。
早くも二発目のサンダーボルトが火を噴く時でしょうか。
「うえ、何あれ……」
ゴキブリでも見付けたような顔。
その視線の先には、一匹のモンスター。
滑らかな石造りの床を這う、泥に似た粘液。
アメーバではありません。スライムです。
正直、双方の違いはよく分かりませんが、世の中そんなものです。
「キモ……無理無理、あんなのに近付くとか絶対無理……」
二の腕に鳥肌を立たせ、退くメイコちゃん。
しかし、そうは問屋が卸しません。
「え、え!? な、なんで来た道が無くなってるのよ!」
このダンジョンは一本道です。
どこまで行っても一本道です。
引き返すことは出来ません。
振り返れば、そこにあるのは綺麗な絵が描かれた壁です。
どんなに思い出が美しくとも、過去に戻ることなど出来ないのです。
そして後ろばかり振り返っていては、足元の小石に躓くのは必然と言えるでしょう。
「きゃあぁっ!?」
絹を裂くような悲鳴。
スライムがメイコちゃんに飛び掛かったのです。
「が、がぼ、んんんんっっ!!」
顔面に張り付き、鼻と口を塞ぐスライム。
息が出来なくなったメイコちゃんは、半ばパニックを起こしながらも引き剥がそうと暴れます。
けれど人間は無力なので、どうにもなりません。
瞬く間に酸素を使い果たし、抵抗は痙攣へと変わって行きます。
──しかし、人死になど以ての外。
このダンジョンの創造主は慈悲に手足が生えたような人格者だったため、ここで誰かが死ぬことは絶対にありません。
苦しみのピークを越え、白目を剥きかけた頃合い、メイコちゃんは解放されました。
「げほっげほっ! はあっはあっはあっはあっ!」
咳き込みながら、小刻みに呼吸を繰り返すメイコちゃん。
スライムは逃げて行きました。
彼女の勝利です。
ちなみにあのスライムの粘液は人体に優しいため、触れても肌荒れの心配はありません。
なんと食べても大丈夫です。
すごいですね。
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