第3話
部屋へ着くなり、剛介はついと伊都の腰に手を伸ばして、その体を抱き寄せた。二人が湯に浸かっている間に、部屋には、二組の布団が既に敷かれていた。
あの遊女の言葉ではないが、二人の今晩をお膳立てするかのような設えだった。そして、剛介も間違いなくその気になっている。その事実に改めて気づくと、久しぶりの夫婦だけの時間に、伊都は胸が高鳴るのを感じた。
剛介が顔を近づけて唇を重ね、舌を絡めた。
「ん……」
思わず、熱い吐息が漏れる。
夫婦になってからというもの、体を重ねたことは数えるほどしかない。夫婦の営みに遠慮があるのか、それとも興味がないのか判じ難かったが、こうして伊都を抱こうとする所を見ると、やはり夫も男だったということだろう。
「夫婦になったのに、なかなか構ってやれなくてすまない」
剛介が、伊都の耳元でそう囁いた。その吐息すら、心地よく感じる。
「いえ、伊都は分かっていますから」
伊都がそう答えると、剛介は布団に伊都を押し倒した。剛介の体は小柄にも関わらず、筋肉がしっかりついているため、見た目より重い。遁
浴衣の下にするりと手を忍ばせ、伊都の胸元を探っている。乳房が撫で回される感覚に、伊都の体に電流に撃たれたような衝撃が走った。思わず身を捩らせると、剛介はますます伊都の体に覆いかぶさった。
伊都の浴衣の裾を割って、剛介の手が伸びてくる。伊都のそこへ手が伸びると、反射的に、下半身に力が入った。
剛介の指が入ってきて、とりわけ敏感な部分を刺激する。自分でも触れたことのない場所への愛撫は、伊都には刺激が強すぎた。
水っぽい音が室内に響き始め、さすがに気恥ずかしい。だが、そんな伊都にお構いなしに、剛介はそこを一心に責め続けている。そっと目を開いてみると、剛介の面持ちは真剣そのものだった。
水音が高くなるにつれて、下半身にじんわりと快感が広がっていく。自分の中心が潤っているのは既に感じていて、そんな自分の体の変化を剛介に見られているのかと思うと、ますます感情が高ぶった。
「あ……」
快感のあまり、思わず閨声が漏れて慌てて口を抑える。剛介も、驚いたように一瞬動きを止めたが、微かに口元に笑みを浮かべると、そっと伊都の耳に息を吹き込んだ。
「我慢しなくていい」
「我慢だなんて……」
はしたない、とは思う。だが、夫に抱かれるというのはやはり特別だ。先程までやや強張っていた体は今や動きを変え、剛介を受け入れる準備が整っていた。
「剛介さま……」
怒涛のような快感の波がやってきて、伊都を襲う。そのめくるめく快感に身を委ねたかと思うと、体の奥が震えるのが分かった。
眼の前の伊都の変化に、剛介も興奮を抑えきれなかった。日頃は兄妹であった頃と変わらない接し方をしているが、結婚以来、伊都は確実に色っぽさを増した。先程の男たちが伊都に目をつけるのも、分かるのである。
今日など、どこで教わってきたか白い項を顕にし、剛介を待っていた。あれでは、他の男たちの欲情を駆り立てるではないかとひやりとし、思わず羽織っていた丹前を掛けてやった。だが、欲情を駆り立てられたのは、自分も同じだ。
その伊都は今、目の前で快感に打ち震えながら体を濡らしている。女はこうも変わるものかと、驚きを隠せない。世の中の男たちが女に夢中になるのも、分かる気がした。何と蠱惑的な生き物なのか。
そして、伊都が受け入れようとしているのは、自分だ。
かつて、男女の情事というものは子供を作るための手段と思いこんでいたが、そればかりではないのだというのを、今は感じていた。自分を求められているとなれば、それに応えてやりたくなる。眼の前の伊都が正にそうであり、今までにも増して愛おしさが募る。
結婚してまもなく一年になるが、男女の情というものを、自分はまだ理解していなかったのかもしれない。
(本当に、罪なことをしてくれる)
日頃は自制して子供が出来ないようにしていたが、今晩ばかりは、この色っぽい肢体をずっと見せつけ られている。まだ若い剛介としては、我慢ができるはずがなかった。
「伊都。いいか」
「……はい」
既に猛っていた自身を、伊都の両足の間に充てる。
そのままゆっくりと腰を沈めると、伊都のじんわりとした温かさが伝わってくる。
束の間じっとしていたが、剛介自身も高ぶりを覚え、やがて動かし始める。伊都の中で擦れる感覚はそのまま心地良い刺激となって、脳天が痺れるような快感に襲われる。
早く達してしまいたいような、もう少し伊都の体を堪能したいような葛藤を、剛介は味わい続けた。
伊都も快感に耐えきれないのか、時折、喘ぎ声を上げている。
伊都の喘ぎ声はか細いながらも、剛介の耳にはしっかり届いていた。それがまた、新たな興奮を呼び起こす。
「あっ……」
再び、伊都の体が震え、剛介のそこが接している部分からは、微かに痙攣が伝わってきた。それが引き金となり、我慢が限界に達した。剛介も一瞬顔を歪め、伊都の体の奥に生命を注ぐ。
精を放った後、剛介が目を開くと、伊都は気を失っているようだった。慌てて妻の頬を軽く叩いた。
「伊都、伊都」
呼びかけると、うっすらと伊都が目を開いたのを見て、剛介は安堵した。伊都が気を失っていたのは、ほんの一瞬だったようだ。
「剛介さま……」
呼びかける声も、どことなく今しがたの名残を感じさせた。
「気持ち良かった?」
「剛介さま、意地悪です」
伊都は、そう言うと顔を真っ赤に染めた。先日、登美子が「夫婦としての情を交わすのも大事」と言っていたが、今は確かに「夫に愛されている」という実感があった。
剛介も、腕の中にすっぽりと収まる伊都の体の温もりを、じっくりと噛み締めた。日頃は学業で忙しいが、伊都は剛介の大切な宝物だ。
十四の時に会津へやってきてから、気がつけばいつも側に伊都がいた。あの時十歳だった少女は、美しく成長して剛介の妻となった。
剛介の妻となってからも、伊都は剛介を一心に思い、学業で疲れていると見ればさり気なく茶を入れ、食事の膳に山の芋を求めてくることもあった。特に性的な意味があったわけではなく、疲れている剛介の体を思いやってのことだったろう。
先日、「東山の出湯に行きたい」とねだられたときは驚いたが、今は来て良かったと思う。結婚したものの、学業優先の剛介に構ってもらえず、伊都も寂しい思いをしていたのだろう。たまには、学業から離れて自然のままに妻の相手をするのも悪くない。
「もう一度?」
伊都が驚きに目を見開く。
「剛介様、いつになく積極的ではありませんか?」
日頃は、家にいても伊都に手を伸ばすことは少なかった。
「私の事を抱くのは、興味がないのかと思っていましたのに」
伊都の言葉に、剛介は顔を赤らめた。
「伊都を抱くと、自分の欲望が抑えきれなくなる」
夫のあからさまな告白に、伊都も顔を赤くした。だが、こうした告白が聞けるのも、自分が妻の立場だからなのだろう。あのまま兄妹の関係でいたのならば、剛介の「男」としての告白を聞く機会は、なかったはずだった。
やはり、そうした関係は実兄である敬司とは違っていて、紛れもなく夫婦の呼吸だった。
返事代わりに、伊都は今度は自分から剛介に口づけた。剛介もそれに答えるように、再び舌を絡め、伊都の官能をくすぐる。
先程絶頂に達した伊都の体を再び愛撫する剛介の手は、優しい。優しいながらも、伊都の感じやすい箇所を確実に探り充てて、再び伊都の体は濡れ始めた。
今度は伊都にも多少の余裕が生まれ、剛介の愛撫に答えるように腰をうねらせた。
剛介も、時折伊都の肌に口づけながら、徐々に伊都の体に身を沈めていく。伊都のそこは先程の残滓があるはずだが、それにお構いなしに、剛介の動きは激しさを増していった。
やがて、伊都の体の奥に変化が生じた。今や剛介の全てを飲み込もうとするかのように、伊都も自分の奥が大きく口を開けているのを、感じた。
「伊都……」
切なげに、剛介が囁いた。伊都はその唇を自分の唇で塞ぐと、再び快感の渦に身を委ねた。
体の奥に、熱い液体が注ぎ込まれる。剛介のそこが脈動するのを確かに感じ、伊都はさらに密着させようと、身を反らした。
「凄かった」
剛介のぽつりと呟いた言葉に、伊都は思わず視線を泳がせた。自分があれほど乱れるとは、未だに信じられない。それくらい、剛介の愛撫は強烈な快感をもたらした。
胎内の奥では、まだ剛介の生命が残っているように感じられた。
「そうさせのは、剛介様でしょう?」
伊都の小さな反撃の声に、剛介は口元に笑みを浮かべた。
「違いないな」
さすがに疲れたらしく、剛介の手元はもう悪さをしようとはしなかった。だが、その眼差しは優しい。
「あれほど良いものならば、もっと、早くから夫婦の事をしておいても良かった気もする」
「今更、何を仰います」
伊都は、軽く剛介の人差し指を噛んだ。自分がどれだけ寂しい思いをしていたと思っているのか。そんな伊都の寂しさに気づかないふりをして、剛介は伊都の腰を抱き寄せた。
「まさか、義父上の側で抱くわけにもいくまい」
そう言われると、伊都も反論しようがなかった。
「敬司兄様ならば、父上にお構いなしに妻を抱くのでしょうけれど」
伊都はそう言って笑った。一番上の兄が女遊びに長けているのは、江戸にいる時分からちゃんと知っていた。伊都が子供だからといって、敬司は気づかれていないのだろうと思っていたようだが。
「やはり、女は早熟だな」
剛介がしみじみと呟いた。伊都は今年十五だが、同じ年の頃の剛介は、南学館で丸山胤孝に学問を習うことに夢中になっていたのではなかったか。だが、十四で戦場に立った夫は、どこか歳の割に老成しているところもあった。
先程、剛介から注ぎ込まれた生命は、芽吹くだろうか。まだ確定したわけでもないのに、伊都は剛介の子が生みたいと思った。
剛介が会津に来てから、今年で五年。二本松のお人だというのは分かっているが、まだ会津に対してよそよそしさを感じる。今日の年相応の振る舞いを見ていると、日頃の老成した雰囲気は、夫なりの会津で生き延びていく為の処世術なのだろうと感じた。
「剛介様は、御子がほしいと思いますか?」
伊都の質問に、剛介は困ったような表情を作った。
「我が子、か……。想像したこともなかった」
それはそうかもしれない。まだ十九であり、父親になるには若干早い気もする。まして、学生の身だ。
「伊都は、子供がほしいのだろう?」
「できれば」
剛介に似た子供を、この腕に抱きたいと思う。
剛介はこつんと額を伊都の額につけると、「できるならば、男がいいな」と言って笑った。
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