マフラーの優しい物語

夢色ガラス

大切なマフラー 優しい気持ち

 私は大切なマフラーを持っている。つけると、毛布みたいな柔らかい感触。純粋な白色にはポツポツと水色の雪が舞っている。お母さんが小学生になるお祝いでくれたもので、中学生になった今でも大切に使っている。お母さんの匂いがしてホッとするの。私の唯一無二の宝物。


 なのに…。


「なくした!?」

 お母さんの悲痛な叫びがこだまする。そう、宝物のそれを、なくしてしまったのだ。お母さんは、私がマフラーをずっと愛用していることを知っているからこそ、怒っていた。

「……」

 私は、険しい顔をするお母さんに、目に涙を浮かべながら状況を話した。


 今日の朝のことだった。雪が降っていて、震えてしまうほど寒い日だった。学校があるため、朝早くに起きると…。お母さんが開けてくれたカーテンから覗く空は、グレーとも白とも言えないような色をしていた。布団をどかすと…あまりにも寒かった。私はひぃっと意味不明な言葉を発しながらもう一度布団の中に入った。

「あと5分だけ、あと5分だけ…!」

 そして、眠ってしまったのだ…。


「ちょっと!もう行く時間よ!?まだ寝ていたの!?」

 強い力で夢の中にいる私を起こしたのは、お母さんだった。急いで準備をして、服を着て、髪を結んで…。家を出たときには遅刻ギリギリになっていた。どれだけ急いでいても、マフラーだけは忘れない。首に巻くと、行ってきますも言わずに走り出す。私は部活動をやっていないので、走ったのは久しぶりだった。息も上がって、寒いはずなのに身体がポカポカしてきた。走れ走れ走れ!体にそう言い聞かせたおがげもあってなのか、無事遅刻せずに学校に着くことができた。

「あれ?いつも着けてるのに、今日マフラー無いね。」

 友達のその声を聞いて、私は真っ青になった。急いでいたのでなくなっていたことに気付かなかったのだ。取りに行こうとした時には、始業のチャイムはなり終わっていた…。


「帰りも一生懸命探したの!でも…でも、無かったの!」

 涙が溢れる。お母さんは聞いているうちに可哀想になってきたのか、私の頭を優しく撫でていてくれた。

「そうだったのね…。もう一回、探しに行こっか。ね?」


 ということで…。お母さんは車を出してくれた。私は腫れた目にいつだったかケーキを買った時に付いてきた保冷剤をあてた。お母さんは無言で私の好きな音楽を流してくれた。いつもはこんなことしてくれないのに。お母さんの温かさに胸がギュッてなった。私のために動いてくれて、ありがとう。


「ないねぇ…。違うとこも見てみよう!」

 お母さんの声を聞きながら、熱心に探し回る。


 すると…。


「あった!!!」

 私は大声でそう言った。近くを通ったランニング中のおじさんに睨まれた。でも…う、嬉しい!!!良かったぁ。私のマフラーは、丁寧にたたまれて、柵の上に置いてあった。ホッとして涙が溢れる。お母さんは私を見てふふふと笑った。マフラーには泥ひとつ付いていなくて、私が落とす前の状態と同じだった。

「よかったぁぁぁ。」

 ギュウッと宝物を抱き締めると、マフラーから何かが落ちた。お母さんがそれを拾う。手紙、みたいだった。汚いけど、一生懸命書いたと分かる真ん丸の字だ。


『こんにちは、僕はどうぶつです。このまふらーをかりました。さむかったから、かりました。僕はけがわがあるからあったかいっていわれているけど、ホントはちがうよ。もふもふまふらーだったから、きもちよくてもらっていっちゃおうかなっておもいました。でも、ママがだめだよっておこったのでかえしにきました。僕たち動物はかいものにいけないのであったかいものをもってないんだよ。でも、かってにかりちゃってごめんなさい。』


「……」

「……」

お母さんとふたりで顔を見合わせちゃった。動物…ってホント?いたずら?

「ほんと、かな。」

私はお母さんに言った。泣いていたせいで声がいつもと違った。

「そうなんじゃないかな、だって下校中は無かったんでしょ?」

お母さんは優しく微笑んだ。本物だ、きっと本物。だってこんなに胸がポカポカして温かい気持ちになれるなんて偽物ならあり得ないでしょうっ?

「お母さん、この動物の子にマフラーあげてもいいかな。」

私は、自分で言ったことに耳を疑った。マフラーが恋しくて大泣きしていた私が、動物の子のためにプレゼントするだなんて!お母さんは私の肩に手を置いた。

「ふふ、いいと思うわ。きっとその子も欲しいって思ってるものね。」

私は自分のお気に入りのマフラーがその子のお気に召したのだと思うと嬉しくなってきた。私、この子にマフラーを使ってもらいたい!!!

「お母さん!紙とペンもってない?!」

お母さんはいつも持ち歩いてるわ、と言って青色のペンと真っ白な紙を渡してくれた。気持ちを込めて丁寧に書く。


『動物さんへ

こんにちは。私のマフラーはあったかかったですか?私のお気に入りのものです。でも私は買い物に行けるし、お母さんに新しいマフラーを買ってもらうこともできます。なので動物さんにこのマフラーをもらって欲しいと思います。大切に使ってくれるなら、私はとても嬉しいです。だからどうかこのマフラー、もらってください!』


書き終える。いいんじゃない?ふふふ、喜んでくれるかな。

「書けたよ。大切なマフラーがなくなっちゃうのは悲しいけど、動物さんがもらってくれる     なら嬉しいな。」

「そうね、いいと思うわ。」

お母さんが私の書いた字を見て言った。


すると…。


「ぼ、僕にくれるの?」

目の前に小さな動物が現れた。茶色で大きな体と、愛らしい緑っぽい色の瞳…。く、クマさんだ!手紙を書いてくれたのはクマさんだったんだ!お母さんは襲ってくるんじゃないかと身構えながらも、嬉しそうだった。

「あ、あげるよ!」

私は恐る恐るクマさんの首にマフラーを巻いた。

「あったかい…。」

クマさんの嬉しそうな声。私はクマさんをギュッと抱き締めた。


「-ーー……い!…さい!ーー…起きなさい!」


うわぁぁぁ!思わず叫ぶ。こ、ここはクマさんの腕の中ー…ではなくて、布団の中だった。お母さんが遅刻するわよ、と言いながら布団を奪った。さ、寒っ!

ピシャッ

カーテンを開けられる。灰色の空からは粉砂糖のような雪がハラハラとこぼれ落ちている。

「ゆ、夢…?」

慌てて通学カバンの中身を確認する。けど、マフラーはいつも通りの場所に入っていた。

「なにやってるの、早くごはん食べなさい!」

「お母さん、クマさんは!?」

「はぁ!?何寝ぼけてるの!ボケッとしてないで!さっさと準備して!」

どうやらクマさんとの思い出は…夢だったようだ。私はちょっとガッカリしながらも、マフラーがあってホッとした。夢で良かった。お気に入りのものなんて人にあげたくないもんね。

                            おしまい



















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