10.バレーの試合

 ゴールデンウィークも終わって、何日か経った土曜日。

 仕事を終えてアパートに戻ってくると、いつものように郵便受けを開けてみる。


「あっ」


 今日は何故か郵便物が多くて、バサバサと中身を落としちゃった。やれやれとしゃがんで拾う。すると後ろの方にまで飛んでいった手紙を、誰かが拾ってくれた。


「あ、すみませ……」


 そう言いかけて、私の心臓は多分一瞬止まった。た、拓真くんだ!


「園田さん、お帰り」

「た、たたたただいま! 拓真くんも今帰り?」


 うわわわー、不意打ち過ぎてどもっちゃったよ! 恥ずかしい!!


「うん、バイト終わったとこ。はい、これ」

「あ、ありがと」

「園田さんって、美樹みきって名前なのか。初めて知った」


 拓真くんが、私の宛名が書かれた手紙を見ながら渡してくれた。

 そう、私の名前は美樹って書く。

 でも……発音は、ミキじゃなくって。


「……園田さん? なんか元気ない?」


 私の態度が拓真くんを心配させてしまったみたい。

 けど、ミキじゃないよって、言えなかった。私は、自分の名前が嫌いだ。

 だから仲のいい友達でも、ほとんどの人に苗字で呼んでもらってる。


「ううん、大丈夫。連勤だったからちょっと疲れちゃって」

「そっかー、看護師さんって大変そうだもんな。そうだ、園田さんはラングドシャ好き?」

「え、ラング……ドシャ? 好きだけど…… 」

「じゃああげる」


 拓真くんはそう言うと、鞄の中から可愛い袋に入ったラングドシャを取り出した。

 それを、私の目の前に差し出してくれる。


「え? これ……」

「今日の実習で作った残りだけど、よかったら」

「わぁ……ありがとう、拓真くん!!」

「どういたしまして」


 優しく目を細めてくれる、拓真くん。

 ああ、もう……嬉しい!! お菓子、もらっちゃった!! それも、拓真くんの手作り!!


「じゃ」

「あ、拓真くん!」

「ん?」


 はっ、つい呼びかけちゃった。特に何もないんだけど。他になんの会話もないのは、寂しすぎるよ。


「あ、えーっと……今日もバレーの練習あるの?」

「ああ、うん。明日試合だしな」

「え、試合!? 拓真くんも出るの!?」

「出るよ。よかったら応援に来てよ。明日九時から市立の体育館でやるから」

「応援に行っていいの!? 私、完璧な部外者だけど……」

「全然問題なし! かわいい子に応援されたら、みんなの士気も上がるしな。大歓迎!」


 え、今……かわいいって言った?

 私のこと、だよね??

 わーー、嬉しい!!


「うん、じゃあ明日はちょうど仕事も休みだし、応援に行くね!」

「マジで!? よっし、じゃあ気合い入れて頑張っかな!」


 カンカンと階段を上りながら、そんな話をする。すっごい、すっごい楽しみ!!

 バレーをしてる拓真くんの姿を見たら、惚れちゃう自信あるよ。もう惚れちゃってるんだけど。


 拓真くんと別れて部屋に戻ると、早速もらったラングドシャを食べてみた。

 美味しい、涙が出るほど美味しい。美味しいしか語彙のない自分が恨めしいほどに美味しい!

 そして、明日が楽しみ過ぎる。

 その日、私はベッドの中で悶えながら眠りについた。


 翌日、私はドキドキしながら市立の体育館に向かった。

 二十四年間生きてきて、この体育館に入るのは、実は初めてだったりする。

 はっきり言って私は運動音痴で、体育なんてこの世から消えてしまえばいいとすら思っていたし、一生縁のない場所だと思ってた。

 まさか、好きな人の試合を観に入るだなんて、考えもしなかったよ。

 私と同じような観戦者が、階段を上がっていくのを見て、私もそれに倣った。

 色とりどりの椅子が並んであって、人の少なそうなところにちょこんと座る。拓真くんはどこだろう? 少し来るのが遅かったから、もう試合は始まってるみたいだった。


「さっこぉーーい!!」

「ナイッサーーッ」


 そんな声と、シューズのキュッキュッという音がそこかしこから聞こえてくる。


「オープン!!」


 色んな声と音に混ざって、拓真くんの声が聞こえた。

 今のは絶対絶対、拓真くんの声だ。どこだろう?

 目を皿のようにして見ていると、ようやく見つけた。黒を基調として、赤い炎の模様が付いているユニフォームだ。

 どうやら拓真くんのチームに点数が入ったみたいで、仲間と喜んでる。

 ど、どうしよう……応援って、どうすればいいの??

 点数を見てみると、拓真くんのいるチームが勝ってるみたいだった。バレーって何点で終わりかも知らないし、ルールもまったくわからない。中学のバレーの授業、もっと真面目にやっとくんだったなぁ……。


「あ、やっぱもう始まってるー!」


 試合を見ていると、女の子二人と男の子が一人、私の後ろからドヤドヤと隣にやってきた。私は遠慮して、ちょっと端の方に移動する。


「おおー、『オカシな国』チーム、勝ってんじゃん!」

「ヒロヤー、ナイッサー!!」


 ちょうど、拓真くんのチームがサーブをする番だったから、この人達も拓真くんの応援かな?

 でも、オカシな国チームって……ちょっと変かも。


 その時、拓真くんがバシッと相手のコートにボールを叩き込んだ。

 わぁあ、すご……


「タクマ、ナイスキーーッ!! 」


 隣の女の子が、いきなり叫んだ。

 えええ、『拓真大好き』!? 嘘でしょう、この子も拓真くんが好きなの!?

 な、なんて大胆な……こんな公共の場で告白とか、どういう神経してるの……っ!

 チラっとその子を盗み見ると、拓真くんと同い年くらいの、ハツラツとした可愛い女の子だった。

 若い、若いよ!! 私も若く見られる方だけど、本当の若い子には敵わないよぅっ。


「一ノ瀬、ナイスキー!!」


 あれ!? 今度は一ノ瀬って人のことを大好きって言ってる……なにこの子、プレイガール!?

 うん? よく聞くと、そこらじゅうで……。


「ナイスキー!」

「ナイスキーーッ」


 ど、どういう事!? バレーって、実は告白大会の場所!?

 応援って、大好きって言わなきゃいけないの!?

 はわわわわわ……でも、拓真くんに応援してって言われたし……

 み、みんな言ってるんだから平気だよね?? はああ、緊張する。でも、勇気を出して……


「だ、大好きーッ」


 い、言っちゃった!

 ……なんか隣の女の子たちが私を見てるのは……気のせい?

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