思い出の夏祭り 〜君が私の気持ちに気づくまで〜
長岡更紗
01.好きになった人は
妹のことを、どうかよろしくお願いします!!
体育会系の礼儀正しさで、きっちり頭を下げていたのが印象的だった。
彼女の担当看護師は私ではなかったし、彼が頭を下げている相手も私ではなかったけど。
それでも、通りすがりに見た光景は、ずっと目に焼き付いていた──
私は形岡県立医科大学附属病院に勤務して、三年目のナースだ。その小児病棟に勤務している。仕事はハードだけどやり甲斐はあるし、先輩ナースにも恵まれていると思う。
「ええっ! あの人って、リナちゃんのお父さんじゃなかったの!?」
「違うよ、木下さん。リナちゃんのお兄ちゃんだって。高校三年生! 」
「えええ、見えない……っ! 私、この間、リナちゃんのお父さんだと思って敬語で話しかけちゃったよ」
ナースステーションにいると、入院患者の母親たちの、そんな会話が聞こえてきた。
池畑リナちゃんのお兄ちゃん……池畑拓真くんのことだ。リナちゃんはまだ七歳だから、見ようによっては確かに親子に見えるかもしれない。
私の耳は、少しだけ大きくなってしまう。
「道理でおかしいと思ったんだよねぇ。池畑さんってさ、私達より結構年上なのに、えらく若い旦那さんを捕まえたんだなーって思って」
「私も最初そう思ってたー!」
「斎藤さんもー?!」
「拓真くんって貫禄あるから、高校生にはちょっと見えないよね!」
「わかるー!」
そんな会話をしながら、二人は清潔室の方に戻っていった。
リナちゃんを含め、今の二人の子どもたちも、白血病患者だ。
「園田」
突如後ろから声を掛けられてハッとする。首を後ろに向けると、同期の
「リナちゃんのところの点滴交換に行くよ!」
「あ、うん」
よしちゃんに言われて私は足を後ろに向けた。
点滴の準備をすると清潔室の扉を開けて、ピロピロと音の聞こえてくるリナちゃんの病室に入る。
「失礼しまーす、点滴交換でーす」
軽くノックして声を掛けながら扉を開けると、拓真くんがいた。
いつの間に来てたんだろ? いるとは思ってなかったから、緊張しちゃう。
「こんにちは! 徳澤さん、園田さん!」
「こんにちは、拓真くん来てたのね。そう言えば、高校最後のバレーの試合はどうだったの?」
「はは、県ベストエイトで終わっちゃったよ」
「ベストエイトって、すごいじゃない!」
よしちゃんは楽しそうに拓真くんと会話している。いいなぁ。
拓真くんはバレー部で、中学の時から六年間頑張ってきたみたい。私は運動音痴だし、バレーなんてルールすらもよくわかってないから、話に入りづらい。
「でも高校の三年間で、一回くらいは全国行ってみたかったなぁ」
「大学でもバレー続けるの?」
「いや、俺、大学は行かないから」
「そうなんだ。就職?」
「いや、専門学校」
「へぇ、なんの?」
「製菓だよ」
「お菓子!? やだ、似合わなーい!」
よしちゃん、なんて失礼なことを!!
でも当の拓真くんは、なんでもないことのように一緒に笑っている。
私も笑っていいのかな? とりあえず微笑んでおこう。
「お兄ちゃんはねぇー、うちのパン屋さんの隣に、ケーキ屋さん作りたいんだって!」
嬉しそうに、ベッドの上で熱を測っているリナちゃんがそう教えてくれた。
リナちゃん達のご両親は、この鳥白市から遠く離れた海近市で、『うさぎ』というパン屋を営んでいるんだそう。
「ああ、リナちゃんはパン屋を継ぐんだっけ?」
「うん! 『うさぎ』はお兄ちゃんなんかにあげないんだから!」
「はは、わかってるって! リナが継いでくれるおかげで、俺も好きなことできる。ありがとな、リナ!」
「えへへへー」
嬉しそうに目を細めて笑うリナちゃんと、これまたとろけるような笑顔で嬉しそうな拓真くん。
ああ、いいなぁ。私にもあんな風に笑いかけてほしい。
「園田、点滴確認」
「あ、はい」
私はハッとして意識を集中させ、よしちゃんと一緒に点滴ラベルと滴下の確認を、声出しと指差しで確認しあった。
「じゃあ、またなにかあったら呼んでね」
「うんー!」
「ありがとうございます、徳澤さん、園田さん」
私の名前を呼んでくれた拓真くんに、少しだけ振り返って会釈する。
なにか話しかけたかったけど……結局なにも言えなかったな。はぁ。
「園田、どうしたの?」
「なにが?」
「溜め息」
「な、なんでもないよ!」
いくら仲のいいよしちゃんでも、まさか高校生の男の子を好きになっちゃっただなんて言えない!
私は三年制の看護学校を卒業して、看護師になって三年目。もう二十四歳になってる。拓真くんは十八歳だから、六歳もの年の差があるんだよね。
高校生の男の子からしたら、おばさんにしか見られてないかもしれない……ぐすん。
ああ……昔から、好きな人の前になると、なにも話せなくなってしまう性格が恨めしい。
私の初恋もそうだった。小学校三年生から、六年生まで好きだった人。三歳年上のお兄ちゃんの友達だった。
たまにうちに遊びに来てくれるその人は、私の名前を優しく呼んでくれた。たったそれだけのことがすごく嬉しくて。あの人が来るのを、心待ちにしてたなぁ。
折角遊びに来てくれても、私からはなんにも話せなかったけど。結局お兄ちゃんとは高校が別になって、疎遠になって終わっちゃったんだよね。
今は社会人だから、好きな人が相手でも、必要なことはちゃんと話せる。でもそれ以外のどうでもいい話っていうのが中々できない。
こんな私だけど、リナちゃんの退院までに、少しでも拓真くんと仲良くなれたら……いいなぁ。
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