第一章 軍令部にて

第一話

 その部屋には異様な気配が満ちていた。見る人が見れば恐怖で失禁しかねない程だった。彼らが一様に着ていた第二種軍装シロフクは夏服のはずだが、それでも随分と暑そうにしている原因は、帝都の夏の暑さのみに帰せられるべきものではないと思われた。

 ある士官が机を叩いて怒鳴った。

 「何度も言うが、これからの時代は航空機なんだ!そのために肝心な航空戦隊の直衛が、対空兵装もろくにない峯風型というのはどういうことだ!」

 別の士官が反論する。

 「だから何度も言っているだろう。新鋭艦は二水戦に回されるんだ!それに海軍の主流が砲術なのは知っているだろう、補助戦力に新艦など回せるか!」

 「日本海海戦のときとは時代が違うんだ!それがまだ分からないのか?」

 「航空機に運べる程度の爆弾や魚雷で『長門』や『陸奥』が沈められるものか」

 「いずれ沈められるようになる日が来るんだ、その時になってからでは遅すぎる!」

 「そうだとしても今は無理だ。水雷戦隊用の駆逐艦も足りていないんだぞ!」

 「それを何とかするのが貴様の仕事だろう!御国の四方を護るために俺達は海軍に入ったのだから、それに必要な艦を手に入れられないはずがなかろう」

 「だがな……」議論はもはやその体をなしておらず、20年程前のドイツとイタリアの人間でもここまで酷くはならないだろうと参加者に思わせる罵倒大会となっていた。

このままでは埒があかないと思ったのか、今までガラスをビリビリと震わせていた士官の片割れが、

 「今のままでは、決戦のときに攻撃して来る敵航空機から空母を護ることが出来ない。そうなると、空母は戦闘機を発艦させることが出来ず、艦隊上空の制空権は敵に帰すことになる。それでも良いのか?」

これには相手の士官も数秒怯んだが、すぐに機関銃のような勢いで反論を始めた。

 「お前、俺を脅迫しているのか?航空機の攻撃など戦艦の装甲で耐えることができるし、観測機も空戦ができる物が開発されていると聞く。だいたい、向こうだってこちらと同じように考えるはずだ!」

 「その証拠がどこにある?」

こう言われてしまっては、彼も黙らざるを得なかった。それを見届けて、彼は語り出した。

 「確かに金はかかる。だが、それだけの価値は十分にある。よって、艦隊防空用の駆逐艦の予算をとりあえず3個航空戦隊分、12隻出してくれ」

 「……分かった。上層部に話は通してみよう。だがな、確約は出来んぞ」

 「それともう一つ、提案があるんだが」

 そこで彼は言葉を区切り、神が天啓を与えるかのような声で言った。

 「艦隊型駆逐艦の砲と防空駆逐艦の砲、何なら戦艦や空母の高角砲を全て統一するのはどうだろう?」

 目の前の大艦巨砲主義者の顔が驚愕という洪水に浸されて行くのが分かった。


 そして策定された第三次海軍軍備補充計画で、19隻の甲型駆逐艦に加えて14隻の乙型駆逐艦(二隻は新鋭戦艦の建造費を秘匿するためのダミー)が建造されることとなった。その備砲は計画中の新型高角砲であり、これの連装型を甲型は三基、乙型は五基装備するとされた(その代償に、乙型には魚雷発射管が装備されず、これを駆逐艦ではないと叫ぶ一派と軍令部との間で後に「駆逐艦乗りたちの反乱」と呼ばれる論争が巻き起こったが軍令部が押しきった)。そして前者は後に「第二次世界大戦中最高の艦隊型駆逐艦」とされる陽炎型駆逐艦になり、後者は「合衆国航空隊史上最大の敵」こと秋月型駆逐艦となるのだった。

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