第23話 犯人《前》⑧
「凜々花ちゃん」
松井の様子を見て戸惑っている凜々花に、田原が声をかける。
「凜々花ちゃんが“笹野組の娘”だなんて噂、全く聞いたことないよ」
「…えっ?」
「保健室にいると、色んな子がいろーんな根も葉もない噂話を沢山しに来るけど、凜々花ちゃんの悪い話しなんて、ち―――っとも聞いたことないよっ!私も知らなかったしね」
「………でも」
たまたま田原が知らなかっただけでは…と考える凜々花に、松井も声をかける。
「それにね、笹野さん。あなたが“笹野組のお子さん”だという事は、私も尾沢先生も知っていますよ」
「!…な、何で…」
驚いた凜々花は松井と尾沢を交互に見る。
「確かに願書に書いてあったお父様の勤務先は建設会社でしたが、“笹野建設”と言えば、私が子供の頃は強面の人が多いと有名だったんです。だから、住所と社名を見た時に、ピンときました」
しっかりと頷く松井に続き、尾沢もうんうんと頷く。
「担任の先生はなぁ、自分のクラスの生徒の事は、ちゃーんと知ってるのよ!笹野が一年の時の担任の先生からも、言われたぜ?『本人が隠してるようなので、掘り下げないであげて下さい』ってな!」
グッと親指を立てる尾沢に、凜々花は動揺して視線を彷徨わせる。
ずっと前から自分が笹野組の娘だとバレていた?あれっ、でもこの学校はヤクザが通っているとバレたら評判が落ちるから、退学させられるんじゃなかったのか…?
あっ、でもそれ以前に父との約束が…。
ぐるぐると思考を巡らせる凜々花を察して、松井は優しく声をかける。
「それにね、合格が決まった後、お父様が一度学校に来られたの。それはもうビシッとスーツを着て、どこからどう見ても会社員の姿でね」
ぐん!と胸を張る松井に、凜々花は「えっ…」と目を見開く。
「『うちの娘がどうしてもこの学校で学びたいと言っています。家のような娘がこの歴史ある学校に通うとなると、ご迷惑をかけるかもしれません。通わないでくれと言うなら辞退します。でも、もし叶うなら娘にチャンスを頂けませんでしょうか』って…膝をついて頭を下げられたのよ」
「…そんな…」
松井の言葉を父の姿と重ねる。けれど、どうしても想像できない。
柔道選手のように大柄で肉厚な体をし、長い前髪をオールバックにして固めている、切れ長の一重が特徴の父。
和装をこよなく愛しており、家でも外でも和装しかしない父が、スーツを着ていた?しかも、人に頭を下げた?自分を学校に通わせる為に?
いつも奥座に座り、ドシッと構えているのに。話しかけても「ん」としか言わない不愛想な父なのに。
そんな姿、想像できない。
「だからね、言ったの。『この学校で学びたいと情熱を持って入ってくれるなら、誰だって大歓迎です!』って。それに、『何か問題が起こったら私が責任を持って対応しますから、心配しないで下さい』って伝えたわ。そうしたらね、お父様、『よろしくお願いします』と言って泣いていらしたわよ」
「おっ、おやじさぁ~~~~ん!!」
「流石だよぉ!かっけぇよ~!」と叫ぶ康の円らな瞳から、涙がわんわん溢れだす。呆然と聞いていた凜々花の目尻からも、一筋の涙が零れ落ちた。
口数が少なく、不愛想。だけど数百人の構成員を圧倒的統率力で束ねる姿がカッコいい父。柔道黒帯で、敵を倒す所作に無駄がなく美しい、自分が柔道を始める切っ掛けになった大きな存在。
ずっと憧れている父が、応援してくれていた。その事実がこの上なく嬉しい。
「学校側が通うのを許可したとは言え、それでもあなたが親元を離れて危険な状態になる事には変わりないから、三つの約束を守らせたのでしょうね」
ぽろぽろと綺麗な涙の粒を流す凜々花に、松井が宥めるように語りかける。
その横で鼻をずびずびと啜る康が、目元を腕で擦りながら、鼻声を震わせる。
「ってぇことはよぉ…お嬢は親父さんの娘だけど、この学校に通い続けて良いって事だよなぁ?」
「えぇ、勿論!」
「!!」
「うっ、うおぉぉ~~!!良かったですねぇ!お嬢!!」
「うわぁ~ん!」と泣きながらガッツポーズを握る。嬉しそうに頷く凜々花との間に温かな空気が流れる中、匠真がコホンと咳払いをした。
「…喜ぶのは結構ですが、康様は木戸様に騙されてお金を取られたという事をお忘れではないですか?」
ジロッと目線だけを康に向け、淡々と喋る。
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