第22話 犯人《前》⑦
「…康、ごめんね。もっと早く脅されてる事に気づけてたら、そんな事しなくても、約束通り退学するから大丈夫だよって止められたのに」
ごめん。と膝に手を付く凜々花に、康は慌てて手を振り回す。
「いやいや、お嬢!頭を上げて下さい!お、俺は…っ、ニコニコ楽しそうに学校に行くお嬢なんて初めて見たから、すげぇ嬉しくて…教頭からお嬢の噂を聞いた時、何とかして俺がお嬢の笑顔を守らなきゃいけねぇと思ったんです!俺が金を払う事でお嬢が笑顔でいられるなら、全然大したこたぁないんですよ!だから、ね!気にしないでください!」
凜々花の顔を覗き込むようにしゃがみ、慣れないハッピースマイルで康がお道化る。
「…やだ…よくわかんないけど、感動しちゃう…」
何時ぞやの時も見たような。
二人の互いを思いやる姿に涙を浮かべた田原が、ずるっと鼻水を啜る。
「笹野さん。教頭先生を止めたいから、手紙を送ったんだよね?」
無理矢理頭を上げさせられている凜々花に、方泉は問いかける。
「はい…。『もうやめて下さい』って、直接言えば良かったのかもしれないけど…康を困らせた分、教頭先生も困れば良いと思って…あの手紙を作りました。勿論、教頭先生がやめてくれたら、自分から退学を申し出るつもりでした」
そうたどたどしく答えながら、凜々花は居心地が悪そうに掌を擦り合わせる。
「でも“手紙が三通ある”って事は、一回じゃ脅しは無くならなかったって事だよね?」
一通目に書かれていたのは“あくじを続けるのは今すぐやめろ。私は知っている”。
二通目は“あのことをばらすぞ。このまま続けるなら黙っていない”。
三通目は“さいごのちゅうこくだ。やめなければがっこう中にお前のあくじをばらす”。
手紙を見ると、木戸がまだ脅しを続けていた事が読み取れる。
「そうです。知らない内にまた康が呼び出されていて…」
そう言って顔を曇らせた凜々花は、手紙を出した時の状況を話し始めた。
一通目は、放課後、顧問の先生を職員室に呼びに行った時に、先生達の目を盗んで机に置いた。二通目は、二時間目の後、みんなから集めた課題を届けに行った時にこっそり置いた。三通目は今日の朝、部活の朝練の為に柔道場の鍵をとりに行った時に置いたのだと、凜々花は言う。
「教頭先生は手紙を気にするどころか、馴れ馴れしく挨拶してくるから、もしかして悪戯としか思ってないのかな…って不安になってた時に、中庭で校長先生と千葉先生が私の手紙を読んでるところを見かけて…めちゃくちゃビックリしたんです。それと同時に、他人に渡すなんて、やっぱり本気にされてないんだって思って、康に電話したんです。『今から教頭先生とケリをつけてくる』って」
「もぉ~、めっちゃビビりましたよぉ。お嬢がめちゃくちゃキレて電話してくるから」
「親父さんそっくりの迫力なんですもん~」と肩を竦める康に、凜々花は反応しづらそうに唇を舐める。
「まぁ…そうしたらちょうど教頭先生に声をかけられて…『ご家族の方は元気?』なんてのんきに聞かれたので、怒りで勝手に体が動いて…気づいたら投げ飛ばしちゃっていました…」
手の甲を撫でながら、気まずそうに目を伏せる凜々花。黙って聞き入っていた松井は、頭の中で話を反芻しながら口を開く。
「…康さんは教頭先生に何度かお金を渡しているんですよね」
「おう」
「いつから渡していたのですか?」
「あぁ~…先々月くらいかな?もう3回は渡してると思うぜ」
「3回も!?」
「いやぁ~…本当は一回でなんとかしてくれる筈だったんすけどねぇ!俺、貯金なんて殆どしてこなかったら、纏まった金が渡せなくて…。あ~~、分割にしてもらったのがダメだったな!お嬢にバレて、心配かけて、こんなことさせちまって…」
「こっそり払い終えるつもりだったんだけどなぁ~…」と頭を掻く康に、松井の顔が険しくなる。
「ちなみに、教頭先生から総額でいくら要求されたのですか?」
「おぉ?あぁ、100万だけど?」
「ひゃっ…!……そのお金で、どうやって口止めをすると言われたのですか?」
「口止めの方法~?」
と言うと、康は腕を組み、斜め上を見る。
「…いや、詳しくは聞いてねぇけど…噂を流してる奴らに金渡すんじゃねぇのか?『これやるから黙っててくれ』って」
お金を配る手振りをしながら、キョトンとした顔で話す康。
“具体的な解決策も提示されていないのに、お金だけ取られている”
この状況に何の疑問も抱いていない康に、松井は頬を引き攣らせる。
「……この事は笹野さんのお父様はご存じなのですか?」
「言ってねぇよ!大事にしたらマズいから、他の誰にも言うなって言われたしよ」
「俺は約束は守る男だからな!」と胸を張ると、松井が「はぁぁぁ…」と深く溜め息を吐いた。ずっしりと重たく感じる頭を両手で抱え、落胆する。
「な、なんだよ!」と狼狽える康を見て、田原も呆れたように息を吐いた。
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