第20話 犯人《前》⑤
絞り出すように出てきた言葉。
その衝撃に、部屋がシーンと静まり返った。
「手紙…?手紙って何のことだ?」
「えっ、ゆめも分かんない…」
目を丸くする松井を見て、尾沢とゆめがヒソヒソ声で会話する。
「…あの、ちょっと待って…本当に笹野さんが…?」
「はい…私です」
すみません。と頭を下げる凜々花に、松井は動揺して瞬きを繰り返す。
「…ど、どうして…笹野さんが、こんな物を…?」
凜々花が自分を恨んでいる?何故?そんなに接点もないのに?
こんな事をされる切っ掛けなんて、あっただろうか。
考えても原因が思い浮かばない。先程手紙を見た田原と瀬波も、信じられない…と驚愕した顔で凜々花を見つめている。
「…それは…」
と、必死に答えようとする凜々花。けれども中々言葉を続けられず黙り込んでしまう。
時計の針の音だけが響く保健室。なんとも重苦しい空気が漂う中、石像のように入り口に立っていた清掃員の男が、急に動き出した。
「うわっ!」
すっかり存在を忘れていたゆめは、びくりと飛び上がる。
男はスタスタと歩いていくと、壁際に佇む方泉の前で立ち止まった。皺だらけのポケットに手を突っ込み、何やらガサゴソと音を立てている。
一体何をするつもりなんだ。
ハラハラ、恐怖、不思議。色んな視線を物ともせず、男はポケットに目を落とす。そして一通の封筒を取り出すと
「こちらをどうぞ、方泉様」
と言って、差し出した。
縦長ではない、少し大きめな手紙用の封筒。
「ありがとう、匠真」
それをニコリと微笑んで受け取ると、匠真と呼ばれた男は僅かに目尻を細めた。
「えっ!?千葉先生、この清掃員さんと知り合いなんですか!?」
驚いて目が飛び出そうになっているゆめに、方泉は「そうだよ」と微笑む。
「『そうだよ』って…でも、さっき保健室にこの人が来た時、千葉君にそんな素振り無かったよねぇ?」
どういう事?と頭に手を当て、混乱する田原。
「…単純に、たまたま知り合いがこの学校の清掃員をやってるってだけじゃないのか?…あれ?でも千葉君の名前って“ほずみ”だったっけ?」
「今“様”って言ってなかったか?」と、ゆめに尋ねる尾沢。
各々が首を傾げる中、方泉は封筒から便箋を取り出した。綺麗に折り畳まれた便箋を開く。すると、隠すように挟まれていた二枚の写真が出てきた。
「…笹野さん」
写真を眺めた方泉は、覇気のない表情で立ち尽くす凜々花に話しかける。
儚げな横顔がゆっくりと動く。その曇った瞳に写真が映った瞬間、ハッと目が大きくなった。
「これが、手紙を作った原因だよね」
そう言って、方泉は皆の前に写真を掲げる。
「…教頭先生と、このヤクザの人…?」
目を凝らした田原が、写っている人物を見て首を傾げる。
どこかの喫茶店を窓の外から撮った、隠し撮りのような写真。ぼんやりと写る二人は、ガラステーブルに向かい合わせで座っている。そして、テーブルの上には厚みのある茶封筒が置かれている。
穏やかな会話をしているようには見えない二人。
「何だこれ…二人とも何してるんだ?」
尾沢が眉を寄せる。松井達の不審げな視線を集めたまま、方泉はもう一枚の写真を見せる。
そこには、薄暗い路地裏に隠れている教頭が写っていた。道路に丸まった背を向けて、大事そうに茶封筒を握っている。封筒の先からは何かの束が飛び出ており、教頭がうっとりとした顔で見つめている。
「これっ…お金じゃないですか!」
驚いた瀬波が唾を飛ばす。
すると、いつの間にか布団に潜り込んでいた木戸が、ビクッと山を揺らした。
「ちなみにこの封筒は、教頭先生である木戸様の机から出てきました」
方泉の横でスッと背を伸ばして立つ匠真が、どこを見ているのか分からない表情で事務的に話す。
「うわっ、何この人~!?ロボット~?」
「こわ~い!」と田原が怯える中、松井の眉間に段々と深い皺が刻まれていく。
「…この写真は何ですか?教頭先生」
地を這うような声が木戸に向かう。しかし木戸は全く反応する事なく、真っ白な山に籠っている。
方泉はそれをチラリと横目で見ると、写真をしまい、畳まれている便箋を広げた。
「…この手紙も、写真と一緒に入っていました」
皆の視線が一斉に便箋へ集まる。そこにはやはり、切り抜いた文字が貼られている。
「うわっ、何だこれ!!“あくじを続けるのは今すぐやめろ。私は知っている”…?」
「こえぇぇぇ!」と言いながら、尾沢は身震いする自分の体を抱きしめる。
「これ…私に届いた手紙と似てる…」
ぽかんと目を丸くする松井に、方泉が頷く。
「はい。封筒と便箋の大きさは違いますが、文字の切り方、貼り方を見る限り、同じ人が作っています」
「…今まで届いた二通の手紙は私宛だから…笹野さんは私と教頭先生に手紙を出していたって事?」
顎に手を当て、首を傾げる。方泉は戸惑う松井の元へ歩み寄ると、手を差し出した。
「校長先生、一度持っている手紙を見せてもらえませんか?」
「えっ?えぇ…はい」
言われるがまま内ポケットを探った松井は、取り出した二通の手紙を方泉へ手渡す。
「最初に見た時から疑問だったのですが…この手紙、宛名が書かれていませんよね。それなのに、なんで自分宛てだと思ったんですか?」
封筒の裏表を確認しながら方泉は尋ねる。
「えっと…それは、教頭先生から他の手紙と一緒に渡されたから…」
あれはそう、確か三限目の途中だ。毎日郵便物を仕分けしてくれる木戸の元に、何か届いていないか確認しに行った時。木戸が封書の束を持ちボーッとしていたので、声をかけたのだ。過剰に驚いた木戸を不思議に思いつつも、持っている封書が自分宛てだと気付いた松井は、「仕分けして下さりありがとうございます」と言って受け取った。その束の中に紛れていたのが、一通目だ。
そう言えば二通目を受け取った時も、他の封書と一緒に渡された事を思い出す。
纏めて渡された中にあったので、てっきり自分の物だと思い込んでいたが。
もし、意図的に混ぜられていたのだとしたら。
「…これは、私宛ての手紙じゃない…?」
“教頭先生の机の中”から新たに発見された封筒。
便箋に書かれた“あくじ”。そして、お金を受け取っている写真。
もしかして…と、疑念が確信に変わる松井の目が、みるみる大きくなっていく。
「……私が作った手紙は、全部教頭先生宛て、です…」
声を震わせる凜々花が、盛り上がった布団を睨み付ける。
「教頭先生は…
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