第17話 ロシュフォール家のやらかし

「と、父さん。本当に大丈夫なのか?」


 陛下からの魔石発注に対して、父さんは他から取り寄せた魔石で誤魔化そうとしている。

 俺としては止めたほうがいいと何度も言ったのだ。しかしついに捜索隊がリオを見つけられず、約束通り父さんは強行した。

 今日が納品日で、陛下に謁見することになっている。


「心配するな。この輝きを見ろ。どこからどう見ても良質な魔石ではないか」

「そうなんだけどよ……。あの陛下がわざわざロシュフォール家に魔石を発注したんだぜ?」

「すでに魔石販売は中止している。ここさえ乗り切れば、あとはリオを連れ戻すだけだ」

「そのリオがまったく見つからないわけだが……」


 あのクソ野郎。マジでどこに行きやがった?

 家族である俺達がこんなにも窮地に立たされているというのに、よくも家出なんかできるな。

 せっかく落ちこぼれに居場所を与えてやったってのに恩を仇で返しやがって。

 見つけたらどうしてくれようか? 模擬戦百連発ってのも悪くないな。

 まずは甘えた根性を徹底して叩き直す。二度とバカな真似ができないように躾けた後は前以上に働かせる。

 あんなゴミでもロシュフォール家の一員でいられるんだ。普通はそこに感謝すべきだろ。

 それともアレか? カス魔術に目覚めた奴は例外なく常識ってやつがぶっ飛ぶのか?

 高レベルの魔術師はどこかおかしい奴が多いなんて言うが、そんなものは凡人のやっかみだ。

 カス魔術しか使えない奴こそ、非常識なことを平然とやってのける。


「ランバルト様、エリザ様、フレオール様。国王陛下がお待ちです」


 ようやく陛下が玉座についたようだ。

 召使いに謁見の間に案内されて、俺達を玉座に座った陛下が向かえる。

 白髪が目立つ老齢の王だが、その威厳はまったく衰えていない。

 何せ若くして国民から絶大な支持を受けていて、その身に宿す魔力量は俺達よりも上だと言われている。

 王族は最初から王族として生まれてきたわけではない。類まれなる魔術の資質、魔力があって人の上に立ったのだ。

 その陛下の隣には王妃、傍らには姫がいる。何を隠そう俺の婚約者だ。

 だからこれはチャンスだと思えばいい。ここをうまく乗り切れば、姫は俺をより認めてくれるはずなのだ。


「よくぞ来た。堅苦しい挨拶は抜きにして、さっそく注文した魔石を見せてもらいたい」

「ハッ! あちらにございます」


 ロシュフォール家の執事バダムを始めとした使用人達が六千個の魔石が入った箱を持ってくる。

 王や王妃が感嘆して、姫も笑みを浮かべていた。よし、ここまではいい。問題はここからだ。


「では箱を開封せよ」

「……ハッ!」


 陛下の指示で箱が開け放たれた。その輝きは紛れもなく良質な魔石のはずだ。ここで見てもそう思える。

 そもそも魔石の質の違いなどあるものか。

 我々貴族が使用している魔道具の動力源として使っている魔石はもちろん、平民に行き渡っているものとも大差などない。

 我が国で魔石を発掘している鉱山など限られている上に今は輸入品もあるのだ。

 そんな中で質がどうとか騒ぐ奴がいるか? いないだろう。


「ほぉ……」

「いかがでしょうか?」


 父さんが陛下の顔色をうかがっている。陛下の前に魔石が運ばれて、そして手に取った。

 触り心地を確かめているのだろうか。指で撫でて、あらゆる角度から確認している。

 王妃と姫も続いて、同じように手にした。


「ふむ……なるほど」

「あなた、これはなかなかの魔石ではありませんこと?」

「そうだな」


 よし、悪くない反応だ! 父さんが言った通り、魔石の質による違いなどなかった。

 陛下と王妃が顔を見合わせて納得したように頷いている。なんとか乗り切ったか。


「ランバルト、エリザ。無理を言ってすまなかったな」

「いえ、陛下の為とあらばいかなる苦労も厭わない所存です」

「そうか。頼もしい言葉だ」


 陛下が唇を真横に結ぶ。これは完全に納得していると解釈していいだろう。

 心臓によくなかったがこれで終わりだ。後はリオの奴を――。


「仕入れ先も大変だっただろうな」

「……は? え?」

「ロシュフォール家からこれほどの発注を受けたのだ。さぞかし無理を押したと見える」

「あ、あの、それは、どういう」

「まさかこの私の目をごまかせるとでも?」


 頭から血の気が引く感覚だった。嘘だろう? なぜ、なぜバレた?


「私がロシュフォール家の魔石をなぜ気に入ったと思う? それは懇意にしている者から実物を見せてもらったからだ。それと比べれば、この魔石は上質ではあるが足りてない」

「そ、それは気のせいということは!」

「ほう、まさか私の目が曇っているとでも?」

「いえ! そのようなことは……!」

「良い魔石は中心部分の輝きが違う。奥行きまで透き通っており、それでいてハッキリ光り輝いているとわかる……。これはややぼんやりとしておるな。それにこの感じられる魔力……」


 陛下がそう言いかけて止めた。魔力がどうだというのだ?

 ダメだ。やっぱり乗り切れなかった。終わりだ。俺達はどうすれば。


「メルティナ、あなたはどう思う?」

「わたくしには魔石の価値などわかりませんわ、お母様。しかしロシュフォール家がまさかこのような不正を行うなんて、思いもしませんでしたの」

「そうね。これはあなたの婚約者であるフレオールの品性も疑わざるを得ない事態……」


 やばい! これはまずい! すぐにフォローをしなければ!


「お、お言葉ですがこちらとしてはなんとか陛下の期待に応えようと、つい焦ってしまったのです! 決して不正などと」

「汚らわしい!」

「う……!」

「あなたはランバルトやエリザと並んで、わたくし達の目を欺こうとした……それは事実ですの」


 あの優しかったメルティナ姫がここまで怒りを露にするとは。どうして、どうしてこうなる。俺は悪くない。悪くないのだ。


「ランバルト、ロシュフォール家は目をかけていただけに残念でならない。信頼を得るのは難しいが、崩すのは一瞬であったな」

「陛下! 申し訳ありません! 挽回の機会をどうか!」

「黙れッ! もはや顔も見たくない! 処分は追って連絡する!」

「しょ、処分……」


 なぜこうまでされなければいけない?

 六千個などと無茶な発注をしたのは目の前にいる陛下ではないか。確かに納期を決めたのは父さんだが、それにしてもひどすぎる。


「それとフレオール! メルティナとの婚約も破棄させてもらおう!」

「そ、そそ、そんなぁ!」

「メルティナ、異論はないな?」

「もちろんですわ。このような汚らわしい男、二度と神聖な王宮に足を踏み入れさせたくありませんの」


 メルティナ姫が俺に向ける目は冷たかった。まるで汚物か何かを見るようだ。俺が、なぜ。こんな仕打ちを?


「判断次第では爵位の返上も覚悟しておれ! とっとと下がるがよい!」


 ウソだ。栄えあるロシュフォール家がこんな。俺は、俺はどうすればいい? なんでこんなことに。

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