第8話 集落を守る壁

「リオ君、ユウラちゃん……。すごいな、ずいぶんと広くなったなぁ」


 ここ最近、畑を耕すのをがんばったおかげで元の大きさの数倍になった。

 魔石で生成したジョウロがあるから、水撒き時間も短縮できる。

 この集落で育てている作物の一つはバソの実だ。一粒だと小さいけど、これを集めて粉にして水と混ぜて練ればもちもちした食感の料理になるらしい。

 昔はスパゲティみたいな麺状にして、お祝い事の時に食べていたと聞いてお腹が鳴った。

 汁につけてすすって食べるというのも新鮮でおいしそう。収穫までの期間が短くて栄養価が高いから、非常食としても重宝すると聞いてスーパー食材だと思った。

 集落の人達が集まってきて、口々に感謝してくれる。


「さっそく実を植えさせてもらうよ。今までは冬になると備蓄との戦いだったから本当に助かる」

「今年は飢えで死ぬ者もいなくなるだろうなぁ」

「二人は天使のようにかわいい救世主よ」


 集落のお姉さんにかわいいと言われてなんだかむず痒い。照れた僕とユウラの頭を集落のお姉さんが撫でる。


「あ、あの、ほ、他には野菜なんかも育ててるんですよね?」

「後はキャベシやタマギ当たりね。キャベシとタマギは煮てよし、焼いてよしで甘味が出ておいしいの」

「そっかぁ……」

「あ、涎でてる!」


 お姉さんに指摘された通り、気がついたら涎が出ていた。いけない、いけない。

 まだやることはたくさんある。例えば――


「ま、魔物だ!」

「バフォロか!」


 畑に向かって牛型の魔物が数体、突進してくる。ちょっとした群れだ。

 この集落にある柵や壁は老朽化してボロボロだから、ほとんど役割を果たしていない。こういう時、警備の人がいなかったらと思うと。


「僕がやるしかない! 生成、硬魔石! ウォールッ!」


 二体が壁に激突して止まった。

 だけど今の僕じゃあまり広い範囲に広げられず、残り数体がまだ向かってくる。

 ユウラが飛び出して一体を爪で引き裂き、続いて二匹目の迎撃に向かった。あっちはユウラに任せよう。


「生成、突魔石……」


 壁に激突して止まっていたバフォロ達がよろめきながら立ち上がる。

 ふらついてはいるけど、まだ向かってきそうだ。ウォールを迂回してバフォロがよろよろと歩いてきた。タフだなぁ。


「剣山ッ!」


 バフォロ達の足元から、何本もの剣が飛び出す。

 まとめて腹や顎から貫かれて、バフォロが痙攣して動かなくなる。ふぅ、ようやく終わった。

 

「あービックリしたぁー……」

「終わった」

「ユウラ、お疲れ……って。なにしてるの?」

「獲物」


 そうか。せっかく仕留めたんだから食料や素材は確保しておきたいよね。

 ユウラはなぜかその辺りが得意だから助かる。そして遠巻きから見ていた集落の人達がどよめく。


「す、すごいな……。昔はいろんな魔術師が来たけど、大人でもこのレベルは滅多にいないんじゃないか?」

「ワシが言った通りじゃろ?」

「村潰しなんて恐れられた魔物をこんなにも簡単に……」

「バフォロに襲われて滅んだ村もあるくらいだからのう」


 ユウラが仕事を終えた後、僕は腰を上げた。こうしちゃいられない。

 またあんなのが襲ってこないように、やっぱりやるべきことがある。


「おじいさん。この集落の周りを壁で囲みましょう」

「壁か……。お願いしたいところだが、いや……」

「どうしました?」

「何からなにまで世話になりっぱなしと思ってな」

「そんなの別にいいんですよ。お礼を言いたいのは僕のほうですから」


 ロシュフォール家で奴隷みたいな扱いを受けた僕はこの集落にきて救われた。

 何をやっても評価どころか、罵倒されて痛めつけられる日々とは大違いだ。


「少し時間がかかりますが、さっそく始めます」

「疲れたらいつでも休むのだぞ。こちらでも極力サポートしよう」


 おじいさん達に見守られながら僕は硬魔石でウォールを生成した。

 一度に作れる壁の範囲は限られているから、休みながら作るしかない。入口を決めて、そこから僕は周囲を囲うように壁を作っていく。

 途中、ユウラが水を持ってきてくれた。


「リオ」

「ありがとう!」


 差し出された水を一気に飲む。水がこんなにおいしいものとは思わなかった。この一杯だけで一日、がんばることができる。

 そして壁作りを再開してしばらく経つと、またユウラが来た。


「リオ」

「また水をもってきてくれたの?」


 また飲んでから壁作りに励む。するとまたユウラがやってきて――。


「リオ」

「あ、ありがとう」


 さっきから五分おきにくるような? ありがたいけどお腹が水でちゃぷちゃぷいってるような。


「リオ」

「う、うん……」


 さすがに短時間でこんなに飲めないかも。でもせっかく善意で持ってきてくれるんだし、断るのは気が引ける。


「リオ」


 断りにくい。


「リオ」


 さすがにこれ以上はまずい。どうしようかと考えていると、僕達の家が視界に入った。これだ。


「ユ、ユウラ。すごくありがたいんだけどさ。この間に家の掃除をお願いできないかな? その後、ゆっくり休んでほしいんだ。先にお風呂に入ってもいいよ」

「うん」


 ユウラが小走りで家に帰っていく。これでよし。水でお腹がいっぱいだけど、これでも僕は幸せだ。

 おかげで今日一日で集落の周りに壁を作ることができた。これだけで見違えるほど、しっかりとした村に見えてくる。

 安全が確保されて安心して休めるなぁ。といきたかったけど僕はこの日、何度もトイレに行った。

 ユウラが心配してトイレの前で待ち構えて水を渡してきた時にようやく決心がつく。


「ユウラ、水を飲み過ぎるとこうなるんだ。気持ちはありがたいんだけどね」

「ごめん」


 しゅんとなったユウラは見たくなかった。でもこれからきっと色々なことがあるし、気軽になんでも言い合える仲になりたい。

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