蘭丸、最後の夢 ――信長転生――
明日乃たまご
第1話 契り
――1582年6月20日、夕刻……
信長が力丸の股間を
「どうだ、力丸。綿の褌は気持ちがいいだろう」
当時の庶民は褌をしていなかったが、武士階級は麻布の褌を締めていた。しかし、麻はごわごわしていて着け心地がよくない。綿は東海、関西地方で栽培が普及しだしたばかりで高級品だった。織田軍の武将たちが綿の褌を締められたのは、信長が楽市楽座を推し進め、産業の育成に努めたからかもしれない。
「はい。股ずれがなくなりました」
力丸が恥ずかしそうに頬を染めた。
「であるか。だが、居心地の良さに甘えて赤こんにゃくのように柔らかくてはならんぞ」
信長が握ったモノをそう表現した。
「殿に握られては恐れ多く、
蘭丸は助け舟のつもりで言った。
「そのようなことはあるまい。蘭丸、前に……」
蘭丸が信長の正面に立つと、ふぐりを握られ優しく揉まれた。
蘭丸は頬を染めることも、いきなりさおを立てることもなく、涼やかな目で信長がすることを受け入れた。
「蘭丸、さおを立てろ」
「はい」
蘭丸は弟たちの視線も乱世のことも忘れて一心に信長の夜の営みを思い描く。すると、蘭丸のものが雄々しく天を突いた。
「坊丸、力丸。……兄の気力を見たか。武士たるもの、こうでなければのう。色欲に狂って眼の色を変えても困るが、臆病に負けて怒張できないようでもいかん。敵は勿論、たとえ
信長は
「ありがとうございまする」
信長に握られて下半身を動かせない蘭丸は、首から上をぺこりと傾けた。
信長は、見た目に凛々しく美しく、文武に優れた兄弟を愛していた。兄弟の父親である
蘭丸は1577年、12歳で信長に使えた。役割は小姓といって、主人の身の回りの世話をすれば、伝令などの秘書のような仕事もする。主人の精の処理を行うことも珍しくはない。
風呂を出た蘭丸が酒と
「……思へばこの世は常の住み家にあらず。草葉に置く
平家の
「殿は、またも敦盛か」
蘭丸は音を立てないように隣の間に入って上段の間を覗いた。そこでは派手な
「……人間五十年、
蘭丸は信長の心境を想像する。天上界の神仙に比べれば、人間の人生などはかないものだ。ゆえに、己の生に執着せず、成すべきことを成そう、と決意を謡っているのだろう。いや、むしろ決意そのものも捨て去り、無になろうとしているのかもしれない。そうしなければ、殿のように古くから綿々と続いた世の中の風習をぶち壊し、新しい世界を作ることなど出来ないに違いない。
蘭丸は無心に踊る信長の凛とした姿に見とれた。その姿は庭の
信長の足がドンドンと床を突き、右手の扇子が蘭丸に向くと天下布武の文字が光った。
敦盛を踊り終えた信長は、満足するでもなく喜ぶでもなく、もちろん哀しむ様子もなく灯篭の明かりにぼんやりと照らされた庭に目を向けた。
「月がございません。庭も寂しくござります」
蘭丸が声をかけると、信長が少し甲高い声を発する。
「月など、
言いながら、上段に上がり
「いかにも」
蘭丸は信長の後に続き、膳を置いた。
「しかし、暦よりなくては困るものがある」
信長が手にした盃に酒を注ぐ。
「太陽でございますか?」
その日、日食があった。京都の空は曇っていて雨も降った。それで明瞭ではなかったが、確かに薄雲の向こう側の太陽は力を失っていて、地上が薄暗くなった。信長が信用している
「うむ」
信長は
「もはや朝廷よりも、殿の判断のほうが天地神明の理にかなっております」
「日本には
「殿はそういった輩を導く太陽になられました」
蘭丸にとっては信長こそが太陽だった。日照りになれば恐ろしいが、欠ければ悲しく辛いだろう。
「まだだ。日の下の国は、まだ信長の下に半分程しかない。今のままでは朝廷も動かぬ」
「間もなく、地方の武将たちも太陽の存在に気づきましょう。さすれば、朝廷も殿の正しさに眼を見開く。間もなくでございます」
信長が空けた盃に酒を注ぐ。
「それにしましても、何故、日食などというものが起こるのでございますか?」
蘭丸がきくと、信長がギロリと
「月が満ち欠けするように、太陽にも都合がある。人間は事実を受け入れるのみ。その理を知りたければ、武士を辞めて学者になるしかあるまい」
「学者ですか?……てっきり、神官が神の言を聞いて暦を作っているのだと思いました」
「蘭丸……」
信長が目を細めた。
「ハッ」
「お前は
「し、しかし。あのようにお天道様が暗く陰るのです。神仏の大きな力が働いているのではありませんか?」
信長が、蘭丸の言葉を笑った。それで満足したわけでもなさそうだが、それからは静かに酒を飲んだ。
「女に踊りなどさせましょうか?」
あまりにも沈黙が長いので、蘭丸は訊いてみた。信長が茶道具や鷹、真っすぐな
信長の目線が蘭丸を射た。
「ワシが女を側に置かない理由は知っておろう」
「はい。女は嫉妬深く、口も軽い。それに……」
「欲が深い」
「はい……」
「子を産んだら尚のこと。己の子に全ての愛情を注ぎ、地位と名誉、財宝を求める。子のためなら、夫を裏切り、家を
「それもまた母親ならではの、子にむける想いゆえかと……」
言ってしまってから、母親の愛情を口にしたのは失敗だと気づいた。信長は母親に
「蘭丸は父の愛は知らぬが、母の愛は知っておるのだな。ワシは違う」
「それゆえ蘭丸は、信長様を父親と思い、お慕い申し上げております」
「であるか……。参れ」
信長が立ち上がった。
助かった。……ホッと胸をなでおろし、後に続いた。おそらく、いつもよりひどく
寝所は上段の間の北側にあって、一組の絹の寝具が延べられていた。
蘭丸は携えてきた信長の刀を枕元の刀掛けに置き、帯と褌を解いて裸にした。それから自分も全裸になり、信長の隣に正座した。そうして信長が希望を言うのを待った。
「今日は蘭丸が攻めろ」
信長が横になり、天を見つめた。
「は?」
蘭丸は微動だにしない信長を見つめた。細面の顔は、髭がなかったなら女に見えるかもしれない。だからこそ髭を蓄え、男らしさを演じているのだろう。
「ワシの命令が聞こえないのか。ワシが受けると言っておる」
「はっ、いえ……」
蘭丸は戸惑いながら動いた。普段、信長の欲望を受け入れる側だったからだ。それが今日は、逆になろうと言う。それも日食などあったからか? それとも、何らかの予兆か?
「どうした?」
信長がせかした。
殿の気まぐれに違いない。……蘭丸はそう決めて信長のふぐりを手で包み、さおに指を添えた。いつも自分がされているように……。
「ワシに
蘭丸は、信長がどんな気持ちで敦盛を舞うのかを理解できたような気がした。
「ワシが家督を継いでから……」信長が続ける。「……ワシの前でさおを立てることが出来たのは犬のみだ」
「前田様でございますか?」
心が動いた。嫉妬だった。
「口をきくな。早々にいたせ」
信長が膝を立て、尻を持ち上げる。
前から?……蘭丸は躊躇した。攻めるのが初めての上に、前からでは自然と顔が目に入る。いかに慕っているとはいえ、信長には魔王のような暴君の影がついて回っているのだ。正面から、その顔を正視しながら尻を突くなど勇気のいることだ。
「どうした。湯殿でのように、雄々しく立ててみろ」
その声は色欲という情を切り裂き、その奥にある恐怖を引きずり出した。……これでは多くの男たちが立てられなかったわけだ。
「後ろからでは、なりませぬか?」
「前からの方が良かろう?」
確かに、前からつながれば、受けの者にとっては刺激が強い。それは蘭丸が一番よく知っている。
「早くせよ。機を逃しては負けるぞ」
殿は、こんな時まで戦のことを考えておられる。……蘭丸は覚悟を決めた。全てをかなぐり捨てて魔王に挑もう、と。すると、あっさり蘭丸のものが立った。
ヨシ!……胸の内で小さく喜んだ。後は殿の感情を逆立てぬよう、上手く収めねば……。ナムサン……。
信長の足を肩に担ぐように持ち上げ、神仏に願いながら腰を進める。先端が信長に触れた。2人の身体が呼応するようにピクリと振るえる。
蘭丸はしずしずと侵入、根本まで収まるとホッと安堵した。
「ウッ、……ウッ……」
蘭丸が動くと信長の喉が鳴る。それは感じているように見えるが、顔は敦盛の能面のように固まっていて、喜んでいるのか、まだまだ足りないのか読めなかった。
「アッ……、イイゾ」
信長が呻く。それまで石のようだった顔に赤味が浮いていた。蘭丸はその時が来たと思った。
「放て……」
信長が鉄砲隊にでも命じるように言った。
信長様!……蘭丸は静かに叫んだ。下腹部に渦巻いていた快感に身も心もまかせた。
ドクドクと脈打つのは蘭丸のものだけではなかった。信長もまた絶頂を越えていて、腹から胸にかけて白い花を咲かせていた。
「
「信長さま……」
意外な言葉に感動が抑えられない。うかうかすると涙がこぼれそうだ。
「……ありがとうございます。蘭丸、今生はもとより、来世においても、殿のために命を捧げまする」
「来世か……。ワシは来世などいらぬ。死してはすぐさま転生し、再び地獄のこの世を正そうぞ」
「ならば蘭丸も転生しましょう」
「うむ、お前は奥州の白斑の鷹に勝るワシの宝ぞ。骨が砕け散るまで、ワシの傍におれ」
信長に命じられ、蘭丸は
蘭丸は主から離れ、「坊丸」と呼んだ。書院の向こう側に弟がいるのを知っている。今夜は寝ずの見張りをするだろう。本能寺の外堀は広く、石垣と塀は高いといっても、刺客はどこに潜んでいるとも知れない。
「ハッ!」
凛々しい返事と共に彼が襖を開けて顔を見せた。すべて承知していて、水を張った手桶と手拭を持参している。力丸も一緒だった。
「殿の汗をぬぐってくれ」
蘭丸はそう命じて部屋を出た。井戸端に降りると、水を汲んでざぶざぶと浴び、汗と白い花を洗い流した。
身体を清めた後は、信長の隣の部屋で横になった。
――人間五十年、化天のうちを比ぶれば、夢幻の如くなり……一度生をうけ、滅せぬもののあるべきかぁ……脳裏で信長が謡っている。
「殿ならば、すぐに転生しましょう。魔王でありますから」
つぶやき、目を閉じた。
障子戸の向こう側に坊丸の気配を感じる。……信長様との愛の行為を聞かれただろうか?……羞恥心と優越感とが胸に渦巻く。すると寝ずの番をする彼らに対する労りの気持ちがありながら、股間のものが怒張した。
なんと浅ましいことか。……自分を叱った。弟たちに様々な思いを伝えたいところだが、
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