第4話 見落としてたけどクソゲーだった。
「いましめ
サマリエの元気な声が放牧場に響く。その声に応えるように、巨体のマルモット2匹がボテボテと重たい体を揺らして近づいてくる。
引き取った直後よりは少し痩せたのだが、まだまだ標準体重には程遠い。
ミックスが退学処分になってから、行き場のなくなった2匹のマルモットをサマリエが引き取った。太りすぎたマルモットは殺処分した方がいいと言う教師もいたが、サマリエは頑として拒否した。
太らせたのは、人間のエゴ。
太らせすぎた結果、殺処分するのも人間のエゴ。
殺処分せずにダイエットをさせつつ生かすのも人間のエゴ。
同じエゴなら、生かした方がいい。サマリエはマルモットに人間のエゴと己の未熟さを忘れないために『いましめ一朗』と『いましめ花子』と名付けた。いましめ花子の方が、サマリエに激突してきたマルモットだ。
「こんにちは……」
花子の脂肪を揉んでいると、ヒエラがやってきた。
「……こんにちは」
ミックスから助けてもらった時、興奮してめちゃくちゃなことを言ったサマリエは、以降、ヒエラには気まずい思いがあった。
ヒエラの方は、いつも通り、おどおどしていて授業もわかりにくいが、あれからサマリエのことを気遣ってくれているようだった。サマリエもそれは感じていた。
「どう、ですか? マルモットたちの様子は……」
「なかなかうまく行きません。あんまり運動させても、足に負担がかかるだろうし」
花子はプープー鳴いてその場に伏せた。
「あの……これ」
ヒエラが震える手で、紙の束を差し出してきた。サマリエは不審に思いながらも受け取る。
表紙には『水中における運動とダイエット』と書かれていた。高名なモンスター育成師の論文らしい。
「水中での運動は、足腰に負担をかけず行えると、書いてありました。マルモットの骨格状、深い場所での運動は危険ですが、浅い水路を作ってそこを往復させるだけでも、陸上を歩かせるよりも負担が少ないと思います。水路の設計図も添付してあるので、参考にしてもらえれば……」
早口で一気に言われ、サマリエは驚きに目を見開いた。
「先生、調べてくれたんですか?」
「あ……あの……一応、育成科の教師、なので……」
ヒエラは顔を真っ赤にして、そう言った。
(ん? これは?)
微かな疑問が、サマリエの頭によぎったが、調べてくれたことに素直に感謝し、マルモットのダイエットに専念することにした。
この頃から、ヒエラの授業は少しずつ改善されていき、声も次第にはっきりしてくるようになった。
太郎も花子も、虫歯になってはいたが、一応、歯が残っていた。それでも、マル次郎と同じ牧草を食べるのは、辛いようだった。味覚がおかしくなっていることもあったが、硬い牧草を噛むのが難しいようだ。
放牧場で牧草を前に悩んでいると、ヒエラが大荷物でやってきた。華奢な体がふらついている。
「歯が弱くても、食べられる牧草があるかもしれません……何種類か取り寄せたので、試してみましょう」
「えぇ!? ありがとうございます」
前までの頼りないヒエラの姿からは想像できないことだった。驚いて見ていると、ヒエラは居心地悪そうにポリポリと頬をかいた。
「な、なんですか……?」
「いや~、なんか先生、変わったなぁと思って」
「ほ、本当ですか……?」
「先生、いつも声小さいから授業で何言ってるのか、わかんなかったし……でも、こうしてマルモットたちのこと親身になって考えてくれて、提案もしてくれて、やっぱり先生なんだなぁって新ためて思いましたよ。
みんなにも、そういうふうに接していけば、人気者になれますよ」
サマリエはにっこり笑って、牧草の入った袋の1つを持ち上げた。小脇に抱えられる大きさだが、案外重い。
ヒエラは俯いて、ボソッと呟いた。
「人気者に、なりたい訳じゃないんです……」
ヒエラはいつもかけている分厚い眼鏡を外した。薄い紫色をした切長の瞳が、サマリエを見つめる。メガネを外しただけで、ヒエラの纏う雰囲気が変わった。きっとゲームの画面だと、ピンクでキラキラしたものが辺りに飛び、サマリエとヒエラを取り囲んでいることだろう。
「わたしが変わったのだとしたら、それはサマリエさんのためだから……」
サマリエの眉がピクリと動いた。袋を持つ手に力が入る。1歩下がると、放牧場を囲う柵に背中が当たった。メガネを胸元にぶら下げて、両手の空いたヒエラが柵に手をかける。
壁ドンならぬ、柵ドンだ。
「あなただけの先生でいたいです」
それは教師としてどうなのか、サマリエの頭によぎった言葉は、しかし、それよりも大きな発見に霞んだ。
(ヒエラ、お前……攻略対象だったのか!!!!)
思いがけず、攻略対象と距離を縮めてしまったことにサマリエは焦った。ミックスのようなクソ男が出てくるゲームだ。他の攻略対象がまともなわけがない。
(やばい、やばいぞ……私の乏しいゲーム情報に、ヒエラの記憶が一切ない……なんだ、こいつ、どんなクソ設定なんだ!?)
サマリエが引き攣った顔で柵ドンされていると、不意にヒエラは顔を真っ赤にして、柵から手を離した。胸元に下げたメガネを慌ててかけ直している。
「せ、先生……?」
恐る恐る声をかけてみると、ヒエラは深呼吸してから、サマリエに向き直った。
「す、すみません……気持ちが昂ってしまって……」
「はぁ……」
その日、それ以降、ヒエラがおかしな言動をすることはなかった。
太郎と花子に数種の牧草を与え、食いつき具合を確かめる。1番食いつきの良かったものを今後の飼料とすることにして、その日は解散した。
寮に戻っても、サマリエはもやもやした気持ちが消せないでいた。
ドレッサーの前に座って、髪をといでいるアルテミーに声をかけてみる。
「ねぇ、ヒエラ先生って、どんな感じ?」
「ヒエラ先生? サマリエのクラスの担任だよね?
うーん、なんだろ。ボソボソ喋ってて何言ってんのかわかんないよね」
「最近、少し声が大きくなったと思わない?」
「え? 全然」
(あれ? おかしいな)
確かに、最近は授業でも、声を出すようになったと思ったが、アルテミーによるとそうではないらしい。
「え~? なになに? もしかして、サマリエ、ヒエラ先生のこと」
「いや、違います。断じて違います」
アルテミーが言い終わる前に、サマリエはすぐさま否定した。危ないところを助けてもらったことは感謝しているが、それと好意とはまた別の話だ。
そう思ってから、サマリエは首を傾げた。
(なんであの時、ヒエラは、男子寮のモンスター舎にいたんだろう?
どうして、あんなにタイミングよく、私を助けに来られたんだろう)
モンスター舎はいくつかの小部屋をもつ大きな建物で、真ん中に通路があり、そこから左右に小部屋が並んでいる。小部屋には小さな窓があるが、通路に入ってこないと、中を見ることはできない。
男子寮に教師は住んでいないし、教師のモンスターが男子寮のモンスター舎で飼われていることもない。もしかしたら、生徒のモンスターの様子を見にきたのかもしれないが、ヒエラにその熱意があるようにはどうしても思えなかった。
考えても考えても、ヒエラがタイミングよく現れたことの説明は思いつかなかった。ただ、それがクソ設定に繋がっているような気がして、わからないながらも、サマリエは知りたくないなと少し思った。
(くそ……攻略サイトが見られればなぁ……!)
悔しい思いに苛まれながら、サマリエは無駄に豪華な寮の天蓋付きのベッドで眠りに就いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます