第29話:アバコーン王国大使(ジークフリート視点)

神歴五六九年睦月二十二日:ロイセン王国王都郊外・ジークフリート視点


「英雄騎士殿、これはどういう事かな?」


 アバコーン王国の大使が茶番を始めようとする。

 こうなる可能性も考えていたから慌てる事もない。


「どういう事もない、騎士として正義を全うしているだけだ」


「英雄騎士殿は我が国の冒険者だぞ。

 しかも栄誉ある称号を与えられ、上級貴族待遇を受けているのだぞ。

 それなのに国益に反するとはどういう事だ!」


「はん、騎士の正義を邪魔するような称号なら何時でも叩き返してやる。

 そもそも欲しくてもらった称号ではない。

 冒険者ギルドの総マスターや国王がどうしてもと言うから受け取っただけだ」


「国王陛下に対して何という無礼!

 下馬して謝らなければこの場で叩き斬るぞ!」


「茶番は止めるんだな、チャーリー王子の欲望を満たす事で歓心を買い、立身出世の為に国を危うくする俗物が!」


「国王陛下に続いて王太子殿下にまで無礼な言葉を吐いたな!

 もう絶対に許さん!

 本国に伝えて英雄騎士の称号を剥奪し、公開処刑してやる!」


「そちらが喧嘩を売ってくれたんだ、買ってやるよ!

 この場で俺を斬るのではなかったのか?

 さっさと斬れよ、斬れるものだったら!」


「まさか、本気か、本気で言っているのか?!

 国内に残っているクランメンバーがどうなるか分かっているのか?!」


「お前達が仲間を人質に取る事くらい、とっくの昔に分かっていた。

 今頃全員家族を連れてアバコーン王国から逃げている。

 人の事よりも自分の事を心配するのだな。

 アバコーン王国の力を借りれば、俺が手出ししないとでも思っていたのか?」


 虎の威を借りる狐、惰弱な大使を捕らえる事など朝飯前だ。

 逃げられないように両膝の関節を粉砕しただけで許してやった。


 それを見ていたロイセン王国軍は、あまりに予想外の出来事に言葉もなかった。

 まさかゴート皇国側がアバコーン王国との正面決戦に応じるとは思っていなかったのだろうが、それは愚かすぎる。


 ロイセン王国も馬鹿ばかりではないから、そんな可能性も有ると考えていた者がいたかもしれないが、極々少人数だろう。

 だがそんな連中も、もっと時間がかかると思っていたはずだ。


 大陸二大強国と言われている国が正面から戦うのだ。

 辺境伯家の、それも先鋒を任されただけの冒険者が決められる事ではない。

 何度も皇都と書簡を交わしてからでないと開戦はない。


 そう思って余裕をかましていたのだろうが、俺には開戦を決める権限がある。

 エマ嬢を助けた日に、皇都にいる父と兄達に伝書魔術を使って現状を伝え、開戦の許可をもらっているのだ。


「今から王都城門を破壊する!

 巻き込まれたくない者は王城に逃げ込め!」


 俺はそう言ってから三十分ほど逃げる時間を与えた。

 更に城門を破壊する前に、デモンストレーションとして王都外に強大な火炎の嵐を創り出してやった。


 直系三十メートル高さ百メートルの火炎竜巻が四つもあるのだ。

 王都の何処から見ても、四つある城門全てを破壊する気なのが分かる。

 誰に戦えと強制されても、城門付近から逃げ出す事間違いなしだ。


 エマ、尊敬の目を向けるのは止めてくれ。

 余りにも陳腐な脅迫方法なので、内心とても恥ずかしいのだ。


 穴があったら入りたいくらい恥ずかしいが、憶病者や馬鹿には効果覿面だから、恥ずかしさに堪えてやったのだ。


 三十分後に人命を損なうことなく四つの城門を確保した。

 破壊するのではなく、城壁を飛び越えて城門を開けたのだ。


 火炎竜巻はブラフ、脅しの為に見せただけだ。

 火炎竜巻で城門や城壁を破壊してしまうと、占領後に困るから。


「俺は公爵邸に行く。

 エマと護衛は一緒に来い。

 ヴァレリオ達は王城を包囲して誰も逃げられないようにしろ」


 俺の指示を受けて全員が王都に突入した。

 火炎竜巻の脅迫が利いたのか、誰一人手向かう者がいない。


 平民達はそれぞれの家に閉じこもって戦いに巻き込まれないようにしている。

 騎士街や貴族街でも全く抵抗を受けなかった。

 恐らくだが、王城に逃げ込んでいるのだろう。


 そのお陰で、貴族街にある公爵邸に楽々辿り着けた。

 何の抵抗も受けずに乳姉さんが使っていた部屋に辿り着けた。


 そこで辺境伯から教えられた呪文を唱えた。

 呪文を唱え終えると、八人の護衛と侍女を従えた乳姉さんが姿を現した。


「思ったよりかなり早く助けに来てくれたのね。

 あら、あら、あら、ジークじゃないの?!

 こんな立派になって、貴男が助けに来てくれたの?」


「はい、偶然エマの危機に行き合わせたので、乳姉さんが殺されてしまったかもしれないと聞いて、辺境伯の所まで事情を聴き行き……」


「あら、あら、あら、自由を求めて出て行った貴男に面倒をかけてしまったようね」


「とんでもない、乳姉さんの為なら大陸の果てからでも直ぐに駆けつけます」


「随分とうれしい事を言ってくれるわね。

 いつの間にそんな事が言えるようになったの?

 旅先で沢山の令嬢を泣かしているのではなくて?

 駄目よ、皇位継承問題になるような事をしては」


「そんな事はしていません!」


「お母様、ジークと知り合いだったのですか?

 随分と親しいようですが、どのような関係なのですか?」


「あら、あら、あら、ごめんなさいね!

 本当なら娘の貴女を一番に労わらなければいけないのだけれど、第三皇子で乳姉弟でもあるジークの事を無視して、貴女と先に話す訳にはいかなかったのよ」


「え、え、え、え、第三皇子、乳姉弟?!」


「あら、あら、あら、まだ誰も話していないのかしら?

 ジークはゴート皇国の第三皇子で、私のお母様、貴女にとってはお婆様に当たる方が乳母をしていたのよ」


「え、え、え、え、お婆様が乳母、第三皇子でお母様の乳姉弟?!」


 エマが混乱してしまっている。

 確かにこんな事を聞いたら驚くのが当然だ。

 だがエマくらい聡明なら、辺境伯や俺の言動である程度の予測はできただろう?


「黙っていてすまない。

 誰が聞いているか分からないから、秘密を打ち明ける事ができなかった。

 特にアバコーン王国の密偵には気をつけなければいけなかったから」


「あら、あら、あら、二人とも随分と仲が良くなっているようね。

 私は亜空間に隠れていたから現状がどうなっているのか分からないの。

 説明してくれないかしら?」


 乳姉さんの求めに応じて、俺とエマでこれまでの事を説明した。

 特にエマの婚約者であったアルブレヒトの凶行は詳しく説明した。

 指を引き千切った話が、変に改変されて後で伝わったら大目玉を喰ってしまう。


「あら、あら、あら、アルブレヒト王子はもう廃人になってしまっているの?

 廃人を殺しても罰の意味がないわね」


「いえ、大丈夫です、乳姉さん。

 俺の快復魔術なら、どのような病でも完治させられます。

 それが心の病であっても完治させられます。

 その上でもう一度自分がやった悪事の大きさを思い知らせながら処刑できます」


「ジーク、私、残酷な事が嫌いなの。

 だから許せとは言わないけれど、必要以上の罰は与えないで」


「許さずに罰を与えるなと言われても……」


「それに、一時的だとは思うけれど、皇国に復帰したのでしょう?

 だったら私事ではなく公務を優先しなければいけないのではなくて?」


「それはそうですが……」


「ジークの事だから、何をしなければいけないのか分かっているわよね?」


「王城に籠っている王達を更に脅かして、秘密の抜け穴から逃げ出すようにする。

 アバコーン王国に逃げ込むだろうから、引き渡しを請求する。

 粗相王子達をわざとアバコーン王国逃げがして引き渡しを要求する。

 一連の悪事全てをアバコーン王国が画策していたと大陸中に宣言して、開戦の大義名分を得る。

 こんな事でしょうか?」


「流石ジーク、完璧ね」


「お母様、ジーク、二人だけで話していないで、私にも分かるように説明してください!」


「あら、あら、あら、焼餅でも焼いているの?

 それは私に焼いているの、それともジークに焼いているの?

 こうしてみると、二人はとても似合っているようね。

 そう思わない、ジョルジャ」


「はい、私もお似合いだと思います」


「乳姉さん、ジョルジャ」

「お母様、ジョルジャ」


「あら、あら、あら、声までそろえて仲が良い事。

 ……エマには悪い事をしたと思っているのよ。

 皇国の為とは言え、あのような出来損ないと婚約させてしまいました。

 頃合いを見て解消させる気ではいたけれど、私のように結婚しなければいけない可能性もあったから……」


「それは乳姉さんの責任ではありません!

 王侯貴族が政略結婚するのは、義務であり、力を得る為でもあります。

 むしろ今日まで皇国の為に尽くしてくださった事を、俺が皇族として感謝し褒め称えなければいけないのです」


「あら、あら、あら、第三皇子のジークフリート殿下に感謝していただけるだけでなく、褒め称えて頂けるなんて、光栄の極みですわ。

 でも、言葉だけですの?

 何も頂けないのかしら?」


「俺にできる事ならば、乳姉さんが望む褒美をお渡しさせていただきます」


「だったら、エマを幸せにしてやってくれない?」

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