第28話:決戦前夜(エマ視点)
神歴五六九年睦月二十二日:ロイセン王国王都郊外・エマ視点
辺境伯領を出陣してから七日経ちました。
本陣となる大将の出陣は、普通先鋒軍から数日遅れになるそうです。
ですが私達は先鋒軍と共に出陣しました。
一刻一秒でも早くお母様をこの手でお救いしたい。
私はそういう気持ちが一番なのですが、ジーク達は別の意味があって先鋒軍の指揮を執っているそうです。
「お嬢様、ジーク殿は将兵が民に乱暴狼藉をしないように見張っておられるのです」
「お爺様の家臣にそのような不埒者がいるのですか?」
「直臣の中にはいないと思いたいですが、絶対ではありません。
いないと思い込んでしまって、家臣に乱暴狼藉を許してしまったら、辺境伯家一世一代の大恥をかく事になってしまいます」
「そうですね、油断大敵と言いますものね」
「はい、それに、今回は直臣陪臣に加えて、領内外の冒険者も加わっています。
彼らの本性までは把握しきれておりません」
「ロイセン王国側の冒険者は、辺境伯領に来るまでの行いは常に礼儀正しかったですよね?」
「あの時は家族と一緒に必死で逃げていました。
食料も十分に配布されていました。
理性を失うような条件は少なかったです」
「あのような方々でも、理性を失う事があるのですか?」
「悪事を見られたくない家族が居ません。
手柄次第では、ロイセン王国内に領地をもらえるかもしれません。
完全な勝ち戦で、驕り高ぶる条件がそろっています。
人には愚かな所があって、立場が上になると欲が抑えられなくなるのです」
「そんな人でも、ジークが居れば理性を保てるのですか?」
「はい、実戦で共に戦い、悪逆非道な行いをした者がどのような目に遭わされるか、間近に見ていたのです。
粗相王子達のような目に遭わされたくないなら、品行方正な行動を取り続けるしかありません」
「それでお爺様も先鋒軍の総指揮を任されたのですね」
「はい」
私には辺境伯軍の総数がどれだけなのかは分かりません。
私が知っているのは、一緒に行動している先鋒軍の兵数だけです。
ジークは捕虜をそのまま連れてきました。
普通なら身代金が取れる捕虜は辺境伯領に残します。
ですがそんな事をすると、捕虜を見張る者と世話する者が必要になります。
それだけの兵力をお母様の救出作戦に投入できなくなります。
ジークはお母様の救出に協力してくれているので、身代金よりも兵力増強を優先してくれたのでしょう。
捕虜達がジークを心底恐れ、絶対に逆らう事も逃げない事も理解しているからでしょうが、雑用係として同行させてくれたのです。
なので、先鋒軍は雑用係の捕虜が一万人。
ロイセン王国側の冒険者が二千人。
ウラッハ辺境伯領の冒険者が二千人です。
一国を相手に戦うには少な過ぎる兵力だと思う人が多いでしょう。
ですが、実力を考えればおかしな話ではありません。
竜を独力で狩れるジークがいるのですから。
それと、こんな事を口にするのは、竜を狩れるジークに対しておこがましいかもしれませんが、私もそれなりに戦えるようになりました。
王城でアルブレヒトに婚約破棄を言われた時ほど自惚れている訳ではありません。
あの時は、トップ層にいる冒険者の方々の実力を知らなくて、ジョルジャ達に鍛えられた自分は、この大陸でも有数の実力者だと思い込んでいました。
今思い出しても赤面してしまいます。
ジーク達の実力に比べると、私など大したことありません。
ですが、それでも、ロイセン王国の騎士や徒士よりは優れています。
ジークに教えてもらい、実戦を経験する事で、格段に強くなれました。
特に多数を相手に戦う方法を学ぶことができました。
「お嬢様、また領主軍が側方を狙っているとの事でございます」
お爺様の所に逃げた時、ロイセン王国軍は甚大な被害を受けました。
老王や国の首脳陣は、残った軍を王都に集めているそうです。
自分達は安全な場所に隠れて戦わず、貴族に戦えと命じたのです。
「今度は私が捕らえるのですか?」
その結果、貴族軍が五月雨式に襲い掛かってきたのです。
戦う事を恐れたロイセン王国の大臣や騎士団長が逃げ隠れしているので、貴族軍を纏めて戦う人がなく、それぞれ個別に襲ってくるのです。
襲ってくると言っても、本気で戦う気はありません。
老王の命令に従って戦ったと言い訳ができるように、一度だけ軽く襲って急いで逃げようとするので。
ですが、そのような姑息な方法は私達には通用しません。
一万人もの捕虜を逃がさずにいた私達です。
スタンピードで襲ってきたモンスターも捕らえられた私達です。
捕縛魔術の射程距離に入った領主軍など、簡単に捕虜にできます。
領主はもちろん主要な領主一族は、領城に残って普段通りの生活をしているので、捕虜にはできませんでした。
王族だけでなく、貴族も卑怯で憶病でした。
私達が捕虜にしたのは、指揮を執っている領主一族でも末端にいる者や騎士。
大多数は無理矢理たたかわされている領民でした。
身代金も取れそうにない敵対貴族の領民ですが、粗相王子達と同じように色々な雑用をさせる事ができます。
王子達と一緒に雑用をやらせる事で、領民の持っている、王子や貴族達に対する恐怖心を無くす事ができました。
「いいかよく聞け。
俺にとっては王侯貴族も平民も同じ捕虜だ。
捕虜の分際で、自分が命じられた仕事を平民に押し付けたら、生まれた事を後悔するほどの拷問を加えてやる。
王子のように指を引き千切られたくないなら忘れるな」
ジークが脅かしたので、貴族や騎士の子弟が領民に雑用を押し付ける事はありませんでしたが、自分達が無能なのだと思い知らされたようです。
領民の方が王侯貴族子弟よりも雑用仕事ができるのは当然です。
世話をしてもらえなければ、料理を作る事もできず、ろくに食事もできない事は、辺境伯領に向かう時に思い知らされた王侯貴族子弟です。
今も肉すらろくに焼けず、生焼けや焦げた肉を食べる状態です。
そんな王侯貴族子弟ですが、以前は雑用ができない事が高貴な証しでした。
平民を畏怖させる理由になっていた事もあるそうです。
ですがともに捕虜となり雑用をさせられている状況では、無能の証しになってしまうのですから、面白いですね。
平民達が王侯貴族子弟を馬鹿にするようになりました。
反乱を起こす気概を育てると言っていたジークの目論見通りです。
先鋒軍が戦う力を保てるように、無理な行軍をせずに進みましたが、それでも信じられないほどの速さで進軍できました。
ジークのパーティーメンバー、ニコーレが魅了した軍馬一万頭のお陰です。
辺境伯領に逃げる時には、女子供を乗せなければいけませんでしたが、彼らは安全な皇都に向かっています。
四千人程度の冒険者が主力の先鋒軍では、二頭の軍馬を交互に使う事で、ロイセン王国軍とは比較にならない速さで行軍できたのです。
もっとも、捕虜にした者達の体力は全く考慮しませんでした。
元々王子達の反抗心を完璧に摘み取っていましたが、それに加えて急行軍の疲れもあり、私達に逆らう気力は毛ほども残っていなかったようです。
「ジーク、王都の城門はどうするのですか?」
私達は王都を目視できる距離にまで来ました。
目を凝らせば、昼間にもかかわらず城門が閉じられているのすら分かる距離です。
私達を恐れているのでしょうが、弱気すぎるのではないでしょうか?
「俺の魔術で木端微塵に吹き飛ばしてやる。
ただ、王都の平民が無理矢理守らされていると可哀想だし、俺も嫌な気分になるから、拡声魔術で逃げるように言う心算だ」
「そうですね、それが一番良いでしょう」
私がジークと話していると、目立つ白い大旗を持った者が城門から現れました。
防御力の高い城門を開くことなく、少人数だけ出入りさせられる脇門を使ったのでしょうが、今更何の用でしょうか?
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