第24話:脅迫(エマ視点)
神歴五六九年睦月十四日:ゴート皇国との国境近く・エマ視点
スタンピードから四日、ようやく国境に辿り着きました。
実質的な初陣を終えて、格段に強くなれたと思います。
何と言ってもこの四日間戦い続けたのですから。
「初陣でかなり実戦慣れしたようだが、まだまだ未熟だ。
このままではアンジェリカ夫人救出に同行させられない。
人殺しまで慣れろとは言わないが、敵の実力を見抜く力くらいは、もっと精度を良くしなければいけない」
ジークにそう言われて、スタンピードの余波で南竜森林から現れるモンスターを狩り続けさせられたのです。
いえ、狩ったというのは間違いですね。
捕獲させ続けられたのです。
「エマの事だから、敵であろうと、人間には殺傷力の有る魔術は使えないだろう」
「いえ、私だって人殺しくらいでき……ないかもしれません。
王子や老王なら殺せると思いますが……」
「自分の能力と敵の能力を正確に把握しろと何度言ったら分かる!
出来ない事を出来ると言い張るようなら、アンジェリカ夫人を救出するまで、絶対に起きない睡眠魔術を使うが、それでもいいのだな!」
「ごめんなさい、私が悪かったです。
もっと自分の事を客観的に見ます
出来ない事を出来ると言って、人に迷惑をかけたりしません」
「無一度はっきりと言っておくが、使えない魔術など覚えても時間の無駄だ!
だから攻撃魔術など覚えても意味はない。
少なくとも人間相手に無駄以外の何物でもない。
今更覚えた魔術を忘れろとは言わないが、精度を高めるために時間を使うなど、遊んでいるのと同じだ」
「はい、でも、魔力を高める役には立ったと言われましたよね?」
「ああ、モンスター相手には有効だし、実戦経験を積むには役になった。
だがエマの目的はアンジェリカ夫人を自分の手で救出する事なのだろう。
だったら無駄で無意味だ。
エマに、王家の命令で仕方なく襲って来る平民を殺せるのか?」
「……殺せないと思います」
「俺が老王や宰相だったら、平民の家族を人質に取り、エマを襲うように命令するが、それでも足手纏いにならずに救出作戦に参加できるのか?
エマを助けようとして、アンジェリカ夫人が死ぬことになっても?!」
「ジークの言っている事は、頭では分かっています。
人殺しができない私が戦場について行く事は、足手纏い、いえ、邪魔にしかならない事は重々分かっています。
それでも、じっとしている事ができないんです。
お母様を助けに行きたいのです」
「そこまで我儘言うのなら、方法は二つだ。
一つはアンジェリカ夫人を助ける為に人殺しができるようになる事。
もう一つは、殺さないで敵を無力にできるようになること。
幸い魔力量も格段に増えた。
呪文の詠唱も早くなり、無詠唱と併用するのにも慣れた。
モンスターに殺されそうな状況でも、慌てずに戦えるようになった。
だから、もっと素早く正確に麻痺と睡眠と捕縛の魔術を使えるように、エマ一人で残余のモンスターを無力化してもらう」
そういう言い争いがあって、私がスタンピードの余波に対処する事になりました。
流石に、私の訓練の為に女子供や冒険者を危険な目に遭わせるわけにはいかないので、遠すぎる場所はジーク達が対応してくれました。
ですが、私がいる場所から五百メートルの範囲に現れるモンスターは、全て責任を持って捕縛しなければいけなくなりました。
初陣の時には精々五十メートルの範囲にいるモンスターを斃すだけでした。
それが一気に十倍になったのですから、使う魔力量は桁違いでした。
何より遠方のモンスターに当てる精度が求められ、集中による精神疲労が激しかったです。
心身の疲れを回復させるために、自分で自分に治癒魔術をかけました。
ただ、食べなければ体も心も魔力も回復しません。
公爵令嬢に相応しくない健啖家になってしまいました。
「公爵令嬢なら、自分で母親を助けに戦場に出向いたりはしません。
お嬢様、お嬢様は公爵令嬢よりも戦士を選ばれたのです」
ジョルジャは、そう言って今までとは全く違う事を教えてくれました。
私がこれまで受けてきた公爵令嬢のマナー、王妃教育で受けたマナー、それを全否定するはしたない事をさせられました。
もしこんな事をしているのをロイセン王国貴族に見られたら、私は公爵令嬢としても面目を完全に失うでしょう。
陰口悪口を言われ、王子の婚約者の座から引きずり下ろされたでしょう。
それほど今まで受けてきたマナーに反する事の連続でした。
ですがこれが、戦場で生き残るための行動であり、お母様をこの手でお助けするのに必要な知恵と行動なのです。
だったら、陰口悪口上等です!
戦場の常識に馴染んでみせます。
……汚いのもガサツなのも受け入れ、時に私自身がやって見せます!
「まあまあだ。
まだまだつながりが悪いし、効果も弱ければ持続時間も短い」
三日間スタンピードの余波に対処した後で言われた言葉です。
初日は五百メートル範囲だったのを、千メートル範囲まで護りきれるようになったのに、厳しい言われようですが、仕方がありません。
スタンピードが一息ついた後で、ジークに麻痺と睡眠と捕縛魔術を放つように言われ、意趣返しの心算でありったけの魔力を込めて放ったのに、全く効果ありませんでしたから……
麻痺魔術は完全にレジストされてしまいました。
睡眠魔術も同じで、全く効果ありませんでした。
最後の捕縛魔術に至っては手を変え品を変えて何度もやりましたが、駄目でした。
木属性の捕縛魔術に使った蔦や根は簡単に引き千切られてしまいました。
捕縛されないように逃げるのではなく、捕縛された上で破壊されたのです。
少々危険かなと思った火属性の捕縛魔術ですが、炎の手錠足錠は、ジークの身体に触れた途端に雲散霧消してしまいました。
その気になれば逃げる事も発動自体無効にする事もできたのでしょう。
私に実力差を思い知らせるために、あえて発現させてから消したのです。
土属性の強化圧縮岩で造った手錠足錠も呆気なく破壊されてしまいました。
金属性で造った鋼鉄製の手錠足錠も同じでした。
無駄だと分かって試した水属性の圧縮水流手錠足錠も意味がありませんでした。
「だが、格段に上達しているのは認める。
この調子で上達できるのなら、アンジェリカ夫人の救出作戦に参加してもらえるかもしれないが、その為にはどうしても乗り越えてもらわなければいけない事がある」
「どのような試練でしょうか?
お母様を助けに行けるのでしたら、どのような試練にも耐えて見せます!」
「エマにどうしても覚えてもらわなければいけないのは、駆け引きだ」
「駆け引きでございますか?」
「ああ、そうだ、戦場での駆け引きだ。
戦争の場はもちろん、商売や社交も戦場と同じだ。
駆け引きで勝てなければ、どれほど実力があっても意味はない。
桁外れの戦闘力があろうと、戦うことなく丸め込まれてしまう。
早い話が、大切な人を人質に取られた場合に、虫けらにも劣るような弱虫にひれふす事になってしまう」
「……多くの敵を一度に麻痺させ無力化できてもですか?」
「麻痺させようが眠らせようが、その途端に呪いが発動すると脅されたり、こちらが魔術を発動した途端に即死魔術が発動するように事前に用意してある。
そう言われた時に、嘘だと言い切って魔術を発動できるか?」
「それは……できないかもしれません」
「できないかもしれないじゃない!
エマにはできない!
まだ自分と敵を客観視できないのか!」
「申し訳ありません、やれるかやれないか、本当に分からなかったのです」
「駆け引きができず、自分も敵も客観視できないようなら、人殺しを慣れてもらった方が良いか?
はっきり言っておくが、このままなら絶対にアンジェリカ夫人の救出作戦には連れて行かない。
俺は自分が参加した作戦で失敗する事を許さない。
僅かでも不安要因が有ったらて、依頼を断るか、不安要因を徹底的に排除sる。
今回の不安要因は、エマ、お前だ」
「人殺しができるようになったら、連れて行っていただけるのですね?」
「ああ、約束する。
明日到着する国境で、ロイセン王国の砦を破壊してもらう。
その時にロイセン王国側の将兵を殺してもらう。
直接目の間で殺せとまでは言わない。
人間が見えない状態、遠距離から破壊魔術を放って砦ごと潰してくれればいい」
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