第21話:依頼人(ジークフリート視点)

神歴五六九年睦月十日:ゴート皇国との国境近く・ジークフリート視点


「俺達は依頼人に頼まれて犯罪者を捕らえてくれと頼まれただけだ。

 冒険者ギルドが国から正式な依頼を受けたのだ。

 犯罪者扱いされるいわれはない。

 むしろ国から討伐依頼が出ているお前達の方が犯罪者だろう!」


「分かり切った言い訳は止めろ。

 腐った国が善良な人間を犯罪者に仕立て上げ、冒険者ギルドの討伐を依頼する事など、少しでも冒険者をやった人間なら分かっている事だろう。

 確かにこの国の中なら罪にならないだろうが、ゴート皇国に連れて行けば裁かれる事くらい、お前達くらいのベテランなら分かっていたよな?!

 みっともなくガタガタ言わないで、大人しくしていろ!

 騒いだり逃げようとしたら、問答無用でブチ殺すぞ!」


「くっ!」


「それで、直接の依頼者は誰なんだ?

 言い訳の為に、依頼書は肌身離さず持っているのだろう?

 俺だって現役の冒険者だ、保身の方法は誰よりも心得ている」


「現役の冒険者だぁ?」


「アバコーン王国から英雄騎士の称号を押し付けられたジークだ。

 俺の名前を知らないとは言わせないぞ」


「依頼人の糞がぁ!

 ギルドも裏を取りやがれ!

 英雄騎士が敵についていると知っていたら、絶対に引き受けていなかった!」


「馬鹿が、裏取りは自分でやるもんだ!

 死んでから文句を言っても手遅れなんだぞ!」


「くっ……分かったよ、分かりましたよ。

 ギルドの言葉を鵜呑みにして依頼を受けた俺達が迂闊だったよ。

 だがギルドにも全く落ち度がないわけじゃねぇよな?

 そこんところを考えてくれて、無罪放免してくれねぇかなぁ?」


「お前が俺の立場だったら、殺しに来た連中を無罪放免するのか?

 余り虫の良い事を言っていると、大した額でもない身代金など無視して、この場でブチ殺すぞ!」


 今まで抑えていた殺気をほんの少しだけ出してやった。


「すみませんでした!

 調子に乗っていました!

 どうか許してください!

 何でも隠さずお話ししますので、どうか命ばかりはお許しください!」


 これで逃げる気がなくなって余計な手間が省ける。


「命が惜しかったらさっさと依頼書をだせ!

 国ならの正式な依頼があり、ギルドが受けて発注した依頼書があるなら、殺すのだけは止めて人質扱いしてやる。」


「はい、ありがとうございます、これです!」


 好きで受けた英雄騎士の称号ではないが、利用できる事は確かだ。

 アバコーン王国内だけでなく、大陸中でそれなりの影響力がある。


 今回ロイセン王国は、自国内の冒険者では最強クラスに位置する、北竜山脈の冒険者と南竜森林の冒険者に俺達の討伐を依頼していた。


 両所の冒険者達は、大陸で最も強いモンスターが生息する場所で狩りをしていると言う自信があり、人間の謀叛人達など簡単に殺せると思っていたようだ。


 今回は王都の冒険者が謀叛に加わっているが、謀叛人に加わった以上重大な犯罪者だから、一緒に殺しても構わないと思っていたそうだ。


 何より両所の冒険者達は、王都の冒険者など自分達より数段取ると思っていた。

 それに、王都本部の冒険者だと偉そうにしている連中は大嫌いで、よろこんで殺す心算だったようだ。


 これは王都冒険者の名誉のために言っておくが、彼らが偉そうにしていた事など一度もない。


 そもそも、実力に伴って稼げる場所に移動するのは冒険者の権利だ。

 元々北竜山脈や南竜森林の近くに住んでいたのでなければ、最初は誰でも生まれ育った場所で冒険者になる。


 その場所で発生する問題を依頼され、最初は危険のない簡単な依頼をこなしつつ実力を養い、その気があれば稼げる場所に移動するのだ。


 まあ、人間だれしも郷土愛がある。

 王都の冒険者が、王都に愛情を感じ誇る事はあるだろう。

 だがそれは、他の地域にいる冒険者を馬鹿にした事にはならない。


 それに、王都は人も物資も桁違いに集まるとても豊かなところだ。

 それだけに問題も多く、冒険者の仕事も多種多様にある。

 生活水準も高く、ある程度の収入があるのなら、国内の何処よりも暮らし易い。


 王都の冒険者が北竜山脈や南竜森林の冒険者を馬鹿にしたと言うよりは、命懸けの危険な場所で稼いでいる連中が、比較的危険がなく簡単な依頼でそれなりに稼ぎ、豊かで便利な生活をしているのを妬んだのだろう。


「念のためにもう一度だけ警告しておいてやる。

 少しでも逃げる気配が見えたり、僅かでも反抗的な態度を感じたりしたら、警告なしにブチ殺すからな!」


「「「「「ひっ!」」」」」


 さっきより少しだけ多くの殺気を放ってやったら、恐怖のあまり粗相しやがった。

 王子のように単なる憶病で粗相したわけではない。

 危険な魔境で命懸けの狩りをしているだけに、自分より強いモノに敏感なのだ。


「エマ、実戦訓練は難しいから、俺が直接稽古をつけてやろう。

 ジョルジャ達は万が一の事がないように、周囲の警戒を頼む」


「ありがとう、ジーク。

 出来ればお母様を助けに行けるくらいまで強くして」


 無茶を言ってくれる。

 基礎的な武術と魔術だけでなく、かなり高度な武術と魔術を習得しているから、適切な場所で時間をかけて鍛えたら、とんでもなく強くなるはずだ。


 ただ、武術や魔術の才能だけでなく、性格が向いている必要がある。

 どれほど才能が有っても、性格が向かなければ無理なのだ。

 人を殺せない優しい性格の人間に、人殺しはできない。

 

 実力差が大きければ、敵を殺すことなく捕らえる事ができる。

 魔術を駆使すれば、眠らせる事も麻痺させる事もできる。

 だが、それを数万規模の敵を相手にやるとなると、とんでもない実力差が必要だ。


 今エマが敵にしているのは国なのだ。

 それも大陸でも有数の国力と戦力を持つ国だ。

 二大強国には及ばないが、立地が違えばもっと影響力があった。


 そんな強国だけでなく、大陸中に広がる教会まで相手にしなければいけない。

 そんな連中を殺すことなく無力化できる経験を積み、乳姉さんを助けに行くには、辺境伯領に辿り着くまでの短期間に、俺に匹敵する実力をつける必要がある。


「付き合うのはかまわないが、とんでもなく厳しい訓練になるぞ」


「構わないわ!

 お母様を助ける為なら、命を賭けても惜しくはないわ!」


 乳姉さんの娘らしい素晴らしい答えだ。

 この国、いや、この大陸の王侯貴族基準だと、女子供は護るべき者だ。

 俺も、男として騎士として、女子供は護るべき者だと思っている。

 

 ただ、ウラッハ辺境伯家が例外なのは知っている。

 幼い頃に叩き込まれたから、今更言い争う気はない。

 それに、王侯貴族と平民の考えが違う事も知っている。


 王侯貴族の戦いは権力者同士の勢力争いだから、それなりの不文律を設けていて、一族根絶やしにするような戦い方を避けている面がある。

 だから女子供は護るべき者という騎士道精神がもてはやされている。


 だが平民が戦っている相手は人間ではなくモンスターだ。

 不文律を設けようとしても受け入れてもらえない。

 手加減しようものなら自分や大切な人達が喰われてしまう。


 女子供であろうと戦わないと喰い殺される。

 直接戦力に成る者もいれば、後方戦力として生きる者もいる。

 ウラッハ辺境伯家はそんな平民と同じ考え方をしている。


 ロイセン王国との国境を任されているだけではなく、北竜山脈と南竜森林に領地を接していて、領民の為に何代にも渡ってモンスターを斃しているからかもしれない。


「エマ、もっと素早く正確に狙え。

 敵の実力を見抜けなかったら、まず敵の攻撃を避けられるように準備しろ。

 自分が放てる最大最強の魔術を素早く放てる相手だと想定して、即座にそれを避けられるようにしておくのだ」


 俺はそう言うと、色だけ付けた攻撃力の全くない水蒸気をエマの近くに発生させて、エマに攻撃を受けたことを自覚させる。


 これがエマの最大最強魔術だったら、間違いなく死んでいる。

 それを自覚しているから、とても悔しそうな表情を隠そうともしない。


 負けん気の強い性格が表に出ている。

 これはウラッハ辺境伯に性格が似たのだろう。

 いや、ああ見えて乳姉さんも気の強い所があった。


「まだまだ、まだまだ負けたわけではないわ!」


 いや、実戦なら死んでいるし。

 それが分かっているから、そんな悔しそうな顔をしているのだろう?


「負けた時は死んだ時だと教わりました。

 訓練は生き残る為にやるのだと教わりました。

 私はまだ死んでいないから、負けたわけではありません!」


 この調子だと、疲れて倒れるまで訓練を止めなさそうだ。

 適当な所で睡眠魔術を使って休ませてやろう。


 乳姉さんを助けたい気持ちは痛いほどわかるが、その前にエマが倒れてしまうような事になったら、俺が乳姉さんに恨まれてしまう。

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