第6話:拷問(ジークフリート視点)

神歴五六九年睦月六日:ロイセン王国アバコーン王国大使館・ジークフリート視点


「アルブレヒト王子とグダニスク公爵の拷問は俺達がやります。

 エマ嬢は部屋で休んでいてください。

 確認には男性の護衛騎士をつけてくださればいいでしょう」


「いえ、英雄騎士様の手だけを汚させて、自分だけ奇麗でいる訳にはいきません。

 汚れ仕事を他人に押し付けるような卑怯者にはなりません」


「エマ嬢の誇り高い言動には敬意を表させていただきます。

 しかしながら、全てを主人が直接手を下す事が王侯貴族の誇りではありません。

 汚れ仕事を家臣に任せる事は卑怯でも恥でもないのです。

 何かあった時に、自分の責任においてやらせたと証言すればいいのです」


「……ジョルジャ、英雄騎士様の言われる通りなのですか?」


「状況に寄りますので判断が難しい所です。

 私もまだ情報が少な過ぎて判断が難しいです。

 今は家臣に任せていただく方が宜しいと思われます」


「何かあった場合、知らぬ存ぜぬと言えと言う訳ではありませんね?!」


「できるだけそのような卑怯な言動をして頂く事のないようにいたします。

 しかしながら、お嬢様とアンジェリカ様の命にかかわるような場合は、卑怯な真似をして頂くかもしれません」


「私の命は兎も角、お母様の命にかかわるような場合は、卑怯下劣な行為も断じて行う覚悟はあります」


 流石、ウラッハ辺境伯の孫と旧臣だ。

 王侯貴族の誇りを優先するだけでなく、本当の大切なモノを理解している。

 それだけの覚悟があるのなら安心して助ける事ができる。


「では君、君に身届けてもらおう」


 俺は二人の男性護衛騎士の内一人を示して、拷問部屋に同行させようとした。

 もう既に王子と公爵はニコーレに命じられた大使館員が運び込んでいる。


 大使館前まで二人を担いでいた連中は、大使館員が出てきた途端に二人を投げだして逃げてしまった。

 

 老王の怒りも怖いが、それ以上にアバコーン王国の騎士が怖い。

 俺から見れば大した差はないが、ロイセン王国貴族から見ると、自国の騎士や老王よりも遥かに恐ろしい存在なのだろう。


「英雄騎士ジークフリート閣下、我々も同席させていただきたい」


 アバコーン王国の大使が話しかけてきた。

 俺から見ると大した戦士ではないが、アバコーン王国騎士の基準なら優秀だ。

 五本の指に入るとまではいわないが、百傑には確実に入るだろう。


「ええ、いいですよ、大使には色々便宜を図っていただいていますから」


 大使は最近派遣されてきたばかりの強硬派だ。

 俺とは立場を異にする相手だが、大使館の総責任者だけに全面敵対する訳にはいかないし、聞かれて困る話でもない。


「ジーク兄貴、こいつら聞く前に全部話しちゃったんだけど、念のために拷問して確認しておく?」


 拷問部屋に入る前にニコーレが出て来て確認してきた。

 

「ニコーレは本当の事を話していると思うか?」


「間違いなく本当の事を話していたと思う。

 こんな誇りも根性もない小心者初めて見たよ。

 これが一国の王子や公爵というのだから、ロイセン王国もお仕舞いだね」


 大使の目がキラリと光るような感情を浮かべた。

 表情は変わらないが、目の奥に浮かぶ心情までは隠せないようだ。

 強硬派としては、侵攻の好機だと歓喜しているのだろう。


「そうか、だったらもう拷問をする必要はないだろう。

 不必要な拷問をしてしまったら、アバコーン王国の名誉が地に落ちてしまう」


 こう言っておけば、大使がこの後で拷問する事がなくなる。

 拷問などしなくても、普通に聞くだけで何でもペラペラしゃべるだろう。

 もう不要になった王子と公爵というババくじを押し付けてやろう。


「大使、王子と公爵に休息するための部屋を貸してやって欲しい。

 グダニスク公爵夫人アンジェリカ様殺害の重要参考人ではあるが、一国の王子と公爵である事には変わりがない。

 素直に証言してくれた以上、それ相応の待遇を保証しなければいけないだろう?」


「英雄騎士殿の申される通りですな。

 アバコーン王国の名誉を守るためには、それ相応の待遇を与える必要があります。

 そのようにアバコーン王国の名誉を考えてくれるのなら、如何に殺人の重要参考人とはいえ、一国の王子と公爵を拉致していただきたくなかった」


「大使殿には重大な対応をお願いする事になってしまったが、俺も国王陛下から英雄騎士の称号を受けた身だ。

 目の前で何の罪もない令嬢が殺されようとしているのを見て見ぬ振りはできない。

 建国の英雄が受けた称号を託されたのだからな」


「ジークフリート殿の立場は十分理解しておりますよ。

 ただ、後始末をしなければならない身としては、愚痴の一つも言いたくなります」


「ええ、大使の気持ちはよく分かります。

 ですから、愚痴くらいなら幾らでも聞かせていただきますよ。

 その代わりと言っては何ですが、本国で余計な争いが起きないよう、過不足のない対応をお願いします」


 アバコーン王国内で力をつけて来ている強硬派だが、穏健派もまだまだ力を持っているから、強硬派大使に大きな落ち度があれば十分逆転の可能性がある。

 決して無能ではない大使なら、慎重な対処をするだろう。


「アルブレヒト王子とグダニスク公爵には、今残っている部屋で最も高貴な部屋を用意させていただきましょう。

 英雄騎士殿のお話しでは、もう聞くべき事は全部聞いたそうなので、無礼がないように、私が直々に歓待させて頂きます」


 もう二人には会わせないと言う宣言だろう。

 会わして欲しければ自分に頭を下げろという意味でもあるのだろう。

 俺が二人を預けた事を失敗だとマウントを取りに来るとは、程度が知れる。


「そうしていただければ助かります。

 御母堂と長年仕えてくれた家臣を殺されたエマ嬢が心配なので、これで失礼させていただきたいが、何か他に言いたい事はありますか?」


「私に言い残した事などありません。

 英雄騎士殿の方こそ本当に何もないのですか?」


「ええ、何もありませんよ。

 では、くれぐれも王子と公爵の事を頼みます」


 俺はそう言って大使の前を辞した。

 表情は変えていなかったが、目の奥に悔しさが滲んでいた。

 俺はニコーレとエマ嬢の男性護衛騎士を引き連れてエマ嬢の部屋に向かった。


「エマ嬢、お話しがあります」


「どうぞお入りください」


 扉の向こうから鍵を開ける音がした。

 油断する事なく、俺が豹変する可能性にも備えていたのだろう。


「失礼します」


 エマ嬢達に譲った部屋の中では、早速ジョルジャを中心とした防御策が考えられたのだろう。


 俺が部屋の中に入った途端、ピン、とした緊張感が広がった。

 俺の後をついて来ていたエマ嬢の護衛騎士に至っては、背後から斬りつけられ位置に身を置こうとしていたが、ニコーレが先に絶好の位置を取った。


 暫くは二人でポジション争いをしていたが、幾らウラッハ辺境伯家で鍛えられた護衛騎士とは言え、常在戦場である北竜山脈と南竜森林で狩り続けたニコーレを出し抜く事などできない。


「早いお戻りですが、何かありましたか?」


 経験豊富なジョルジャだけでなく、令嬢育ちであるはずのエマ嬢までが、男性騎士がポジション争いに敗れた事を理解している。


 エマ嬢の表情には表れていないが、目の奥に出てしまう感情までは隠せない。

 だが、それを恥じる必要などない。

 アバコーン王国百傑に入る大使並みなのだから。


「拷問を恐れた王子と公爵が、私達が行く前に全てを話していたのです」


「そうですか、嘘を言っている可能性はないのですね?」


「はい、王城での二人の言動を振り返ると、嘘をつくとは思えません。

 彼らに嘘をつくほどの胆力があれば、彼らは今でも王城にいたでしょう」


「そうですね、確かにその通りですね。

 それで、二人はお母様の件についてどう言っているのですか?」


「内容はまだ私も聞いていないのです。

 私のパーティーメンバーが聞きだしたので、まだ部屋の片付けも終わっていないのを承知で、一緒に聞こうと来させてもらったのです」


「気を使ってくださり、感謝の言葉もありません。

 お母様の安否が心配で休む事もできないでいました。

 部屋の片付けなど些事に過ぎません。

 どうか今直ぐお聞かせください」


「ニコーレ、話しを頼む」


「私が聞いた話では、グダニスク公爵夫人の生死は分からないそうです。

 王子が派遣した近衛騎士団は、夫人の護衛騎士達を恐れて襲撃する事もなく逃げ出してしまい、公爵の騎士団に至っては襲撃命令を拒否したそうです。

 毒は何度仕込んでも排除され、しかたなく教団が派遣した魔法使いに任せたそうなのですが、夫人も家臣も魔法使いも忽然と姿を消したそうなのです」

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