18歳の美神 2

 腕の中のティリオンに、うるんだ声でパトロクロスは言った。


「ただいまです、ティリオンさま。


 うるわしのわが君。


 俺の命の灯台、ティリオンさま……」


 それから、大柄な自分の背とほとんど変わらぬまでに身長の伸びたあるじの、銀の髪をやさしくなでた。


「ますますお綺麗になられて……


 あんまりお綺麗なんですっかり見とれちまいましたよ。


 どんな港のどんな美女も、ティリオンさまと比べたらかすんじまいます」


 ティリオンはパトロクロスの肩から顔を上げ、クスクス笑いながら言った。


「パトロクロスは今度の航海で、どんな港のどんな美女さんと仲良くなってきたのかな?」


 パトロクロスの口調がくだけた調子に変わる。


「いやぁ、港の美女ねぇ。へヘヘッ。


 港の商売女は厚化粧してやがるし、こっちも夜目だから、本当に美女かどうかわかりませんがね。


 ミロスの女はわりと美女だった気がする。


 胸もでかくて、尻がぷりっとしてて、床上手とこじょうずだったし……あわわっ」


 フレイウスに軽く睨まれて、あわてる。


 視線を斜め上に向ける、パトロクロス。


「俺っ、もてませんから、美女さんとは仲良くなれましぇん!


 見てるだけでして、はいっ」


 苦笑するティリオン。


「フフッ、私も、もう18になったんだから、そんなに気をつかわなくてもいいのに。


 みんなの好みの女性の話題にだって興味あるんだけどな……まあいいか。


 それにしても、今回は海賊のよく出る海域に行くというので、とても心配してたんだよ。


 海賊は出なかったの?」


「ちらと見かけて、ちょいと追いかけたんですが、残念ながら逃げられました。


 襲ってきたら、この『地中海の荒鷲あらわしパトロクロス』が、あっと言う間に退治してやったんですがね」


 双子がこっそり近寄ってきて小声で「あらゴミだろ」「たわしだよね」と、にやにやしながらまたしても軽口をたたく。


 顔をしかめ、しっしっと右手を振って、パトロクロスは双子を追い払った。


 ティリオンの方は心配そうな表情になっていた。


「パトロクロスが強いのは知ってる。


 でもどうか、無茶はしないでほしい。


 逃げていく海賊なら、追わなくてもいいんだ。


 海の上はどんな不測ふそくの事態が起こるかわからないし、慎重にしてほしい」


 するとパトロクロスは、いとしくてたまらない、といった目でティリオンを見て、首から下げている太い鎖のペンダントの先を服の下から取り出した。


 頑丈だが、飾り気ひとつない太い鎖。


 その先には、無骨な鎖にそぐわぬ、波の意匠いしょうをこらした金細工の優美ゆうびな台座。


 台座にはまっているのは、雫型しずくがたの大粒のエメラルドである。


 もともと上品な金鎖きんぐさりのペンダントだったものを、失っては大変と、パトロクロスが特注でこの鎖に変えてしっかり接合させたものだ。


「ホントに何もご心配はいりませんよ。


 俺には、ティリオンさまからいただいたこのおまもりがありますから。


 これさえあれば、海賊にだって、荒波にだって、海の魔物にだって、何にだって負けやしません」


 ティリオンは、以前に自分が贈ったおまもりのペンダントを見て、わずかに微笑んだが、すぐにパトロクロスの大きな体にもう一度しっかりしがみついた。


「それでもお願いだ、無茶はしないでくれ。


 ちゃんとおまえが帰ってきてくれるか心配なんだ、パトロクロス」


「ああ、ティリオンさま、お優しい俺のティリオンさま。


 ええ、ええ、わかりました。


 ティリオンさまのお望みとあれば……」


 声と目をうるうるさせながらパトロクロスが言いかけたとき、すさまじい大声が部屋に響き渡った。


「あああああああああっ、ぎゃぁぁぁあああ、はなれろ────っ!!!!」


 叫んだのは、ゼウクシス、という男である。


 特別試着室の奥の続き部屋から来て、抱き合うパトロクロスとティリオンを見て、叫んだのだ。


 両脇に衣装をごっそり抱えた中背で細身の男、ゼウクシス。


 大きなうねりをえがく、手入れの行き届いたつやつやのストロベリーブロンドの長髪。鳶色とびいろの瞳。


 真っ赤になって怒っていなければ、優しげに整った顔。


 今アテナイで一番人気の、マーブル柄を上手にあしらった流行の服を着こなしている。


 彼は、パトロクロスと同じ海軍士官だが、武官ぶかんのパトロクロスと違って、主に海軍兵站へいたんの管理事務を担当する文官ぶんかんである。


 たまに用事で近海に出ることもあるが、一年のほとんどを港町ピレウスで職務についている彼は、流行に敏感な24歳の洒落者しゃれものだった。


 ゼウクシス、パトロクロス、フレイウスの三人は、軍学校の同期である。


 ゼウクシスもオレステス将軍の養子こどもであり、氏族としてティリオン・アルクメオンの近臣だった。

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