幸太郎とコンビナート
1955年——昭和30年度、日本は高度経済成長の幕を開けた。
工場内から溢れ出る
「長尾ォ! さっさと休憩に入れェッ!」
咥えタバコをした現場監督の怒号が、機械音を上回る。名前を呼ばれて滴る汗を首に巻く手拭いで拭く青年の名は、
「すんまッせぇ! 今ぁ行くけんッ!」
慌ててスコップを片付ける幸太郎の背から、ぞろぞろと休憩時間を終えた従業員の男達が戻って来た。各々業務再開の準備をしていると、坊主頭の若者二人が幸太郎の姿を見るや、会話を開始した。
「
「いんねいんね。あん男、仕事熱心じゃなか。とーしてんのに、訳あるたい」
「なして?」
「あいつぁ、高倉食堂のカヨちゃんの事、好ーっとる。じゃから、
「江越ッ、藤原ッ! 無駄話してないで、作業再開しろぉ!」
幸太郎の話が現場監督の耳に入り、怒られた二人は急いで持ち場に入る。
煤色の騒がしい生産工場を出た幸太郎の背には、灰色の煙を静かに放つ煙突が何本も聳え立っている。その景色に溶け込む彼の眼中には、すぐ近くに広がる群青色の海しか入っていなかった。
「よぅしッ、
幸太郎は胸の高鳴りを原動力にして、ガニ股スキップで工場の敷地内を駆けていく。彼のお腹が、食べ物をせがんで鳴り止まない。
「カヨちゃん! いんま行くけえぇえッ!」
利益を増産していくコンビナートの爆音をかき消してしまう程に、幸太郎の声は海に面する熊本の地域一帯に広がっていく。彼の行き先は、この生産工場の社員食堂となっている、海辺の定食屋——『高倉食堂』である。
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