絶恋カタルシス~アラフォー女子の恋心を起こす方法~
宇月朋花
第1話 aqua-1
思えば、急行列車が走るホームでひたすらに各駅停車が来る事を信じて待ち続けているような、そんな人生だった。
気づけば周りの友人たちはみんな準急やら急行に飛び乗って、あっという間に眩しい未来へと走り去って行ってしまった。
必死に手を振って見送ったつもりのこちらが見えていたのかどうかも定かではない。
ただ誰も彼もが皆揃ってことのほか幸せそうで、笑顔だった記憶だけ残っている。
今度こそは、次こそは。
そう願い続けて、そのうち願う事もやめてしまって、所謂結婚適齢期はとうに過ぎ去ってしまった。
36歳になった
だから今更ときめきだとか、ざわめきだとかに胸を支配されるのは非常に困るのだ。
ましてや、こんな身近過ぎる距離で。
それも7歳も年下の身内同然の男からの愛情に。
・・・・・・・・・・・・・・・・
「こんなだだっ広い施設だったとは・・・」
西園寺メディカルセンターの巨大な建物を前に、智咲はぽかんと口を開けた。
この辺り一帯の大地主でもある西園寺グループが医療分野の発展を目指して施設を建設したのは数年前の話で、当時は地元の新聞や広報誌でも相当話題に上がっていたもののその頃の智咲には全く関わりのない出来事でさして気にも留めていなかった。
医療介護用ロボット開発と、最近では、オメガの
面倒な役割を振られていなければ、きっと一生施設の中に入る事も無かっただろう。
西園寺メディカルセンターの設立以降、地元住民たちの医療分野への関心は高まっており、とうとう行政も片田舎の地方都市を脱却しようと、医療都市推進を掲げて動き始めた。
しがない地方都市の公務員でこのまま定年まで細々と暮らして行こうと考えていた智咲に、春の人事異動で下った辞令は、医療都市推進機構への異動命令だった。
数年に一度異動があるのが公務員の常だが、まさか出来たてほやほやの医療都市推進機構へ出されるとは夢にも思っていなかった。
地域環境課で、地域美化活動や清掃活動をしていた日々が懐かしい。
全く畑違いの異動は、公務員にはどうしようもないことで、新設機関だからのびのびやれるよ!と課長に気安く背中を叩かれた時にはそうですねーと愛想笑いを浮かべることが出来たが、蓋を開けてみればやることは山積みで、やりがいはあるものの、市内の医療機関や教授との連携も必要なかなり面倒な仕事場だった。
その上、役職持ちの次に最年長となる智咲は、何かにつけて会議や打ち合わせに引っ張り出されることが多い。
師岡さん、しっかりしてるから!の言葉はもう嫌味にしか聞こえない。
がん治療の研究を進めている西園寺メディカルセンターの教授との講演会の打ち合わせは三回目で、これまでずっとリモート会議で対応していたのだが、事前告知の案内に西園寺メディカルセンターの施設内部の動画映像と、教授のインタビューを乗せることになり急遽こうして来社が決定した。
スマホを使いこなすのがギリギリのレベルの智咲に動画撮影なんて出来るはずもなく、部内の若手二名が最新機種のスマホとパソコンで上手く編集してくれるらしい。
午前中は市内の医療機関を回っていた智咲と、部署内で仕事をしていた動画担当の後輩たちは西園寺メディカルセンターの敷地の入り口で待ち合わせをする予定にしていたのだが、駅から意外に距離があり待ち合わせに遅れそうになったため、先に中に入って貰う事にしたのだが。
「入り口・・・どこよ?」
たしか有名な建築デザイナーに設計を依頼したという近未来的なデザインの施設はガラス張りの博物館のような作りになっており、一見するとどこが入り口かさっぱり分からない。
長年入り口が物凄く分かりやすい区役所に在籍していた智咲には、西園寺メディカルセンターはまるで迷路のように思えた。
課員全員で作ったメッセージアプリのグループに、入り口どこ?と質問してみようか、それとももう少し人を探してみるべきか。
打ち合わせ開始時間との戦いになるが、敷地内なので大惨事にはならないはずだ。
ひとまず建物の側まで行って、様子を伺って無理そうならメッセージアプリに頼ろうと決めて早速歩き出す。
写真やらスタンプが若手からバカスカ送られてきても、既読スルーで自分から発信することがほとんどない智咲なので、極力アプリは使いたくなかった。
二十代の若者たちの軽快なやり取りにはどうしたってついていけない。
次々変わっていく話題もチンプンカンプンで、やり取りの邪魔をしないように傍観者をするよりほかにないのだ。
つくづく歳をとるのは嫌だなと思う。
色んなことが億劫になるし、臆病にもなるのだ。
どうにか怪我をしないようにと予防線ばかり引いてしまう。
「智咲さーん」
巨大施設を目前にして間延びした呼びかけが右手から聞こえて、智咲は足を止めた。
見れば施設の影から見覚えのある長身がこちらに向かって手を振っている。
「・・・・・・
仲の良い元上司の息子である
「酷いなぁ・・・いま思い出したの?迷ってるのかと思って心配して迎えに来てあげたのに」
「それは有難いけど、でもなんで理汰が?」
「俺も今日の会議出席するから。一応メッセージ送ったんだけど・・・どうせ見てないでしょ」
智咲の性格を分かり切っている彼の言葉に仰る通りですと頷いた。
良かった。これでどうにか無事に辿りつけそうだ。
「あーうん、見てないわね。あ、そのネクタイまだ使ってくれてるんだ」
彼が
ちょっと背伸びした雰囲気のネクタイが、すっかり板についているのを見ると、やっぱり時の流れを感じてしまった。
しんみりしそうになった思考を現実にえいやと引っ張り戻す。
アラフォーは一気に涙もろくなるからいけない。
「もちろん。現役だよ。メッセージの通知消すのいいけどせめて定期的にアプリはチェックしてよ」
「うちの若い子たちのメッセージグループがピコピコ鳴って五月蠅いのよ。それに、私に用事があって連絡してくる人ほとんどいないもん。
部署が変わった今も定期的に飲みに行く仲なのは、理汰の母親の永子くらいのものだ。
智咲の同期たちは大抵時短勤務で子育てに追われている。
みんなあっさりと智咲とは別の電車に飛び乗って、遠くへ行ってしまった。
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