第11話 思い出
『心愛、僕と結婚してくれないか?』
『え…⁉︎』
18歳の誕生日、私は類にプロポーズされた。ドキドキと心臓が跳ねる音がして、ただ私は類の顔を見つめた。私の部屋で、毎年のように誕生日をお祝いしている時のことだった。
『今すぐ結婚しようってわけじゃないけど…。僕が大人になって、仕事も見つけて、それで心愛を迎えに来れるって胸を張って言えるようになったらもう一度言うから。』
片膝をついて、真っ直ぐに私を見ながら類は指輪を差し出す。着ているのが制服だって、その姿は王子様そのもので。ロマンチックな夜景とか、そんなのはきっと思いつかなかったんだろう。そんなところも私は大好きで。
『類…。』
ただただ見惚れてしまった。類は…私の彼氏は最高にカッコよかったのだ。
『…なあ、ダメかな?』
類はシュンとした子犬のように、なにも言えずにいる私のことを見る。
最近の類はバイトばっかりで全然デートしてくれなかった。ちょっと不満だったけど、この指輪の輝きを見ればわかる。彼は、私のためにずっと頑張ってくれていた。そんな彼のプロポーズをどうして断ると言うんだろう?私は最高に幸せだ。
『もちろん、こちらこそ…。』
よろしくお願いします。そう言おうとした時、急に声が出なくなった。上手く呼吸が出来ず、言葉が出てこなかったんだ。…思い出したのだ。自分の罪深さを。
『…心愛?』
類が急に強張った私の顔を見て心配そうに名前を呼んでくる。
違う。違うよ、類。私はあなたに言っていないことがある。隠し事をしている。
『類、あのね、』
類にちゃんと言おう。私には前科があるんだって。きっと、受け入れてくれるはず。
『あのね…。』
でも、言ったら嫌われる?もう私を好きでいてくれなくなる?
『…私、類とは結婚できない。』
私がやっとのことで発した言葉は、私の言いたいことじゃ無くって。自分を守るために、類を傷つける言葉だった。私のこの声は、嘘をついていた。
こんな嘘つきなままで、私が君の隣に立つ資格なんて無いよ。
『心愛…、なんで…?』
そんな私の心のうちなんて類は知らない。ただ呆然としていた。
『大丈夫、今まで勉強もしてきてさ。心愛ほどじゃ無いけど理科だって得意なんだ。いい大学にも受かったし、将来は研究者になれそうなんだよ!だから、心愛を幸せにきっとするから!』
一生懸命に私に訴えかけてくる。そんなの知ってるよ。類に理科を教えた先生は私だって忘れたの?そして、君の努力を一番知ってるのも私だって忘れたの?
私の誕生日は冬だから、とても寒い。部屋の空気は最悪だ。
『心愛。ただ僕を抱きしめてくれるだけでいいんだ。僕と一緒に幸せになってくれないか?』
優しく、暖かい類の声がする。だから、ごめん。君には幸せになって欲しい。
『類、別れよう。』
『え…?』
本当は今すぐにでも類の胸に飛び込みたかった。大好きだよって言いたかった。それでも、それは許されないから。今日という日は私にとって最高で最悪の日になった。
『そっか…ごめん。』
類は顔を真っ白にして、ことりと指輪を机の上に置くと私の部屋から出ていった。ウィン、という自宅の自動ドアの音が遠くから聞こえる。
類はもう、戻ってこない。
『…類、好きだよ。』
誰もいなくなった部屋の中で私はその指輪を左手の薬指にはめて、ボソッとつぶやいた。どうしてあんなことしたんだろう。どうして、私は素直になれないんだろう。思いがどんどん湧いてくるのだ。
『ううっ…、うわあああああああああっ…。』
声を出して私は泣いてしまった。嫌だよ、行かないでよ。類、私を幸せにしてくれるんじゃなかったの?
ううん。類は悪く無いの。私だけが悪くて、類には他の人と幸せになって欲しくって。
誰もいない部屋は寒くて、静かで、怖くって。私の泣き声だけがただ響く。
ウェディングドレスは純白で綺麗だ。だから、犯罪に手を染めた私には似合わない。
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