第10話 カレー
「デキマシター」
ピピーっと音をさせながらAI搭載の鍋が完成の合図をする。僕の家に戻った心愛と僕は料理をしていた。もうとっくの昔に料理を人間が作る時代なんて終わっていて、鍋に材料を入れて仕舞えばボタン一つで料理なんて完成するのだ。
いいよな、AIに感情なんて無いし悩みもないんだろう。自動音声が呑気な歌声のようで少し腹立たしい。
よそいに行ってくる、と言うと心愛は立ち上がる。暖房はつけたのに、まだ部屋は暖まらないようで寒かった。
「類、できたよ。って言っても機械が作ったんだけどね…。」
そして、ことりと僕の前にカレーを置く。モクモクと湯気が立っており、美味しそうだ。
「まあ、私がこの機械もプログラミングしたんだし大体私の手作りで合ってるよね?」
「ああ、そうだな。…心愛、ありがとう。」
口先ではそうやって言いながら、僕の目はやはり心愛の指を見てしまっていた。疑いたくない。なのに、疑ってしまう。そんな嫌な気持ちのまま、もう隠せずにいた。
「心愛、その指輪…。」
僕は口に出そうとは思っていなかったのだ。なのに、不意に出てしまっていた。時間が止まったように感じる。カチッという時計の針の音が部屋に響いた。
「うん。覚えてるかな?これ…。類にもらったやつ。」
「僕に⁈」
僕は思わず驚いてしまって、大きな声を出してしまった。だって、そんな記憶はないんだから。心愛は目をふせたまま、悲しそうにそう言う。
「…あの日はごめんね。ずっと言いたかったのに言えなかった。」
ポツポツと心愛は僕の知らないストーリーを語る。
「ごめんね、君のプロポーズ断っちゃって。」
「…プロポーズ?」
そんな訳無いじゃないか。思わず僕に動揺が走る。ズキズキと頭が痛むなか、思い出そうとする。だって、僕が君と別れたのは…。
「あれ?」
なんで僕は心愛に振られたんだっけ?
「まあ、とりあえずご飯食べちゃおう。冷めちゃうよ。」
困惑している僕を見かねたのか、そんな提案をしてくる。確かに今日も雪が降りそうなほど寒かった。記憶が曖昧になり、頭の中がショート寸前だった。考えることをやめて、ただ無心でカレーをスプーンですくって口に運ぶ。
「ん、今日のカレー美味しい!」
彼女は美味しいものを食べてると口角が上がる癖がある。今もそうだ。同じ機械で作った同じカレー。僕のも美味しくて仕方ないはずだ。今朝コーヒーを飲んだ時の違和感が思い出される。あのコーヒーを飲んだ時、僕は熱過ぎて味がわからないのだと思っていた。そんなわけがないというのに。だってあの日も今日もこんなに寒いんだから。
「なあ心愛。このカレー、食べても全く味がしないんだ。」
「え?」
心愛は怪訝な顔をすると、一口僕のカレーをすくって食べる。間接キスだ、なんて思ってドキドキする暇もなく心愛はキョトンとした顔をする。
「美味しい…よ?」
心配そうに、心愛は僕の顔を覗き込む。
「類、なんかおかしくない?」
心愛は僕のことを怪訝そうに見る。その視線に、耐えられなかった。
「ねえ、本当に覚えてる?私たちが別れた時のこと。」
そうして、心愛は僕の知らない記憶を話し始める。思い出して欲しいと言うかのように。
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