第7話 信じるとは

「なんだよ。」

「まあまあ、落ち着けよ。」

 ヘラヘラと笑って親父は僕の前に向かい合う。

「心愛とは、結婚でもするつもりか?彼女指輪を着けていたが。」

「それは…。」

 どうでもいい日常会話のような話し振りで、初手で僕の心を抉ってくる。ぐさっと刺されたような胸の痛みを感じた。

「類、よく聞いてくれ。心愛は嘘をついているんだよ。」

「それは親父のほうだろ?」

 早くここを出て、心愛に会いたい。針を落とした音が聞こえそうなこの部屋はどうも居心地が悪かった。

「俺だって心愛のことはよく知ってるよ。類の葬式に出て、それで何故かお前の存在に気付いたんだろ?」

「そんなのどうだっていいだろ。」

「お前はおかしいと思わないのか?」

「…………。」

 思わず親父を見ると、肩を震わせながらただ机の上で握った自分の手を見つめていた。

「どうして二年ぶりに類と会おう、と心愛は思ったんだ?」

「…心愛が僕を好きだからだよ。」

 僕はこの時、初めて口に出して「心愛が俺のことが好きだ」と言ってしまった。口の中に砂利が入っているような、ザラザラとした嫌な感じがのこる。

「じゃあ、なんで彼女は二年前にお前を振ったんだ?」

「それは…。」

 そもそも、僕はどうして振られたんだっけ?記憶の糸を辿ってみても思い出せない。そこだけ記憶がポッカリと抜けてしまっていた。もしかしたら、僕は嫌な記憶を忘れようと自己暗示しているのかもしれない。

「おかしいだろ。急に二年ぶりに連絡をくれた元カノが自分のことが好きだと言う。なのに、お前の知らない指輪をつけているんだ。さも大事そうにな。」

 しかも、と続ける。

「お前は知らないだろうが、心愛には前科がある。」

「なんでそんな嘘つくんだよっ…⁉︎」

 ある意味、親父の言うことは正しかった。心愛は正直怪しいのだ。でも、信じたくなかった。そして、心愛を信じていたかった。だから、僕は自分に嘘をつく。

「僕だって親父が嘘をついているの、わかるよ。」

 だって、と僕は付け加える。

「どうして心愛が僕を親父が知ってるんだ?」

「さあな。」

 親父はまたニヤッと笑うと、話は終わりだと言うようにおもむろに立ち上がる。僕も立ち上がり、心愛の元へ行く。

 家族なんて、案外こんなものなのかもしれない。

「そういえば、お前には多額の保険金がかかってるんだ。」

 ドアを開けるとき、後ろからそんな声がした気がした。

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